スキル【追放】が役に立たないと勇者パーティから追放されました。でも俺が抜けると追放した魔物達が全員戻って来ちゃうんだけど……って気づいた頃には手遅れだった

コータ

第1話

「ルウラ! アンタはもうあたしのパーティには必要ない! たった今から追放する!」


 俺、ルウラ二十二歳独身は、このあまりにも唐突な追放宣言に、ただ呆然としてしまった。


「え? え。俺が……追放?」


 ここは冒険者なら知らないものはいないダンジョン、アーガの塔。巨大な入り口扉の前で、リーダーの女勇者イライザが追放宣言をしてきたってわけだ。


 長い金髪と青い瞳、きっと喋らなければ誰しも振り向くような可憐さがある。歳は俺より五つほど若いが遠慮がない。でも、この発言はまったく予想だにできないものだった。最初、何を言われたのか認識できないくらいに。


「そう。アンタはマジで役に立たないから、もうここでお別れすることにしたの。ねえみんな!」


 イライザの声を聞くなり、戦士ローグと聖女ルルナは首を縦に振った。


「なんで? どうして今、このタイミングで言うんだよ」

「あはは! 実はさ。新しいメンバーをお呼びしてまぁーす。エレン君ー」


 イライザに呼びかけられて、街へと続いてる長い階段から誰かが登ってくるのがわかった。年は多分俺よりも若い。青くて短く整えられた髪と、紺色のローブが印象的な好青年という感じ。


「はじめまして。エレンと申します。職業はあなたと同じ魔法使いです。昨日酒場でイライザ様と偶然お会いしまして。僕は一度仲間とあの塔に挑んでいたのですが、失敗したんですよ。二人じゃ数が足りなかったので。そこで、今回思いきってメンバー加入をお願いしてみたんです! ルウラさん、今までお疲れ様でした」

「お、お疲れ様って。俺はまだ辞めるって決めたわけじゃ」


 戸惑いながらも抵抗する俺だったが、戦士ローグが睨みつけ、聖女ルルナが呆れたと言わんばかりの顔を向けてきたので、余計に焦ってしまう。


「何寝言こいてんの。リーダーであるあたしが追放だって言ってんだから、もうアンタは終わりなのよ。大体、この迷宮の攻略で足を引っ張ってたのはアンタじゃん。ほんっとに自覚ないわけ?」

「……足を引っ張ってはいなかったろ。俺は何も!」


 精一杯の抵抗を続けることの虚しさを感じ始めた頃、エレンがため息を漏らしながらこちらに歩み寄ってきた。


「いやはや。呆れたものですねえ。自分の胸に手を当てて……いや。自分のスキルにでもきいてみたらどうです?」

「スキルだと?」

「ほらー。アンタの超役に立ってないスキルがあるじゃん。今のアンタそのものっていうやつが!」


 【追放】のことか———。

 魔法使いでありながら、俺が使える魔法はほとんどない。ファイアボールとフリーズ、聖魔法ライトカッターという基本形のみだが、代わりにとあるスキルを神様からもらっている。それが追放のことだった。


 これは定められた場所、集団から選んだ存在を追放するというスキルで、壁とか障害物など関係なしに遥か遠くにぶっ飛ばしていくことができる、というものだ。

 吹っ飛ばした対象は倒されるというわけでもなく、戦利品が手に入るわけでもない。本当にただ遠くに追いやるというだけの効果なんだが、それがイライザを含めて、今のパーティメンバーには不評だったらしい。


 とはいえ、とはいえである。昨日まで一緒にこの塔を攻略していた時は、そんな様子微塵もなかったじゃないか。っていうか、むしろみんな厄介な魔物と戦うことが回避できて、喜んでいるように思えた。

 あの笑顔は嘘だったっていうのか。


「分かったらお前帰れよ。いつまでもボサッと突っ立ってねえでよ」


 戦士ローグはなんだか面倒くさそうにしてる。


「帰り道は気をつけてくださいね。もう回復できる人は側にいないんですから」


 ルルナは嫌味っぽいセリフを言いつつそっぽを向けていた。


「この入り口にある古代文字が読めますか? あなたのような人が挑むような場所ではない。僕にはそう書かれているように思えますね」


 加入したばっかの男がなんか言ってる。扉に書いてある古代文字が読めるとは、学者としてもやっていけそうじゃないか。そしてルルナよりずっと嫌味だ。ちくしょう。


 最後に一つ粘りたい部分があった。学者連中によると、この塔の入り口には【六人パーティ推奨】という文字が書かれているとか。そうであるなら俺を残すべきだ! ……と思ったが、イライザは聞き入れてくれそうな空気じゃない。


 もしかしてあれか、分け前か? 分け前の都合か?

 嫌な勘ぐりを吹き飛ばすようなトドメの一撃が勇者から放たれる。


「じゃあねルウラ。せいぜい新しいパーティで頑張んなさいよ。幸運を祈ってるわ。さよーなら!」


 ほとんどロクに挨拶もできないまま、俺はパーティから追放されてしまった。

 追放スキルを持っている人間が追放されるって、笑い話にもならない。


 ◇


 この孤島には、アーガの塔を除けば小さな町が一つあるだけだ。

 雲まで届くような高い塔は遥か昔から存在し、ずっとこの町の平和を脅かしている。

 だから、いつだって冒険者達が派遣されて、攻略に奮闘しているってわけなんだ。


 無論、理由は他にもある。アーガの塔には貴重な財宝が数多く存在するといわれ、最上階には世界で唯一無二のお宝が眠っているらしい。塔の攻略難易度や規模の大きさからいって、あながち間違っている噂ではない。


 例えば、どんな存在をも滅ぼす無敵の魔法書。例えば、人の心を蝕むとされる呪われた腕輪。例えば——なんて。本当かどうかは解らない噂話がそこかしこでされているってわけ。


 納得しかねる別れの後、不貞腐れてしまった俺は酒場で昼から飲み明かしていた。


「なんでアイツらいきなり……掌返し過ぎだろ」

「お兄さん、ちょっと飲み過ぎではないですか?」


 マスターのおじさんに苦言を呈されつつも、酒を飲む手を止めることはできない。だって、今まで一緒に頑張ってきた仲間達に一瞬で捨てられちゃったんだから、腐りたくもなるというものだ。


 イライザや仲間達とは、もう五年の付き合いだった。柄でもないことを言うなら、絆っていうのも芽生えてきてるんじゃないか、なんて考えたのは大甘で馬鹿な妄想だったというわけだ。


 がっくりとカウンターのテーブルに頭を沈めてしまう。


「追放が得意な俺が追放されちゃったんだ。なんて皮肉な話なんだろう。そう思わないか?」

「さあね。どういうことか、しがない私には理解できません。ただ、あのエレンって兄さんはやる人ですよ」


 ふと、俺はバーカウンターの冷たい感触から頭を上げる。


「あの魔法使い、そんなに腕がいいんだ?」

「ええ。以前別の大陸で一緒にダンジョンを攻略していた人が、ここの常連でね。なんでもありとあらゆる最上級魔法を使いこなすという噂です。経験は浅いようですが、百年に一度の逸材とか囁かれてるそうですよ」


 あの佇まいを見れば納得ができる。確かにアイツはできる奴だろう。だから、イライザは意気揚々と俺を捨てて将来有望、いや今既に有望な男を取ったっていうことか。


「酒が不味くなってきたな……」


 勇者様一向は今何階に到達しているのだろう、とか余計なことをまた考えていた時、酒場のドアが勢いよく開いて軽いブーツの足音がした。


「あれ? ねえ君、ルウラじゃない?」

「ん? あなたは……ンじゃないか」


 まさかこんな所で、昔の知り合いに再会するとは思ってもみなかった。


 恐らく世界一短くて発音し難い名前を持つ彼女は、イライザとは対照的な銀色の長髪、ちょっとクールな切長の瞳が印象的な女の子であり職業は勇者。何かと俺は勇者には縁があるみたい。でも、一緒に冒険をしたことはないけれど。


「久しぶりー。でもどうしちゃったの。昼間からそんなにお酒飲んじゃって」

「いやー。なんていうか、納得がいかない目にあっちゃったからさ」


 俺は隣にやってきたンに、ことの一部始終を話してみることにした。最初はうんうんと聞いていた勇者だったが、徐々に顔には怒りの色が。


「何それ。酷いじゃない。どうしていきなり追放なんてされちゃうかなー」

「役立たずではなかったと思う。でも、もっと華のある男が現れちゃったってことかもな」


 自分で説明していて、なんだか嫌な気持ちになってきた。


「ルウラだって、私の目からすれば華があると思うけどね。だって魔法使いだし! じゃあさ、一緒に登らない?」

「へ? 登るって、まさか」

「そう。アーガの塔だよ」


 さっき自分を追放した連中が登っているあの塔……アーガにはもう何度も挑んでいる。最高到達階は十三階で、もうちょっとで最上階までいけそうな感じではあった。

 しかし、あそこは生半可な気持ちで挑戦できるものじゃないし、ましてイライザに会っちゃったら本当に気まずくて堪らない。


「あなたのパーティメンバーと行けばいいんじゃないか。俺はもう少しここで、腐っていようと思うよ」

「えー。そんなぁ。ねえねえ、一緒に行こうよ。それと私、今フリーだよ」


 フリー、というのは誰ともパーティを組んでいない冒険者を指す言葉だ。ちょっとばかり俺は戸惑った。


「え? あのトップクラスのパーティでリーダーをしてたンが、フリーなのか?」

「あはは! フリーっていうか、今は長期休暇中なんだよね。バケーション代わりにこの島に来たんだけどさ、やっぱダンジョン登りたいじゃない?」

「わからん。休み中までダンジョン攻略って、もう完全に中毒じゃないか」

「私にとっては遊園地かな。ねえ、一緒に登ろうよ」

「悪いけど、そんな気分じゃないんだ今は」

「じゃあどんな気分なの?」

「いじけていたい気分」

「ええー。そんなのつまんないじゃん」


 その後も誘いを跳ね除け続けていた俺ではあったが、いつの間にか身支度を整え、もう一度アーガの塔に戻って来るまでに、そう時間はかからなかった。


 なんだかんだで、彼女に乗せられてしまったというわけだ。


 ◇


 ……というわけで、もう一度やってきました。トラウマ的展開から時間も空いてない状況で、俺は再度ンと一緒にアーガの塔を見上げてみる。


 高いなぁ。でも、きっとアイツら今日で最上階まで到達しちゃうんだろうな。まあいいか。俺達はちょこちょこ財宝を手に入れて帰ることにする予定だし。


「やっぱすっごいよねー。この塔。まだ誰も屋上にたどり着いた人がいないらしいじゃん」


 ほえー、と呑気な声を出す勇者。俺は少し……というかかなり不安になってきてる。


「いかに君が名うての勇者だと言っても、やっぱ二人で挑むのは無謀じゃないのか?」

「大丈夫大丈夫! いざとなったらパパーっと逃げちゃえばいいじゃん」

「それでも厳しいと思うけど」

「問題ないよ! 私はこれでも何でもこなせるタイプだし。じゃあ行ってみよー!」


 一人何役こなすつもりでいるんだろうか。能天気な相棒と一緒に、俺はアーガの塔へと足を踏み入れる。一階はほぼ何にもない開けたたった一つの部屋になっていて、真ん中にある階段を登ってからが勝負の始まりだ。


 長く段差が大きい階段を登り終えたところで、今度は迷路のように入り組む通路が登場した。ンが目を輝かせてキョロキョロしている。


「やっばー。二階に来た時点でこんなに複雑なんだぁ」

「ああ。おまけにあれだ。このダンジョンは入る度に構造が変わる。俺も初見だから、けっこう時間かかるぞ」

「え!? 何それ面白そう」

「能天気だなーまったく」


 グルグルと回るように迷路が組まれているのか、俺達は似たような道をひたすら歩き続けることになったものの、ある程度運が良かったのかさほど時間がかからず、登り階段のある大部屋を見つけた。

 ただ、二階から先の階段前には、必ず階層主と呼ばれる門番的な魔物がいる。今回もやっぱりいた。


「いよいよ始まるね。じゃあルウラ、援護宜しく!」

「あ、いいよ別に。これ多分、普通にやったら日が暮れるタイプだ」

「へ? どういうこと?」


 正面に陣取る巨大な亀のようなモンスターは、ほぼ攻撃してこない代わりに、剣も打撃も魔法もなかなか通らない厄介な相手だ。絶対に次の階に行かせないというよりも、冒険者達を大きく消耗させることが役目なのかもしれない。


 上級冒険者でさえ手こずる相手が、運次第では早い階層で表れてしまうという点も、このダンジョンが理不尽だと言われる理由の一つ。だからこそ、まともなやり方ではなく、それなりに楽な方法で対処したい。


 俺はこちらを見下ろしている亀に近寄り、懐から取り出した魔導書を広げる。魔導書全体が青く光り始め、俺はスキルを放つ準備を始める。

 今回はどうしようか。まあ、特に考え込む必要はないかもしれない。


「巨大な亀さん。君をこの島から追放する」


 言葉と同時に、亀の体全身を白い、朝日のような光が包んでいく。亀は何が起こっているのか理解できず、焦って体をばたつかせるけど、もう抵抗しても遅い。すぐに猛烈な速度で、奴の全身が塔の壁をすり抜けて遥か彼方へ飛んで行った。


「え、ええ! ルウラ、これがあの【追放】なの!?」

「ああ。これでどんな相手もノーリスクで回避できるんだ。でも、得られるものもないけどな」


 ンは目をパチパチさせていた。少ししてから、興奮したようにこちらに駆け寄り、


「すっごいじゃーん! ダンジョン攻略には最高だよ!」


 と言って肩をゆさゆさしてくる。


「そんなことないって。そういえばさっきの亀、なんて名前だったかな」


 追放した相手の名前も解っていないのだから、俺はイライザ達より普段酷いことをしている気がした。魔導書を捲り、一番最新の名前が書かれたページを開く。

 実は、追放された存在は魔導書に名前が載るようになっているんだ。


 =========

 ・ルウラ、イライザ、ローグ、ルルナがパーティの状態で、塔から追放した




 ・ルウラ、ンがパーティ時、島から追放した

 メガタートル

 =========



 メガタートルかぁ。なんか、そのまんまって感じだな。

 いや、ちょっと待て。なんかおかしいぞこれ。

 あ、あれ?


 俺は頭の中が真っ白になってしまう。


「あれ? え? え?」

「んー。どしたのルウラ」

「いや、リストから魔物の名前が……あ!」


 やっばいぞ! これってもしかして。俺は自分が大切なことを忘れてしまっていたことに気がついた。


「まずいぞ! ン! 塔を登るのを急ごう。このままじゃ大変なことが起こりそうだ」

「え? わ、解ったけど。どうしたの?」


 戸惑いつつも同行してくれる勇者と一緒に、俺は当初の予定よりもずっと急いで塔を駆け上がり始める。

 【追放】は一度決めたワードをルールとして発動しているスキルだが、その前提が崩れてしまうと効果が消え去り、どこかに追いやっていた存在が戻ってきてしまうケースがある。


 恐らく、この塔で俺が追放してきた魔物達は、みんな戻り始めているんじゃないか。だとしたらヤバイ。上の階層に行くほどに地獄と化すだろう。


 追放された恨みは確かにあるが、死なれてしまったら寝覚めが悪いどころじゃない。

 とにかくイライザ達を止めるべく、急いでダンジョンを駆け上ったんだ。

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