電話

 残業中の午後九時。

 楓はコンビニで会計を済ませていた。

 週末の夜、残っているのは会議資料を作る自分と新人の西野だけだ。

 エコバッグには飲み物二本とお菓子。西野には何も要らないと言われたが、先輩としてはそうもいかない。





 事務室に戻りドアを開ける。と同時に着信音が響き、こちらに背を向けた西野がスマホを手に取った。



「もしもし…うん、残業。今は俺一人だけど、すぐ戻ってくるから」



 どうやら気づかれていない。多少の罪悪感を感じつつ、楓はその場に留まった。




 無口で無愛想な西野は、今年の「ハズレ」と評されていた。

 他部署の新人は人好きのするイケメンらしく、同期の律子はよくそれを愚痴る。

 楓から見れば西野は丁寧に仕事をこなすし、顔もそこまで悪くないと思うのだが。




 通話相手は家族だろう。

 弱音の一つも言うかと思ったが、彼の口から出るのは相手を気遣う言葉ばかりだった。

 体調を案じ、受験生らしき弟も心配し、初ボーナスで何でも買ってやると戯けてみせる。

 社内での会話は殆ど単語だけの西野。そんな彼の声を、楓は初めてちゃんと聞いた気がした。



「とにかく俺に任せて。もう切るよ………え?」



 一瞬固まった西野が、あぁと声を上げる。



「今日か。マジで忘れてた。…でも俺、もうめでたい歳でも無いから」



 楓は少し考えて、再び廊下に出た。








 十分後。事務室に戻り、何事も無かったかのような顔の西野に袋を差し出す。



「誕生日おめでとう。コンビニスイーツで何だけど、お祝い」



 西野は驚いて楓を見上げ、すぐに原因に思い至り狼狽えた。



「もしかして、聞いてました?」

「ごめんなさい」

「…………」

「でも家族思いですごく偉いと思う」

「心配させたくないんです。父親が入院中で弟も受験だから、俺が何とかしないと」



 そこまで一気に話した西野は、我に返って項垂れた。



「なんて、自分の仕事も出来ないのに偉そうですよね」

「そんなことない。ちゃんと出来てるから自信持って」

「そう、ですか?」

「うん。それとさ、普段もこうやって皆と話そうよ」

「…俺、黙ってれば賢く見えるってよく言われるんで。同期がイケメンばっかだし、何か負けたくないんですよね」



 あの態度にはそんな意味があったのか。

 楓は思わず吹き出した。



「可愛い」



 西野の顔が一瞬で赤くなった。



「男に言う言葉じゃないですよ!」

「ごめん。でも本当、西野君は素の方がカッコいいよ」



 イケメンではなくとも、きちんと自分の仕事ができる。何よりとても優しい人だ。

 律子も本当の彼を知れば、今よりは愚痴が減るだろう。



 一方の西野は楓の言葉に更に赤面した。そんなに褒めたら勘違いしますよとモゴモゴ言って顔を上げれば、彼女は既にスイーツに夢中だ。



「これ、美味しそうでしょ?」

「…天然かよ」

「何か言った?」

「いえ。ありがたくいただきます」





 夜更けのささやかな誕生祝い。

 その時間は、二人の新たな関係を示すかのように、穏やかに流れていく。

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ありふれた小さな部屋 柏木 慎 @pata_mon

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