其の七、花ひらく
絶句した僕の隣には、当然よ、という、すまし顔をした妻がいた。
でも僕はどぎまぎしてしまう。
なんで?
と……。
彼らの恩人が一様に謎の大川比呂であったからこそインタビューは中断された。それでも面白い画が撮れると判断したのか、TV中継は続けられる。その間中、彼らは雑談形式で大川比呂の話題で盛り上がっていた。僕は、呆然と画面を見つめ続けた。
作家の彼女が言う。
大川比呂さんはライバルになってくれたんです。
私が作家を目指した当初、ライバルとして一緒に切磋琢磨してくれました。そして自分に自信を持てた頃、彼は、私の前から消えた。そうなんです。私が作家として生きていく決心ができるまで一緒にいてくれたんです。彼が、いなかったら……。
カクカクでウニョウニョは歯を魅せてから笑う。
ヌハハ。
まあ、俺も似たようなもんだ。
俺が、お笑い芸人を目指したのはオドオドした弱気な性格を治したいからだった。
で、芸人になったばっかりの頃、周りで、やつが一番、笑いをとっていた。だから負けたくない一心で頑張ったってわけ。で、オドオドが治り、芸人としての自信ができてきたら奴は消えやがった。本当は奴とコンビを組めば良かったんだがな。
コンビを組むと、やつと勝負ができないなんて意固地になってよ。
今、考えるとアホな事したな、とか思っとるわ。
などと言いだした。
もちろん、元歌姫も天才経営者も同じ理由でさ。
自分達は大川比呂によって才能が花ひらいたんだと力説したんだ。
そこで、ようやく分かった。アホな僕でも、やっと気づいたんだ。
僕の珍しい才能とは……、他人の才能を花ひらかせる事ができる才能だったんだ。
と……。
フフフ。
僕の隣で、当然だわ、などといった含みを持つ笑みを浮かべる妻。
あたしも貴方に出会って幸せになったんだから。
そして、その後もTVの中の彼らは大川比呂こと、僕の話題で盛り上がって、いつまでも終わる事のない思い出話に花を咲かせていた。もちろん、僕は、恥ずかしすぎて、もはやTVを直視する事ができなかった。妻が僕の右手をぎゅっと握る。
温かい手で力強く、ぎゅっと。
今度よ。大川比呂を呼んでさ。感謝祭やろうぜ。
感謝祭。
とカクカクでウニョウニョが、皆へと提案する。
いいね。
と間髪入れず、皆、一様に笑ってから肯定する。
僕は、僕は、僕は、もう、なにも言えなくてさ。
ただ一つだけこうつぶやいた。
僕は幸せものだ、……ってさ。
隣にいる妻が、また温かい手で強く、ぎゅっと右手を握ってきた。
そして、微笑みかけてくれる。
当然よ。
あたしも、あなたに花ひらかせられたんだから。
なんの才能かは言わない。あなた自身が一番知ってるだろうから。
フフフ。
やっぱり僕はとんでもないほどの幸せものだよ。
本当にそう思う。心の底から。
お終い。
花ひらかせたい 星埜銀杏 @iyo_hoshino
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます