其の六、恩人は?

 ……彼らが、一斉にうなづく。


 誰も、言葉を発せず、静かに。


 では、お伺いしたいのですが、貴方方の恩人を教えて頂けますか?


 僕と作家を目指した彼女にマイクが向けられる。


 コホン。


 と咳払いをしたあとに続ける。


 大川さんと申しまして、ただ、この場で、知っている方は、いないと思いますが。


 彼に公募サイトの存在を教えてもらったんです。


 そのサイトを知らなければ今の私はありません。


 と、そこで矢継ぎ早にカクカクでウニョウニョが大声で口を挟む。


 まだマイクを向けられていないにも拘わらずだ。


 奇遇だな。俺の恩人も大川って言うんだ。もしかしたら同一人物?


 だったらそれこそ笑えるよな。


 お笑いのネタになる案件だわ。


 てか、その大川がさ。俺を見て、お笑いをする為に生まれてきた男なんて、おだてやがってよ。それどころか才能を見たなんて言いだしやがって、その言葉に乗せられたのが俺だ。そして、今、ここにいる。……と、しゃべり倒す元挙動不審男。


 いや、今も動きだけは健在で挙動不審だけどさ。


 作家の彼女が微笑んで応える。


 もしかして下の名は比呂さんじゃないですよね?


 そこで、


 引退した元歌姫が、言い放つ。


 もはや順番を待っていられなくなったんだろう。


 てか、それ、あたしも、あたしも。あたしの恩人も大川比呂だよ。


 カクカクでウニョウニョがウニョウニョでカクカクになって言う。


 マジか。


 それこそ漫才のネタだろうが。


 アハハ。


 などと言ってから、腹を抱えて、笑い出す始末。


 じっと成り行きを見守り、黙っていた会社を一緒に興した相棒。僕らの会社を世界的企業に育てた彼の目が細くなる。スタジオの天井を見つめて、ふっと息を吐き出す。なにかを考えたあと静かに目をみひらいてから、ゆっくりと口も開く。


 君らの話、それは本当なのか?


 TVだからといって、リップサービスをしてるんじゃないのかね?


 そちらの方は芸人さんだしね。


 経営者の相棒以外の彼らが口を揃え強く応える。


 いやいや、本当の話だってと。


 顔の前で手を立てて振りつつ。


 経営者の相棒は苦笑いで言う。


 そうか。


 奇遇だな。俺の恩人もまた大川比呂というんだ。とても興味深い。


 と、ここまで聞いていた僕は絶句してしまって。もちろん彼らの全員が口を揃えて僕を恩人なんだと言いだしたからだ。僕は、彼らに、なにもした覚えはない。それどころか彼らがいた事で人生を愉しませてもらったとさえ感じていたのに、だ。

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