第2話

 入学式は、新入生在校生、教師達が参加する。そこに、保護者はいない。

 代わりに、魔晶石が各所に設置されていて、保護者は各々の場所で観覧できるようになっている。


 この学校では、クラス分けという明確なものはないため、入学式での席も学年毎でエリアが決められているものの、各自の席というのは決められてはいない。

 各学年とも、だいたいは登校した順に着席している。


 各同盟国の王侯貴族子息子女が集結して学ぶ学園の入学式に、新入生はもちろん。その場に出席する在校生教職員が、緊張した面持ちで、式の開始を待つ。


 かくいうわたしも、周囲に習って席についるけど、内心ドキドキしている。


 前述の通り、保護者はこの場にいなくても、どこかで見ているのだ。


 家の者が見ているだけでも緊張するのに、保護者未出席で、誰が見ているか分からない状況が、通常の式よりも緊張を増幅させる要因になっている。


 さらに、自由席で入学式に参加って、初めてのことだから、尚更だ。

 決められた席に座れるほうが気持ちが楽だったとは、思わなかった。



 

 ちなみに、私が座るのは中間辺りだ。

 ゲームでは、この入学式がプロローグの一部で、ヒロインが初めて王道ルート、王太子を認識していた。


 乙女ゲームらしく、ヒロインの顔はプレイヤーが好きに想像できるように、明確な表現はなかった。けれど、兄のルートで兄が「妹を思わせる同じ色の髪だ」と言っていたことから、おそらく髪の色は、ストロベリーブロンド。だと思う。


 でも、まだそれらしい人物はいない。


 たしか、プロローグの一部で、式の前に攻略対象の一人を認識する出来事が起こっていたはず。

 それで、ヒロインは慌てて会場の席に座って……


「ふぁ〜、間に合った〜」

 深く息を吐きながら、隣に女生徒が座った。


 隣を見れば、清楚系の乙女が目に入る。

 目の色が、わたしと同じだった。


 女生徒は、ガサゴソと何かを探しながら、なにやらつぶやいていたかと思うと、ふいに私の方に顔を向けた。


「あっ‼︎ ごめんなさい。うるさかったですよね」

「ううん」

と、答えてみれば、女生徒は「わぁ……」と頭から湯気が出てきそうなほど顔を赤らめて、ぺこりとお辞儀をする。

「わたし、アリス=アンダーソンといいます。こんなに立派な建物で、勉強する日がくるなんて夢みたいで」

彼女の名乗りにより、彼女の家名から、彼女がヒロインだと知った。


 女の子の可愛いが詰まった女の子。

 現実で会ったヒロインの第一印象は、そんな感じだった。


「それに、みなさんとってもキレイな方達ばかりで。なんだか、本当にわたしがここに良いのかなって」

ヒロインらしい微笑を浮かべながら、アリスは居心地が悪そうだ。


「ごめんなさい。こんな話しちゃって」

「ううん」

わたしが首を振れば、アリスは嬉しそうにまた口を開く。


「良かったぁ。初めて話したのが、とても素敵な方で」

「ぜひ、お名前を教えてもらってもいいですか?」


 え?

 初めて話したの、わたしなの?


 出会いイベント、なかったの?


「セラフィーヌです。よろしくね、アリスさん」

 内心、色々と思うことがあったけど、それらすべてを飲み込んで、よろしくとだけ言った。



 そこから、アリスの話が始まった。

 アリスの話は、ゲームでの設定と似ていた。


 アリスの家は元々商家だったが、祖父の代で功績が認められ、子爵家の身分になったらしい。さらに、最近魔力に目覚めたため、親戚筋の伯爵家に引き取られたそうだ。

 

 学園では、身分など関係なく生徒は皆平等だと謳っているが、学園卒業後はそう言うわけにはいかない。


 才能があっても、それを活かすためには相応の身分か後ろ盾が必要だ。でなければ、悪意に潰されてしまう可能性が高くなる。


 アリスの親も、アリスの将来を考えての決断だったのだろう。


 それはそうと、この状況。


 話を聞いてあげたい。でも、と言葉が返せない。

「えーっと……」


「ごめんなさい。わたしったら、自分ばっかり」

「大丈夫よ。ただ、そろそろ式が始まりそうだから、よければ寮に戻った後で、お話しましょう」

そう、アリスに耳打ちしてみる。


「はい。ありがとうございます」

「でも、不思議ですね。わたし、普段こんな話しないのに。セラフィーヌ様と話してると、なぜか全部聞いてもらいたくなっちゃいます」

「そう?」

わたしが聞けば、顔を赤らめながら、コクコクと首を縦に振った。


「なので、続きを絶対聞いてくださいね。約束ですよ」

「ええ。やくそく」



『……新入生代表』

 


 ついに、この時が来た。

 壇上に、キラキラ王子様といった風貌の生徒が立つ。


 攻略対象の一人、レイ=サファイア。キング・サファイア国の王太子。


 さすがと言うべきか。

 彼が壇上に立ち、声を発した瞬間。周囲の生徒達の視線が彼に集中する。その中で、多くの女性から、甘酸っぱいため息がもれた。


 一方で私はと言うと、初めてヒロインが彼を認識する瞬間に、心が躍る。


 チラッ。


 ゲームでは、アリス視点で王太子の背景がキラキラ輝いていたので、現実のアリスも王太子に惹かれるかも知れない。


 と、思ってたんだけど、


 あれ???


 アリスの表情に変化はない。


『……このような年に、歴史ある学舎に入学できた事、私たち一同うれしく思う。我々はこれから身分を取り払い、この学園の一生徒とし、先生方や先輩方の……』

 

 レイの挨拶中も、アリスがときめいている様子はなく、表情からはこれからの学園生活に胸を躍らせる生徒であることしか読み取るはない。


 その時、壇上のレイとアリスの視線が重なったように見えた。


 レイは、アリスの方に視線をおくり頬を少し染めたように見える。

 アリスも、レイに向けてお辞儀したふうに見えた。


 これが、アリスとレイの出会い……


 ドキンッ、と心臓が高鳴る。

 原作と少し違うが、2人が互いを認識しているのは分かった。


 この先のことを考えると、当事者ではないのに、なぜかドキドキときめきに似た感情が湧いてきた。

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乙女ゲームの世界に転生しました。ゲームの世界も現実です 月花たぬき @ana

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