女子高生Yの場合
いすみ 静江
君の抱く 髪にも香る 百合の花
『君の抱く 髪にも香る 百合の花』
小柄な女子生徒と少し背丈のある私服の影が二つ吸い込まれた。
ここがたまり場で、いつもだべっている。
「百合香ちゃん、この句を国語で発表したの?」
「本当よ。近藤さんを思い出して……。嘘じゃないんだから!」
百合香は、あざとかわいい。
女子高のブレザーにだぼだぼのセーター。
そこから、ちょこんと指を出し、頬を隠す。
「ねえ、今だけでも聖さんと呼んでもいい?」
百合香が楽しみに取って置いたプリンを近藤にさらわれる。
ちいさな悲鳴が聞こえたかと思うと、小悪魔な笑いに変わった。
「まだ、駄目だよ。私だって、専門学校があるんだから」
時間を忘れる程、話し込んでいた。
近藤はテーマパークが好きなので、よく盛り上がる。
百合香がジェットコースターで、「ごめんなさい」と叫んだこととか。
いつもの七時少し前になる。
「そろそろ、アルバイトなんだ」
「か、帰っちゃうの?」
「一人で我慢できるの? 可愛い百合香ちゃん」
長い髪を近藤にくしゃりとされる。
百合香と近藤は、手を繋いで店を出た。
「持つよ」
近藤に促されて、百合香はデザインのバッグを持って貰った。
新宿は、蜘蛛のように路線がある。
各線を横断する通路でも手を離さなかった。
「
「百合香ちゃん、我儘はよしなよ」
ホームに滑り込んだヤマノテラインに、二人が乗り込む。
機械的なアナウンスで発車した。
「何駅もないものね」
百合香は、
溜め息だと悟られたくないのが、近藤にも伝わった。
「数駅あるだろう」
さっきまで沢山話していたのに、百合香は、寡黙になってしまった。
視線を近藤に向けたり、逸らしたり、かなり忙しい。
案内板が、ネクストステーションは
「百合香ちゃん、忘れ物」
百合香は、水張りしてあるデザインのバッグを返される。
「いつも持ってくれてありがとう」
近藤は
そのホームまでも手を離さない。
けれども、薄闇にしっとりと沈んだ影は、ホームで別れるときとなった。
「お別れに、おいで。百合香ちゃん」
百合香は、静かに近藤の前に立った。
近藤は、長い髪をぎゅっとっ抱き寄せる。
長く細い首が、百合香の首と交差した。
百合の花が香る中、線路が眩しく目に映る。
「あ……。聖さん」
埼京線に近藤聖が飛び乗る。
閉まる間際に、小さく手を振った。
「私、卒業して直ぐに結婚するんだ。だから、近藤でもないし」
「聖さん……! どうして、黙っていたの?」
近藤は、違和感を覚えた。
「ファーストネームは、夫のものだから。封印してくれない?」
何だか空気が気まずい。
百合香は、肝を冷やした。
汗まで掻きだして、十二ミリある睫毛にも宿った程だ。
「ごめんなさい。謝るから、またお会いしたいな」
埼京線が発車する音楽が鳴り響く。
「さようなら、百合香ちゃん」
「ごめんなさい。ごめんなさい――!」
◇◇◇
その後、連絡を付けられたのは、二十年後だった。
近藤の実家に問い合わせて、新しい姓、
「おお、お久し振りです。百合香でございます」
「百合香ちゃんか。ふんふん、結婚していたんだね。うちは、子ども三人だよ」
「私達は、まだちょっと恵まれていなくて」
「じゃあ」
受話器が置かれ、通話は三分二十秒で終わる。
百合香は、顔を覆って泣いた。
夫の
失恋したとき、切ったままの髪。
もう百合の香りもしない。
「マイペースで行こう。百合香は何気にО型だろうよ」
「О型、結構! さあ、気を取り直すからね。慰めてくれて、ありがとう」
百合香の方から、魁人にキスをする。
首ったけだ。
「ずっと愛してくれなくちゃやだからね、魁人」
『君の抱く 髪にも香る 百合の花』
百合香のしこりとなった、
ときが過ぎて行くこと。
愛する人ができること。
百合の花が香るように。
青春が過ぎ去って行く。
――私の青春は、彼女に捧げた幻影。
Fin.
女子高生Yの場合 いすみ 静江 @uhi_cna
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