第2話

「やあっ!」


 力強い掛け声と共に空中から剣が振り下ろされる。イライザの一撃はトロルに炸裂しあっさりと命を絶った。ローグやルルナも果敢に戦い、エレンは魔法使いとしての期待通りにゴブリン達を派手な雷魔法で一掃していく。


 既に十三階に到達していた勇者パーティは、いよいよ階層主が待つであろう部屋に踏み入ろうとしていた。


「ここが一番緊張するのよね。何度やっても……みんな。準備はいい?」


 扉の前で剣を構えるイライザの問いかけに、三人は首を縦に振って答える。準備が整っていることを確認するなり、思いきり扉を蹴った。正面に階段が見える。そして階層主も。


 階層主は、どうやら三つ首の黒龍らしい。内心イライザは舌打ちをする。見るからに強敵の匂いがした。引きが悪いというか、とにかく運がない。


「あれは厄介ですね。魔物達の中でも相当上位に位置するのではないでしょうか」


 エレンは冷静に相手を分析しているようだが、勇者の作戦に変更はない。


「ええ、そうね。でも引き下がるわけには行かないわよ。今日こそ塔を制覇するって決めたんだから。みんな、行くわよ!」

「け! 相手にとって不足はないってもんだ」


 ローグは誰よりも前に出て、黒龍の意識を引きつけようとする。天井に頭をぶつけんばかりに大きいその怪物は、三つの顔それぞれが違う方向を向いている。巨体のわりに死角がない。しかし、勇者イライザは特に気にかける様子もなく、ローグを追い越して正面から駆けていく。


「ちょっと!? 危ないよ!」


 戸惑うルルナの声は、彼女には届いていない。エレンは一番後ろから静かに詠唱を開始していた。黒龍の真ん中の首が目を光らせ、大きく口を開いた。何をするかは大体の冒険者なら察しがつくし、事実予想どおりだった。


 真っ赤な火炎が喉の奥から勢いよく吐き出され、フロアの中心に炸裂して拡散した。イライザとローグは反対方向に飛んで火炎をかわし、今度は両側に生えている首をそれぞれが狙う。


 右の首からは吹雪が吐き出され、左の首からは黒いヘドロのような汚物が放出される。しかし、寸前のところで二人は掻い潜ることに成功し、いよいよ本体が間近に迫った。


「ははは! 首はもらったぜええ!」

「あたしも、まずは一発!」


 二人はほぼ同時にガラ空きの本体へ向かって飛ぶ。全方向に対抗することが可能な代わりに俊敏性を失ってしまった龍は、無表情ながらもどこか焦っているようだった。エレンは正面の首が放っている炎を避けつつ、杖の先から雷魔法を放ち、ルルナは少し後方から様子を見守っている。


 勝ちが見えた。一直線に飛んでくる雷、大男の力任せの一振り、勇者の斬撃、そのどれもが的確に決まろうという寸前、不意に違和感が訪れる。


「ああ!? どうなってんだ」

「ちょ、ちょっとぉ。これって」

「……何ですの? あれは」


 勇者達より少しだけ後方で様子を見ていた魔法使いは、思案げに首を傾げた。四角い透明なバリアが、突如として出現し黒龍を守り、全てを弾き飛ばしたのだ。


「ヒヒヒヒ」


 卑しい笑い声が上から聞こえてくる。天井付近に何かが飛び回っていた。


「え……え。どういうことよ。なんでレッドハーピィがいるの?」


 赤い半裸の女性のような鳥が、バサバサと飛び回っていた。あらゆる魔術を使用するという魔物であり、黒龍を守ったのも奴で間違いない。ただ、赤い凶鳥はルウラによって追放されたはずだし、そもそも。


「おかしいですね。階層主は一匹。それがダンジョン普遍のルールであるはずなのに」


 先程までの余裕が消え去り、勇者達の中で不安が湧き上がる。しかし、ここにきてまだイライザは強気ではあった。


「ふん! あの鬱陶しい鳥だって、魔法なら何とかなるでしょ。エレン! ルルナ! そっちは任せたから」

「俺たち二人で龍をやるのか?」

「できるわ! あたし達ならね!」


 エレンとルルナはこの指示に従う他なかった。片方を狙えば片方が自由になってしまい、厄介なことを始めるだろう。だから勇者達は戦力を分散させることを躊躇わなかった。


「今度こそ、行けますかね?」

「さあ、私に聞かないでよ!」


 エレンはファイアボールで、ルルナは、風魔法エアーカッターで凶鳥を狙い続ける。妖艶な鳥は笑い声を上げ余裕を見せはするが、どうやら攻撃を回避することで精一杯のようだ。そして奥から悲鳴がした。獰猛な野獣のような、荒々しい悲鳴に釣られて聖女が視線を移すと、ローグが壁に叩きつけられていた。


「ローグ!? アンタどうし……て……」


 反対側で黒龍を惹きつけていたイライザは、自分の目が信じられなかった。黒龍の近くに、先程まではいなかったはずの魔物が出現している。

 煉瓦を思わせる全身は、黒龍と負けず劣らず大きく、今の今まで気がつかないはずはない。降って湧いたとは到底思えない巨大機械兵器、ゴーレムがこちらを見下ろしていた。奇妙なことに以前、ルウラが【追放】によって吹き飛ばした怪物と瓜二つだった。


「がああ。何でこんなデケエ奴が、急に」

「やっばいわよ! あぐ!?」


 イライザが惹きつけていた黒龍の吹雪をまともに浴びてしまい、全身が凍りつきそうになり必死で飛び退いた。しかし、左腕は凍らされてしまい、急激に力が入らなくなる。


「ね、ねえ。逃げましょう。逃げましょうよ!」


 ルルナはとにかく逃げ出すことが先決だと考えを改める。ローグはゴーレムが振り下ろしてきた巨大すぎる拳を受け止めるが、もう片方の拳にぶちのめされて宙を舞う。


「ぶあっ!」


 エレンはレッドハーピィを抑え込んでいるはいるが、逆にいえばそれ以上のことは何もできていなかった。イライザの心に焦りが芽生え始め、あるはずがない全滅の予感が脳裏に浮かぶ。


「た、退却! 一時退却よ!」


 ただの一匹でさえ人間の遥か上をいく存在。それが三匹も束になっているこの状況は、明らかに異常だ。もうこうなっては逃げるしかない。

 フラつくローグを何とか抱え、炎や鉄槌をかわしつつ、勇者は魔法使いと聖女を引き連れ出口へと向かう。


 ルルナは悲鳴を上げたい気持ちをグッと堪えつつ、ローグを回復させるとすぐに出口へと駆け出した。エレンはみんなより少しだけ遅れて後を追う形になり、一行は完全に追いかけられる形になっていた。


 だが、階層主は決して階段のある部屋から出ることはできない。そのため、追いかけっこはそう長く続かないことは明白だ。出口の扉はもうすぐ。やっと助かると安心しかけたその時——扉が開いた。


「え、ええ!? 何で?」


 イライザの声が震える。通路からこちらにやってくる無数の影達は、皆ルウラが攻略途中で追放した魔物達だった。


「ち、畜生……」

「ねえ、このままじゃ私達」


 ローグとルルナの言葉もイライザには届いていない様子だった。四方を魔物達に囲まれてしまい、逃げ場などなく、戦い抜くほどの体力も残っていない。


 階層主を含めた魔物達が、部屋の中央で固まる勇者パーティ一行に向かい、息を合わせたかのように押し寄せる。蹂躙され肉塊に変えられてしまうことも時間の問題だ。押し寄せる魔物達に剣を振り回しつつも、イライザは徐々に恐怖に心を突き上げられていく。ローグは悔しさで胸がいっぱいで、ルルナは怯えきって動けない。


 勇者達は徐々に集団攻撃の的になり始めていた。誰もがもう無傷ではいられず、捕まってなぶられる寸前のところまできている。


「みんな! 伏せてください!」


 しかし、そんな殺される一歩手前の状態で、一人の男が強く声を張り上げる。気迫のこもった声音に誰もがしたがい体を丸めると、部屋の中に太陽が現れたかのような光がほとばしる。


 眩しく得体の知れない輝きとともに、魔物達の断末魔が聞こえた。前後左右から、そして上からも響いてくる絶叫にパーティメンバー達は唖然としたまま声も出せない。矢継ぎ早に何かが飛んでいることだけは解る。しかし、頭をあげてその光景を見やる気にもなかった。


 何かが崩れ落ちる音がして、青い髪の青年がため息を漏らす。


「もう顔を上げて大丈夫ですよ。皆さん。はあ……はああ……」


 恐る恐るルルナは立ち上がり、周囲を見回した。膨大な数の魔物達の亡骸が、視界いっぱいに広がっている。ローグはぼうっとしていて、イライザは胸を撫で下ろし、エレンに笑いかける。


「や……やるじゃないエレン君! 流石は天才魔法使いね!」

「いえいえ、勿体ないお言葉です。あのくらいは、まあ。でも、相当魔力を酷使してしまいましたよ」


 苦笑いしている魔法使いを横目に、聖女は先程までの恐怖が頭から離れず表情が強張っていた。


「ねえ、一つ提案があるの。私もエレン君も、そして勇者も……そろそろ魔力が尽きてきているんじゃない?」


 ルルナの質問にイライザが神妙な顔でうなづき、エレンはまたうっすらと笑う。


「一度出直したほうがいいと思うの。それに今回はどうも変。何かおかしなことが起きている気がする」

「俺も賛成だ。別に急ぐ必要なんてねえ。また今度でいいだろ」


 ローグも同調し、イライザは腕を組みつつ思考を巡らせる。確かに、今はみんなの体力も、魔力も心許ない。このまま最上階を目指すのは危険過ぎる。そう思い、撤退を宣言しようとした時、


「いえ、きっと大丈夫ですよ」


 エレンが意を唱えた。


「さっきは結構な魔力を消費はしましたが、僕はまだまだ余力を残しています。それと、全回復を行うことができるヒールスポットがあると思うんですよね。たいていの場合、あと二層以内には設置されていますから。ここも同じかなって」

「んー。でも、この塔は一層がとても長いのよね。二層までつけるかどうかは微妙だし。無理があるんじゃないかしら……」


 イライザの考えにはローグとルルナは同意しているが、エレンは爽やかな笑顔で首を横に振る。


「大丈夫ですよ。僕にはまださっきのような魔法が何発も使用できますから。いざとなったら皆さんが何もしなくても、二層くらいなら突破できるでしょう。先程窓から上を眺めましたが、きっと残りは僅かなはずです。ここで一気に最上階までたどり着き、全てを終わらせてみませんか? 僕はどうしても今日、勝利の栄光を手に入れたいです」


 一行に無言の時間が流れる。塔の外に吹く風の音が響いていた。それに、とエレンは言葉を続ける。


「前回のパーティで上手くいかなったのが悔しくて。二人じゃダメでも、皆さんとだったら……って。甘いですかね。ははは」

「……アンタって本当に優種ね! パーティを組めて嬉しいわ」


 勇者の言葉に、魔法使いは頭を掻いて頬を赤くする。


「恐縮です。まあ、どこかの先輩は本当に出来損ないだったようですが」

「今日で終わらせちゃいましょう。みんな、行くわよ!」


 イライザは笑顔で階段を登り始める。エレンの言葉を聞き、ローグもルルナも心変わりをしているようだった。いざとなったらさっきの魔法がありますから、と彼はもう一度三人に伝えた。勇者も戦士も聖女も魔法使いも、自分達の成功を信じて疑わない。


 勇者パーティ一行は、更なる強敵が待ち受ける上層へ向けて迷いを捨てて歩き出す。

 退路より進む道を選んだ。そして彼女達は、経験したこともない地獄を繰り返し味わっていく。

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