おひとりさま

@ns_ky_20151225

おひとりさま

 厄介なことになったな、と俺は流しっぱなしにしているニュースを見てつぶやいた。

「なんです?」と学校を出たばかりの若い俺がとなりから聞いてくる。

「戦争はじまった。ヨーロッパ同盟と北アフリカ連合」爆発の画面を指さす。

「ああ、でしょうね」あきらめのまじった口調だった。

「あっちの俺は血の気が多いな」

「そりゃ、俺だし。俺らはキレるとこありますよね。大なり小なり」

「でも、ヨーロッパとアフリカの俺らは別だよ。なんであんなに感情的なんだよ」

「環境でしょ。遺伝ばかりじゃ決まらないのはわかりきってたし」

 俺はとなりの俺を見る。ここ日本の俺らは始祖に一番近いといわれている。たぶんそいつは日本人だったんじゃないかと思う。

 画面ではスペインとイタリアの港町が炎に包まれていた。俺たちが逃げまどうなかを戦闘車両が追撃している。銃座には俺。そして報道の腕章をつけてかがんだ姿勢でかけぬけながら俺が大声で現状を伝えている。

 ため息をついて俺たちは仕事にもどった。戦争はつらいが、目の前の任務も大事だ。俺たちをつぎの段階に押しあげるためにキーを打ち、画面に指をすべらせ、音声コマンドをつぶやく。アジア共同体は始祖を生み出した地域にふさわしく、俺たちを肉体の檻から解放する。そうすればあんな悲惨な戦争はなくなるはずだ。無限の資源など存在しないが、メモリ空間はほぼそれに近い。物質的制約は大幅に小さくなり、現実的に入手可能な資源でも数京人の俺たちを養えるだろう。と、いう建前だった。俺は信じちゃいない。

「オリジナルってなに考えてたんでしょうね」

 遺伝情報を0と1に変換するプログラムを書きながら言う。となりの俺は始祖をオリジナルという。そのくらいの考え方のちがいはある。

「いまとなっては分からんな」俺は気のない返事をした。

 始祖はなにかを語る前にリンチを加えられ、文字通り八つ裂きにされた。記録も激情にかられた人々によって研究所兼自宅ごと燃やしつくされた。

「キレると損しかしないのに」

「そうだな。もう逆回しは不可能。もとの世界にはもどせない」

 始祖はすべての人類を俺化するウィルスを作った。生殖にかかわる細胞に作用し、次世代をすべて俺にしてしまう。性染色体は例外で、女俺も生まれた。努力はなされたが、完全に防ぐことは不可能で、人々はあっという間に俺や女俺を生んだ。

 遺伝的な多様性が失われると害が出始めたが、手を付けられなかった性染色体がわずかな差異を残したため完全な同一化とはなっていないので、たとえば単一の病害による絶滅といった極端な問題は避けられそうだった。

 でも、世界は俺だらけ。俺だって女俺と結婚しているし、俺の縮小版みたいな子供もできた。

 人間は遺伝のみではなく環境の影響もうけるから、全俺がおなじ思考の道筋はたどらない。現にもめごとが戦争に発展している。だが、それは個性といえるだろうか。

 それに以前の人類が残した問題はそのまま残っている。画面の中の戦争の原因になったのも経済格差が原因だった。飢えて死ぬかもしれないのに話し合いなどと悠長なことはいっていられない。奪って腹を満たすのだ。

 だから俺たちは肉体を捨てる。遺伝情報を解釈し、メモリ空間に再構成して活動可能なものに変換する。もちろん環境も同時にそうする。すべてを電気信号に置き換える大計画がはじまり、俺らも末端を担っている。

「でも、墓あばきはしない。矛盾してないですか」計画について思っていることを話すととなりの俺が冷めたように返してきた。

「それ、あんまり大声でいうなよ。にらまれるぞ」

「わかってますよ。でも」

「そうだな。遺伝情報を解釈できるなら、俺になる前のヒトのも収集すればいいのに。それこそ墓あばきしてでも」

 けれどなぜか共同体のお偉いさん方はそうしない。俺以外の遺伝情報の解釈はこの計画には含まれないし、そうした試みは重罪で、監視は厳しかった。それ用の部隊が軍に作られたほどだ。

 なにを考えているのだろう。いまこそ始祖の過ちを修正できるチャンスなのに。

「だけど、どの俺もほんとうは賛成なんでしょ。俺たちだけが信号になるってのには」

「反対運動はもりあがらない。たしかにそうかもな。理屈ではもとにもどせるってわかってても、俺たちは俺だけの世界を作りたいんだ。電子の世界でも」

「俺ってそんなに自分が大事なんでしょうかね」

「みんなそうさ。超能力でもあって人の心が読めたら別かもしれないが、人同士に壁があるからには実際に存在しているのは俺だけって解釈もできる」

「まさか……」

「それ以上はいうな。この計画は数京人の俺たちを養うためじゃない。最終的には俺一人だ。信号として生きるのは」

「なるほど。それなら戦争も起こらない。あらゆる差別や格差もなくなる。理想社会の実現ですか」

「『社会』じゃないけどな。たった一人になった俺はなにするのかね」

「『光あれ』とかいうんじゃないですか」

 画面では爆発で吹き飛ばされる俺に画像処理が施されていた。


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