第4話
「二人だけじゃ足りなかった? 一体これはどういうことなの。エレン、あんたは一緒にここまで登ってきたんだよね?」
イライザには彼の言葉が理解できない。てっきり以前の仲間とは、冒険を終えて街で別れているとか、少なくとも平和的な形で終わっていると信じ込んでいたのだ。ローグとルルナはエレンから距離を取った。
「最上階を守る者はいませんでした。どうやらここには魔物は配置されないようになっているらしい。そこが一番懸念点でしたが、納得しましたよ。ここまで登ってきた存在をクリスタルは拒否しないんです。つまり、後は好きなようにしろと」
苛立ちを露わにした戦士が一歩前に出る。
「聞いてんのはそれじゃねえんだよ! なんで二人があんなもんに入れられてるんだ? お前はここでどうしたんだよ。それを説明しろっていってんだ!」
「理由は簡単ですよ。この塔に眠る本来の力を解放するために、彼らには人柱になってもらいました。人間なんていくら犠牲にしても莫大なおまけがついてくる。まさに神の宝なんですよ。あなた達の眼前にある、裁きのクリスタルは」
エレンは理解が追いつかない三人に呆れ肩をすくめる。ルルナは驚きと恐怖に、両手に持った杖まで震えていた。
「アーガの塔は単なるダンジョンではありません。古代より作られた要塞であり、つまるところ魔導兵器だったのです。クリスタルが大気中のマナを吸い上げ、世界の果てまで届く雷を放つ。遥昔に覇権を取った禁断の技術なんですよ。そして紫のクリスタルは、塔の魔力を制御しコントロールするための装置です」
淡々と説明を続ける魔法使いに、勇者は警戒を露わにしていた。
「何言ってんのよ。一体どこでそんなことを知ったわけ?」
「僕には詳しいツテがあるわけですよ。歴史学者の知り合いとかね。まあ、知りたい情報を引き出した後は、僕自身に要らぬ疑いがかからぬよう、永遠に喋れないようにしてあげましたが」
「あんた、つまり。この塔の力が欲しくて、二人をクリスタルに……」
「はい。当然じゃないですか。でもね、足りなかったんです」
イライザが剣を抜き、同じくしてローグもまた剣を構えた。塔の秘密には心底驚かされたが、エレンの本性には別の衝撃があった。エレン達は本来は三人でこの塔に挑んでいた。そして、エレンだけが一度は街に戻り、自分達と接触をしたということなのか。
勇者達はみなエレンを軽蔑した。仲間をこのような狭い結晶に閉じ込めるなど、もはや疑いようがなく悪そのものであると。
「クリスタルを起動させるためには、それなりに実力が伴う存在が五人分必要でした。だから入り口に、最低でも六人で攻略に向かえって書いてあったんです。親切ですよねえ、ここを作った方は。おっと! そういえば、あなた達をクリスタルに入れれば……五人になりますよね?」
ルルナは震えて後ずさる。彼女はクリスタルの話を聞く前から、どうにも嫌な予感が頭を掠めていた。
「まさか……あなた。私達をこの中に閉じ込めようと」
「はい! 大丈夫ですよ。クリスタルの中は安全ですし、意外と簡単に入れるようにできてます。ただ眠り続けるだけなんですよ。では、入っていただくとしましょうか」
ローグが床に唾を吐き、余裕の笑顔を浮かべるエレンを睨みつける。イライザもまた、少しずつ距離を詰めていた。
「入るわけねえだろうが。お前、余裕を見せ過ぎだ」
「アンタが詠唱なんかする暇もなく、あたし達の剣は届く。冒険者仲間を二人もこんな目に遭わせてるような奴に、慈悲は必要ない」
魔法使いは両手のひらを上に向け、今度は苦笑いを作った。まるで緊張感がないその姿に、戦士は怒りを通り越して呆れるほどだ。
「やれやれ、そうでしたね。では——」
エレンの言葉を待たずして、二人は一気に地面を蹴った。容赦のない本気の剣技は、接近戦向きではない魔法使いには到底防げるものではない。
二人が自ら動きを止めるようなことさえなければ。
「止まりなさい。我が下僕達」
勇者の俊敏で華麗な剣技が、戦士の重厚かつ凶暴な一振りが、当たる寸前に急停止した。敵として認識したはずの男の一言によって。
更には、遠間から見守っていた聖女すらも、まるで人形のように動かなくなってしまう。
エレンは自身の右腕を摩り、ただ苦笑するばかりだ。その細い右腕には、赤い光が渦巻く腕輪がはめられている。塔にまつわる財宝の噂は本当だった。人の心を歪めて支配する腕輪は、確かに実在していたのだ。
「ククク。あなた達は僕には決して逆らえない。僕の言葉は真実となり常識や記憶さえすり替わる。僕の命令は絶対となり、個人の意思など関係なしに従ってしまう。この腕輪があれば、誰だって僕の前じゃ人形になるんですよ。さあ、クリスタルの中にお入りなさい」
瞳の色を無くした冒険者達は、言われるがままの行動を取るしかなかった。
しかし……たった一人、クリスタルに向かう足取りが重いものがいる。耐えきれない重りでも背負っているかのように体全身がふらついていた。
「あれ? どうしたんですか。おかしいなあー」
エレンは動きが鈍くなってしまった勇者に近づき、様子を確認するため、俯いた顔を覗きもうとする。
その時———、
「あ、ああああああ!」
全身を震わせながら、イライザは剣を振り上げ、苦痛に顔を歪めながらエレンに飛びかかる。まさかの事態に、支配権を得ていたはずの少年が顔色を変える。驚きに表情がついてこず、目が点になっていた。
振り下された剣を両手に持った杖で防ごうとしたその時、エレンは自分の行動が誤っていることに気がついた。勇者の持っていた剣なら、恐らくはこの程度の杖など真っ二つだろう。
あと少し、本当にすぐそこにある逆転。しかし、剣身の中心から入った亀裂が広がり、彼女の希望を丸ごと砕いた。長い戦いによって、杖にすら負けてしまうほど彼女の剣は傷ついていたのだ。
微かな一瞬を逃さず、エレンは腕輪の輝きを彼女の視界へと映り込ませる。
「止まりなさい。そして、今度こそ潔くクリスタルの中にお入りなさい」
イライザの瞳から完全に意識の色が消える。エレンは驚きを顔に残しつつも、二度の洗脳で完全に従順になった後ろ姿に安堵し、再び笑った。
「あはははは! さすがは勇者様。まさかこの腕輪の力に逆らうなんて、大した精神力じゃありませんか。ですが、もう終わりですよ。あなた達、ついてませんよね。僕は違いますよ。神様に愛されているんです」
エレンは自身の幸運が絶対的なものだと信じて疑わない。今までの人生、全てにおいて彼は恵まれ、有利な状況に事が進み、栄光と勝利を掴み続けてきたのだ。
そして今日、完全なる勝利を手にしたと、彼は高らかに笑った。
「はははははは! やっぱり、ちょろい人達だなぁ」
最後に紫のクリスタルに入り込んだ勇者は、既に人形そのものになっていた。しかし、その瞳からは一雫の涙が溢れていた。
◇
何度階段を駆け上がってきただろう。俺とンはひたすら迷路のような入り組んだ部屋で迷い、正しい通路を見つけ、階段を登るという行為を繰り返していた。
上に行くほど魔物は強力になっていくが、そこは【追放】を使用すれば困ることはない。
体力面だけが不安だ。まあ、ンはこういうの慣れっこみたいだから、主に俺のスタミナ切れが問題だったんだが。
「あれ……もしかして、この上で終わりか?」
今までとは雰囲気が明確に違う。上層から神秘的な青い光が差し込む階段を見つけた。ンも同じ予想を立てていたらしく、満開になった花みたいに清々しい笑顔で、
「やったね! とうとう最上階だよ。ルウラ、ここまできたら一気に決めましょー!」
「あ! ちょっと待ってくれ。ンんー!」
警戒心ゼロで一人階段を駆け上るンを止めようとするが、こうなってしまうと無理っぽい。俺も急いで階段を駆けあげるという方法を取るしかない。こりゃ明日は筋肉痛が酷過ぎて動けないかもしれないぞ、なんて気楽なことは言ってられなかった。
なぜなら、イライザ達をまだ見つけていないから。殺されてしまって、姿形も残さずに消されてしまったという説も否定できない。最上階にいなかったとしたら、そんな不安が脳裏を過ぎる。
「ルウラ。ルウラ! ここ、なんか変だよ……」
一足先に階段を登りきったンが、自らの肘を抱いて周囲を見渡している。遅れて辿り着いた俺は、すぐに賛成の意思を示した。
「普通のダンジョン最深部とは違うな。何がとは、言い難いが」
最上階は開けた一室であり、スケールは一般的なダンジョンの比ではなかった。ただ、それを差し引いても違和感がある。
部屋全体は薄暗く、中心にある赤いクリスタルだけが不気味に輝いていた。光はゆっくりと点滅を繰り返しているようでもある。
「あれ? 何? あの周りに置いてあるクリスタル」
「……あれは……危ない!」
近づいて確かめようとしたンに飛びつき、俺達はゴロゴロと床を転がった。
「きゃ!? ちょっと、え!?」
続いて猛烈な雷魔法が、勇者が立っていた地点に炸裂して霧散していく。事前に魔法の発動に気がついたのが幸いだった。俺はすぐに杖を持って立ち上がり、周囲を見渡した。
「誰だ!? 出てこい!」
アーガの塔最上階を守るモンスターのお出ましか。ンは並び立って剣を構える。先に赤いクリスタルを破壊できれば解決なのだが、敵の姿が見えない以上むやみに動けない。
「たった二人でやってくるなんて、勇敢そのものですね。驚きましたよあなた達には」
つい最近、というか今朝聞いたような声がした。薄明かりの世界で、それはいっそう不気味に響く。
「お前は……エレンか? さっきの魔法はお前がやったのか?」
「はい。僕がやりました。クリスタルを破壊されちゃったら困りますからね」
「いきなり何をするの!? っていうか、他のみんなはどこ?」
ンが俺に代わりに核心をついた質問を投げかけてくれた。正直、今のこの状況は理解し難い。
「答えは、あなた達の背後にあります」
背後っていうと、あの赤いクリスタルか。奴が不意打ちしてくることを警戒しながら、俺達はクリスタルのほうへ顔だけ振り向いた。
「ああ!? な、なんだ。これって……」
赤いクリスタルの周辺には、紫色に輝く五つのクリスタルが設置されていた。その中で眠ったようにじっとしている人達は、ほとんど面識のある連中だった。
イライザ、ローグ、ルルナ、それと他の二人は誰だ?
みんな閉じ込められているのか? 一体どうして?
疑問の波が俺の中で寄せては返し、いっそう状況は混沌としてきた。
「残りの二人は、僕の元パーティ仲間ですよ。この塔最上階に存在する赤きクリスタルを起動させるための、原動力担ってもらったというわけです」
「げん、どう、りょく?」
ンが首を傾げる。疑問に思うのは当然だろう。俺だって理解が追いついてない。しかし、エレンの奴は一体どこから喋っているんだ。
「最上階に辿り着いた時、あなた達は不思議な感覚を抱いたことでしょう。ここは他のダンジョンとは違う、とね。当然ですよ。本来このアーガの塔は、かつて世界を支配せんとする国が作り上げた古代兵器だったのですから」
「兵器だって? この塔が。何を訳の分からないことを言ってやがる。みんなをどうするつもりだ?」
奴のため息が広い室内に響いた。やはり位置が掴めない。
「ですから、古代兵器を起動させる為の原動力になったのですよ。彼の国は滅びましたが、刃は消えず。僕は古代文字の心得もありましてね。一度目の探索でこの塔に記されていた情報をほぼ網羅することができました」
塔の古代文字……。確かにそこかしこに彫られていた文字はあった。あれを全部読破していたっていうのか。
「実はね。入り口の扉にはこう書かれていたんですよ。塔の最上階へ辿り着く強さと、他者を犠牲にする非情さを兼ね備えた者にのみ、我らが残した禁断の兵器を授ける、と。まあ、あなた達には一度、実演して見せたほうが早いかと」
最後の一言が終わった時、赤いクリスタルが異様なまでに眩しく輝き出した。紫のクリスタルから青く美しい光が並々と注がれ、凶悪な力が一気に集められていく。
赤いクリスタルの頭上に、四角い何かが映っている。海と空と、どこかで見た覚えのある大陸。以前俺達が冒険をしたことがある土地だった。この島からは、世界地図でもほぼ反対にあるくらいに距離が開いているのだけれど。
「な、ちょっと待ってよ。一体———」
ンの声は最後まで聴き取れない。爆音と地鳴りによって俺たちは立っていられず、耳を塞いでうずくまった。しかし、魔法で表示された大陸に、赤く太く歪な光が注ぎ込まれ、大陸自体を包み込むほどの爆発が発生したことは視界で捉えていたんだ。
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