最終話『ステラと結婚しました』
結論から言おう。俺はポークルの里を救った。狂王にバックラーを斬り裂かれ、メイスも壊れて使いものにならなかった。だから敵は殴った、拳で。
異形化し魔獣と化した教信者を力の限りに、殴り、殴り、殴り、たまに蹴り、そして殴り、殴り、――そして勝利した。アンバサの道に敗北はい。
(うむ。さすが信仰戦士。武器がなくても強い)
この世界にはまだ拳で戦う職業は存在しない、だが、生前のRPGゲームでは信仰系の派生職業として『モンク』があった。回復魔法と素手攻撃を得意とするファイターだ。
このまま司教の道を極めれば、いずれモンクのように素手でファイヤードラゴンやグレーターデーモンとかと戦えるようになる日もくるかもしれない。……まだ、夢のまた夢だが。
素手で戦う職業ならニンジャがあるって? いやアイツらの手刀はほとんど武器みたいなものだから例外だ。あれは、もはや兵器だ。
「ふむ。怪我人がでなかったのは、本当によかった」
怪我人もいたが念のために1回残していた全体回復魔法〈マヒーラス〉を唱えたら、ポークルの里の全員が完全回復した。病床に伏し死を待つだけのものたちですら復活した。
「うむ。健康と睡眠はなによりも大事だ」
そういえば、ポークルの里の燃え盛る炎のなかに飛び込んで子どもたちを救助したんだったな。まあジャヴァウォックのブレスの中を歩み進んだことと比較すれば、ほとんどそよ風のような物だった。
あのとき子供になつかれたようでたまに果物をもらっている。とてもおいしい。
「そんな感じでポークルの里は無事だ」
俺はといえば、ポークルの里にとどまり、復興支援のボランティアなんかをしている。寝泊まりはステラのご両親の家の一室にお邪魔をしている。
ポークルの里が燃えてしまったので復興のために、木をへし折って家を作ったり、岩を素手で叩き道なき道を作ったり、穢れを蓄積しすぎた聖木がイビルツリーに成りかけていたので、ピュアリファイで浄化したりと、そんな平和な日々が続いていた。
強いて、危機的な状況と言うならば、弱体化したポークルの里を襲おうとしていた卑劣なダークエルフの群れが現れたことだ。
ダークエルフは人さらいの外道。平気で拷問とかもする常識のない犯罪者だ。徹底的に片っ端からボコボコに殴り飛ばしアジトを破壊した。倒したダークエルフはギルドの人間が回収していったから、問題ないだろう。
あとは、突如発生した魔獣の群れの暴走、スタンピードを阻止した。阻止したというよりも、突撃してきたので、片っ端から蹴散らしたのだが。
念のためにディスペルを放ち、ピュアリファイで大地も浄化した。巣穴も徹底的に破壊した。他にも危険な魔獣の巣をみつけたのでついでに壊滅させた。
……まあ、平和な里だ。ちょっとしたいざこざはあったが、たいした問題ではなかった。ほぼ、平和な日々が続いたと言っても過言ではないだろう。
「メイスがあればもっと手早く対応できた。それだけが、残念だ」
俺のような人間ができることはほんのわずかなことだ。ちょっとしたボランティア。だが、それで良い。千里の道も一歩からだ。
信仰の道に生きる司教は、たとえ自分の力で世界を変えることができなくても、決して困っている人たちを見捨てるようなことはしないのだから。
◇ ◇ ◇
ステラのご両親は、とても気さくな方たちだ。ただ、……最近はステラのお父上にこっそり呼びだされることが増えた。一度は、剣とメイスでの決闘みたいなことを挑まれたこともあった。
まあ、ポークル流のおもてなしなのだろう。かなりの業物の剣だったが、ステラが修理した俺のメイスを使えば負けるはずがなかった。
今日は、ステラのお父上から最終試練ということで、森に呼び出された。今日はどんなポークル流の遊びを教えてくれるのかと、ひそかな楽しみになっている。
「アッシュくん。ポークルの里の男は、好きな相手と結ばれるためには試練を乗り越えなければならないんだ。君にはその覚悟はあるかい?」
「はい。試練ですか、面白そうですね」
「ではアッシュ君。……まずはあの巨木を素手で砕くのが最初の試練だ」
「わかりました」
見たこともないほどの巨木だ。前世にテレビでみた屋久杉とかいうのが近いかもしれない。これを拳で砕けっていうのだから。なかなかおもしろい風習だ。
「ふんっ!」
俺は拳に力を込め、一直線に正拳突きを叩き込む。巨木はメキメキと音をたて、へし折れる。
「あわわわわ……ッ!?……ッ!?……神聖な巨木が、折れた?!」
ステラのお父上は腰が悪いのか、尻もちをついて口をパクパクさせている。折ったらまずかったのかな? なら治癒しとくか。
「失礼。この偉大な巨木はちゃんと復元します。〈ヒール〉」
俺がへし折った部位から新しい木が生えていく。もともと生命力の強い木だったのだろう。神聖な巨木は輝かんばかりに生き生きとしている。巨木の枝のあちらこちらから赤い果物が落ちてきた。感謝のしるしということだろうか。
「……ま、まあ。……うん。じゃぁ、次の試練だね。あの的に矢を当てて欲しい」
「弓矢は使えないので、投石でもいいですか?」
「ああ。まあ、いいんじゃないかな? でも、投石じゃ届かないと思うよ?」
「ふむ。そうですかね?」
石を掴み投げる。……しまった的を破壊してしまった。だが、……その後ろに隠れ潜んでいたオークキングを屠ることができたので、良しとしよう。
「失礼しました。的を壊してしまいました。のちほど、弁償します」
「……。ああ。……的ね……だいじょーぶだいじょーぶ。問題ないよ!」
「? そうですか」
ステラのお父さんは覚悟を決めたようだ。意を決したように口を開く。
「君は、ステラのことをどう思っているんだ?」
「大切でかけがえのない仲間です」
「……それは数ある大切な者の1つという意味かな?」
「いいえ。1番大切な存在。そういう意味です」
「1番……大切」
伝わりにくい言葉だったのだろうか? より伝わる言葉で説明しよう。
「訂正します。ステラは世界で一番好きな女性です。具体的には思いやりのある優しい性格、綺麗な歌声、愛くるしい表情、ちょっと照れ屋なところ、一生懸命頑張るところ、手先が器用なところ、優しいところ、一緒に買物をしてくれるところ、一緒に迷宮に行ってくれるところ、そしてかわいいところ。そして、とてもかわいいところ。全てが好きなところで、かわいい。以上の理由で、世界一と思っているのですが、伝わりましたでしょうか?」
「 」
「ふむ……大丈夫でしょうか? アゴが外れているようです〈マヒール〉」
「あっ、……アッシュ君。どうも、ありがとう。そっ、それよりも……それはつまり……ステラと、娘と一生、共に居たい。そういうことなんだね?!」
「無論です。死がふたりを分かつまで一緒に居たい。そういうことです」
迷宮の冒険は常に死と隣りあわせだ。……だが、その日がくるまでは決してステラと離れたいとは思わない。
「ママ……アッシュ君の覚悟は本気だ。あとは……娘の気持ち次第だ」
「本当に。いまどきこんなに情熱的な男性めずらしいですね」
「だが。人族とポークル、異なる種族。このさきの人生に難しいこともあるかもしれない。その覚悟はあるのか?」
ふむ? 特に難しいことはなかったが。
「はい。むしろ、とても快適で簡単であり問題はありません。仮に、立ちはだかるような壁が現れたら、……その時はこのメイスで破壊して突き進むだけです」
「……君のような男にみそめられたステラは幸せなのかもしれないね」
「お父さん。……はなみず出ていますよ。みっともないです」
そんな話をしていたると、どこからか白い衣装を身にまとったステラが現れる。いままでの話を聞いていたのか、目から涙をこぼしている。
「ステラ……その姿。……美しい」
まるで天使のようなその姿。
「アッシュ……これからも。ずっと一緒だね」
「言うまでもない。無論、一緒だ」
俺はステラの前に歩み寄り指輪をはめる。
「……この指輪は?」
「覚えているか? 俺たちが迷宮1階層で最初に手に入れたドロップアイテムだ」
「……えへへっ。もちろん覚えているよっ!」
ステラの頬に涙が伝う。……俺が安物の指輪をプレゼントしたからではない。――なぜならこの指輪はボッタクリ商店で50万Gかけて作り直してもらった超高級品だからだ。
クイジナートの剣や盗賊の短刀を10本は買えるほどの超高額。指輪の真ん中にはキラキラと光る宝石がはまっている。ダンジョンコアの欠片を使った世界で一番美しい輝きを放つ宝石。
値段が付けられないほどの代物。サキュバスのコネで入手した。貯金はなくなったが問題はない。なくなったらまた稼ぐだけだ。
「それじゃステラ。指輪、はめるぞ」
「うん……。おねがいっ」
俺は指輪ステラの左手の薬指にはめる。
「アッシュさん。ステラにちゅーしてあげて」
「……娘が。あぁ……大切な娘が……」
俺はステラを抱きよせ、そのひたいに軽く唇を触れる。
「これからもよろしくな、ステラ」
「うん。アッシュもよろしくねっ」
気がついたら俺たちの周りはポークルの里の村人たちだらけになっていた。どうやら、一部始終見られていたようだ。やれやれ。
……そのあとは、お祭りと歌が好きなポークルたちだ。おいしい物を食べて、歌って、踊って……俺の人生で一番たのしい時間をすごすのであった。
《第1章:おしまい》
【ご報告】
ダンジョン物の新連載開始致しました。本作の20年後くらいをイメージして作っている作品です。もしよろしければお願いいたします!
オートモードで寝ながらダンジョン攻略しちゃいます
https://kakuyomu.jp/works/16816700428614687743/episodes/16816700428614689663
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます