第3話

「巨大なミミズよ。君をこの塔から追放する。土の中にでも潜っててくれ」

「腕が六本ある骸骨。君をこのフロアから下に追放する。後は好きに彷徨っていてくれ」

「俺よりもずっとずっと大きなコンドルよ。君をこの島から追放する。好きに旅立ってくれ」


 俺とンはどんどん塔を登っていく。もう十階を過ぎた頃だろう。戦闘は数えるほどしかしていない。というのも、大体の場合はンが手を出す前に魔物を追放しているからだった。


「もー! ちょっとぉルウラ。どうして戦わないの? 倒したらレアなアイテムが手に入るかもしれないじゃん」


 剣で空気を二、三回斬りながら、戦うことが好きな勇者は愚痴をこぼしてる。まあ無理もない。


「レアなアイテムが手に入る確率なんて、元々かなり低いじゃないか。だったら無理に倒して体力を消耗するよりも、こうして戦いを避けたほうが賢明なんだ」

「そうやって避けてばかりいたら、舐められちゃうんじゃないかなぁ。魔物に」

「アイツらだって、ホントは戦いたくないかもよ」

「へ?」


 大きな部屋に入ると、巨大な黒い甲冑をきた魔物がズンズンと歩み寄ってきた。そしてすぐに追放した。俺は階層主との戦いをスルーしつつ、白く大きな階段を上り始める。


「あ、あっさりと追い払っちゃうよねえ。さっきの鎧着た奴、きっとSランク以上の魔物だと思うよ」

「でも獰猛さはないな。この塔にいる奴らはどうも変なんだ」


 階段を登りきったところは、天井も壁も床も全てが赤色になっていて、さっきまでとは異なる奇妙な雰囲気に包まれている。きっと魔物も今までとは全然違う奴が出てくるのだろう。

 俺は言いかけた話の続きをすることにした。


「元々、この塔自体に生息している魔物ではないと思う。みんな何処かから召喚されて戦っているんじゃないか。奴らが突然姿を現す時は、必ず少し前に魔法陣が発動してるだろ? いわばこの塔を守るために、半ば強引に召喚されているのかも」

「えー! じゃあ誰がこの塔に魔物を召喚してるの?」


 斧を持った白熊みたいな奴が突き当たりの通路から飛び出してきたので追放しつつ、


「さあな。もしかしたら最上階にいる誰かなのかもしれない。あくまで全部予想」


 と曖昧な答えで締めた。そう、誰もこの塔について深く知る者はいない。最上階に到達できた冒険者だっていない。だからいろいろと根拠が薄い噂が一人歩きしまくっている。

 塔の謎と一緒に、俺には気になることがもう一つあった。


「そういえばさ、ンはなんで一人でこの島に来たんだ? 今のパーティがいなくたって、臨時で組んでくれる奴らならいっぱいいるじゃないか」


 いきなり話を振られて戸惑ったのか、彼女は頭を掻きながら苦笑いをする。


「えーと。それはまあ、そうだけどね。強いていえば、ルウラと組む気でいたから」

「俺と? なんで?」

「あ! モンスターハウスじゃない! 今回は私が戦わないとダメだね!」


 いつの間にか開けた大部屋にたどり着いていた。いたる所に魔物がひしめき、ほぼ同時にこちらに気がついたらしい。


「じゃあ、いっくよー!」


 長い刃を振りながら、ンが銀髪を翻したかと思うと、颯爽と魔物達の中に飛び込んでいく。

 剣はまるで流れる水のように、魔物達の肉や骨を斬りさいていく……はずだったけど、半分くらいは俺の追放で吹っ飛ばした。


 少しずつ最上階に近づいている。もしかしたらイライザ達はもう到着してるのだろうか。追放されてきた魔物達が戻ってきた時、どうやって相手にしているのだろう。


「ねえねえルウラー! 隠し部屋があるよ!」

「え!? マジか」


 そんな考え事を続けていた時に、ンが階段近くの壁に何かを見つけていた。本当は急ぎたいところではあったが、アイテムも確保しておかないと危なくなりそうだ。壁には小さな凹みがあり、押すと地鳴りとともに壁が両開きして宝箱の山が出てきた。


「やったー! これで私達大金持ち……って、あれ?」

「あちゃー。もう全部開けられている後だな」

「えー。でも変じゃん。毎回構造変わるんでしょ? この塔」

「うん。ただ、全てが変わるわけじゃない。まず、一階は絶対に変化がない。訳のわからない古代文字ばかりの壁と、階段があるだけだ。同じように変化しない所もあるんだろう」


 俺は考え事をしつつ、念の為空の宝箱をチェックしていく。さっき塔内のヒールスポットに行ったので、魔力は余裕があるが、回復アイテムのおこぼれとか残ってないかな。

 ゴソゴソと探すが、やっぱりない。


「悲しいねー。なんか立派な宝箱だから、レアアイテムが入ってるかと思ったのにぃ」

「ん? これ……腕輪かなんか入ってたのかな」


 一つだけ奇妙な宝箱があった。底の形的に、腕輪とかそういう装飾品がすっぽり入るような感じに見える。


「んん? どうも変だな」


 更には底が二重になっているような気がして、弄っていると偶然外れた。中からは青い宝石が埋め込まれた指輪が一つしまわれていたんだ。


「わああ。綺麗ー! ねえ、これなんの指輪なのかな?」

「ああ! これは昔聞いたことがあるぞ。矛盾の指輪、とか言われてたっけ」


 矛盾の指輪。それは法則をひっくり返す力があると言われている伝説の代物だが、効果を発揮できたという記録はない。まあ、実際の使い所っていうのは分からないんだけど。


 ただ、これは売りに出すと夢みたいなお金が稼げるって話を聞いたことがある。

 これで少なくとも骨折り損にはならない。


「きっと魔法を反射したりすることができるんだろう。いざって時に使えるかもしれないし、売ればかなりの金額になる。持って行こう」

「やったじゃーん! 使わずに後で売ろー」


 お金儲けに正直なンは瞳を輝かせている。しかし、ダンジョンは二人でも意外と行けるもんだな。

 でも、あのエレンとかいう魔法使いも同じ条件で塔を登ったんだろうか。だとしたら俺達よりも優れているだろう。戦闘を回避せず登り続けるなんて、たった二人じゃキツすぎる。


 階段を登りながら、前を進む勇者はこちらに顔だけを振り向き、


「ねールウラ。今回の冒険が終わったら、正式に私のパーティメンバーになってよ」


 と誘いの言葉をかけてきた。


「いいのか? 俺みたいなやつで」

「いいのいいの! むしろ大歓迎だよ! 知識もあるし、攻略も上手い。どうしてイライザ達は追放なんかしちゃったのかな?」


 う……やめてくれ。その言葉は心に響いちまう。

 兎にも角にも、俺達はペースを上げた。体力的にはしんどいが、イライザ達がとにかく気になっていたんだ。


 ◇


 勇者達一行はヒールスポットで回復を終えると、すぐに活動を再開した。辿り着くまでに何度全滅の危機に瀕したことか解らない。獰猛な魔物に殴られ、斬られ、噛みつかれそうになってもなお、ギリギリのところで踏ん張ってきた。


 情けないことだったが、エレンの魔法にも何度も助けられた。危険な状況を一気に打破してくれる魔法こそが、最も信頼のおける力だった。その為に、魔力を回復するアイテムはほぼ彼に持たせるようになっている。


 戦いが続くたびに、前衛のイライザとローグは活躍の場が減っているようだった。階層を登るたびに強力な魔物が増えていき、手入れの行き届いた武器や防具に亀裂が入り始めているからだ。武器の消耗が酷くなるにつれ、無意識のうちに行動を抑えてしまう。


 既に崩壊の兆しが見えるひび割れた剣や盾に目をやり、ローグは歯噛みをしていた。ルルナは元々慎重な性格であり、ハードな戦闘が続くほどに逃げ出したくなった。だが、イライザやローグは勿論、新参のエレンですら足を止めなかった。彼女はただ、黙ってついてくしかない。


 イライザもまた、自らの剣が限界に近づいていることを予感し、心の奥では不安が渦を巻いている。だがおかしい。今日使っている武器や防具はみんな新品そのものだ。普通ならばもう二、三日は持つはずではないのか。


 あまりにも戦い過ぎてしまっている一行は、まだルウラに助けられていた事実に気づけない。


「次が最終フロアです。いよいよですよ、勇者様」


 肩を並べて歩いているエレンに声をかけられ、イライザははっとした。


「え? あ、ああ。そっか。あたし達、とうとうここまで来たんだ」


 思えばこの島にやってきてから、何度ボロボロになって町に帰ったことだろう。悔しい気持ちを堪え、幾度逃げ出したことか。それらの苦労が彼女の胸を強く打ち、不安や感傷を吹き飛ばした。振り返ってローグとルルナに、覇気のこもった笑顔を向ける。


「いよいよ最終フロア。この塔の主とご対面よ! みんな、ちゃっちゃとやっつけて、今回の冒険を終わらせましょう!」

「ふん。まあ、俺がいれば問題ねえ」

「は、はーい」

「ふふふ。いいですね勇者様の掛け声は。でも、一番は僕がもらいます」


 エレンは楽しげに笑いつつ、一気に階段を駆け上がり出した。


「あ、こらー! 待ちなさいよエレン君」


 気を引き締めるべき時に戯けてしまう。少年らしいところもあるんだと思いつつも、少々慌ててイライザは追いかける。ローグとルルナも長い戦いで棒のようになった脚で、それでも二人を追いかけて階段を駆け上がる。


 階段の向こうに、これまでとは全く異なる天井が見える。まるで沢山の鏡を不規則にくっつけたかのような、奇妙な作りだった。


 エレンが階段を登りきって姿を消し、すぐにイライザが続いた。


「ちょっとエレン君。本当にあぶ……な……」


 階段を登りきった勇者の視界には、想像もできない神秘的な空間が広がっている。 今までの迷路のような作りではなく、大部屋が一つだけだった。天井も壁も床も、まるで無数の細かい鏡で作られているようだ。正確には鏡ではなく、全てがクリスタルでできていた。


「最上階に相応しい空間じゃないですか。ここが僕らの到達点ですよ」


 もう上に登る階段はない。今までのように細かく入り組んだ道もなく、いたって単純な部屋だ。そして中央にある巨大な赤いクリスタルに、誰もが目を奪われていた。


「凄いわ……あれがこの塔の核……なのかな?」


 イライザは何かに吸い寄せられるように赤いクリスタルに向かって進み、ルルナとローグは困惑しつつも彼女に続いた。


「はい。きっとそうに違いありませんよ。そのクリスタルを破壊することができれば、この塔は消滅することでしょう。島に住む人々はようやく、魔物の脅威から解放されるはずです」


 エレンの声は弾んでいる。四人が近づくと、徐々にクリスタルはその正体を鮮明にしていくようだった。クリスタルの周囲に、小さな何かが見える。


「でも……守っているはずのボスがいないよ? 最上階なのに」

「隠れていやがるかもしれねえ。勇者、気をつけろ!」


 ローグとルルナは周囲を見渡しながら、最大限に警戒心を高めている。


「なんて綺麗なの。このクリスタル……え」


 傷つきながらも最上階にたどり着き、最後の仕事をこなそうとしていた勇者の足が止まる。大きな丸い双眼が捉えたのは、赤いクリスタルの周囲を囲むように存在する、小さな紫色のクリスタルだった。


 赤いクリスタルを囲むように配置されている結晶は、全部で五つあった。その中の二つに何かが入っている。


 気になった勇者が歩みを進め、中を覗き込む。心許ない明るさの中、ようやく見えたそれには、人と思わしき者が入っていた。


「ちょっと待って。これって」


 イライザは言いかけて絶句した。この結晶の中にいる女性とは、以前会ったことがある。快活で人見知りすることもない、強くて可憐な女戦士ブリギッド。


 その隣にあるクリスタルに入り、眠っているような男もまた、勇者にとって既知の存在だった。寡黙で真面目で、いつも周囲に気を使い彼女を守っていた戦士ディリータ。

 まるで氷漬けにされたように、二人はクリスタルの中に入っていて————、


「だから言ったじゃないですか。二人だけじゃ足りなかったって」


 びくりと肩を震わせ、イライザは振り返った。爽やかなさだけが抜け落ち、氷のような冷徹さを感じさせる声音。一行が振り向いた先で、エレンは笑っている。


 何かに取り憑かれたような、うっすらとした笑顔で。

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