第45話『ポークルの里を救え』
「むむ……狂王。あやつは、最悪の置き土産をしていったようですぞ……」
ヴァンパイアロードが、青ざめた表情で、空間に投影された一つの映像を指さした。
「置き土産とは、なんだ?」
ヴァンパイアロードは語る。
狂王が、狂信者に与えていたという黄のメダル。
あのメダルには、持ち主を強制的に殺戮魔獣へと変異させる、凶悪な呪いがかけられていたようだ。
狂王自身は、自らが死ぬことなど想定していなかったのだろう。
この異形化は、司令塔を失ったことによる、呪いの暴走事故のようなものらしい。
「邪教徒が潜んでいるのは、ここだけではないということか?」
「ですな。……邪教徒は、小さな村にも一般人を装い……」
戦力の乏しい地方の村や里であれば、数名の邪教徒を潜ませておくだけで、容易に壊滅させることができるだろう。
「むぅ……迷宮都市の状況が気になるな。確認できるか?」
「では、空間投影の魔法を。《グレーター・デュマピック》」
ヴァンパイアロードが、空間に無数の映像を映し出す。エルフの森、ドワーフの洞窟、ノームの鉱山……そして、ステラの故郷、ポークルの里。
迷宮都市は、ギルドマスターと老魔術師、そして腕利きの冒険者たちの活躍により、どうやら持ち堪えているようだ。
他の村や里でも、ヴァンパイアロードがかつて故郷に送り返したという強者たちが、それぞれの場所で奮戦している。
長大な弓矢で木から木へと飛び移りながら、邪教徒を射抜くハイヤーエルフの女。
音もなく邪教徒のアジトに忍び込み、一人、また一人と暗器で屠るノームのニンジャ。
巨大な戦鎚を振り回し、異形化した邪教徒を薙ぎ払う筋骨隆々のドワーフの男。
そして、伝説の鍛冶師クイジナートが鋳造した銘刀――フードプロセッサーのような恐るべき切れ味の剣で無双する、ござるマンの姿もあった。……あいつサムライじゃなくて戦士だったのかよ……ゴザル詐欺だ。
(だが、ポークルの里は……分が悪そうだ)
ポークルの青年が、短刀を片手に必死で邪教徒と戦っている。だが、多勢に無勢。数の暴力に、じわじわと圧し潰されかけていた。
(……これは、……まずいな)
「ヴァンパイアロードよ。俺をポークルの里に、転移させることは可能か?」
「……アッシュ? ポークルの里に救援に行くのは、私1人でも大丈夫だよっ」
ステラが、心配そうに俺の顔を覗き込む。
「いや、……ポークルの里は、負傷者が多い。俺の回復魔法が必要になるだろう」
ポークルの里は、ステラの故郷だ。……この危機を、みすみす見過ごすことなど、できるはずがない。
「師の力を借りずに、我が単独で、ですか……。正直、賭けになりますぞ」
「うむ。構わない」
「我が失敗すれば、我らは石の中に埋まって……命を落とす危険な賭けですぞ……?」
「それで問題ない。俺は司教であると同時に、冒険者だ」
冒険者とは、時に危険を冒す勇気を持つ者を指す。
映像の中では、ポークルの里が燃えている。負傷者も増えている。
ここで手をこまねいていれば、事態は悪化するばかりだ。立ち止まっていたら、救うことができる命すら、救えなくなってしまう。
人々の窮地に立ち上がれない者など、もはや冒険者ではない。ここで逃げたら、クソッタレだ。そして、俺はクソッタレではない。司教だ。
「魔力を貸しましょう」
「手伝うにゃ」
「里を救ったら、必ず戻って来いヨッ」
ともに戦った仲間たちが、ヴァンパイアロードの背中に手を置き、自らの魔力を注ぎ込んでいく。
「……これなら、いけますぞ!――開け、次元の門よ!《グレーター・マロール》!」
空間に、巨大な亀裂が生じる。
……その先には、赤々と燃え盛るポークルの里が見えた。次元の亀裂は、急速に縮小を始めている。
どうやら、別れの言葉を残す時間もなさそうだ。だから、一言だけ。
「うむ。では、行ってくる」
別れの言葉は、短くて良い。今生の別れでは、ないのだから。
「「「「いってらっしゃい」 」 」 」
* * *
俺は、転移の門をくぐる。俺の隣には、ポークルの少女ステラ。
お互いの手を、強く握りしめ……俺たちは、燃え盛る故郷へと、その身を投じた。
* * *
結論から言おう。
俺は、ポークルの里を救った。狂王との戦いで、バックラーは砕け散り、メイスも壊れて使いものにならなくなっていた。
だから、敵は殴った。拳で。
異形化し、魔獣と化した邪教徒を、力の限りに、殴り、殴り、殴り、たまに蹴り、そしてまた殴り、殴り、――そして、勝利した。アンバサの道に、敗北はない。
うむ。さすがは信仰戦士。武器がなくとも、十分に強い)この世界には、まだ素手で戦う職業は存在しない。
だが、前世のRPGゲームでは、信仰系の派生職業として『モンク』というクラスがあった。回復魔法と、鍛え上げた素手での攻撃を得意とする、聖なる戦士だ。
このまま司教の道を極めれば、いずれモンクのように、素手でファイヤードラゴンやグレーターデーモンと渡り合える日が来るかもしれない。……まあ、まだ夢のまた夢だが。
「ふむ。死人が出なかったのは、本当によかった」
怪我人も大勢いたが、念のために1回分だけ残しておいた
この襲撃とは何ら関係なく病床に伏し、死を待つだけだった老人たちですら、若さを取り戻したかのように元気になった。
「うむ。健康と睡眠は、何よりも大事だ」
そういえば、ポークルの里の燃え盛る炎の中に飛び込んで、子供たちを救助したんだったな。
まあ、ジャヴァウォックのブレスの中を歩み進んだことに比べれば、ほとんどそよ風のようなものだった。
あの時助けた子供たちに、やけになつかれたようで、今でもたまに森で採れた果物をもらっている。とても、おいしい。
そんな感じで、ポークルの里は無事だ。俺はと言えば、ポークルの里にしばらくとどまり、復興支援のボランティアなんかをしている。寝泊まりは、ステラのご両親の家の一室を、お借りしている。
燃えてしまった家を再建するために森の木をへし折って建材にし、瓦礫と化した岩を素手で叩き割って道を作り、穢れを蓄積しすぎて邪悪なイビルツリーに成りかけていた聖木を、《ピュアリファイ》で浄化したりと、そんな平和な日々が続いていた。
強いて、危機的な状況と言うならば、弱体化したポークルの里を好機と見て襲撃してきた、卑劣なダークエルフの群れが現れたことくらいか。
ダークエルフは、人さらいを稼業とする外道だ。平気で拷問などもする、常識の通じない犯罪者集団。徹底的に片っ端からボコボコに殴り飛ばし、アジトごと破壊し燃やしておいた。
倒したダークエルフは、後から駆けつけたギルドの人間が、縄でぐるぐる巻きにして回収していったから、問題ないだろう。
あとは、突如発生した魔獣の群れの暴走、スタンピードを阻止した。
阻止したというよりも、こちらに突撃してきたので、片っ端から蹴散らしただけなのだが。
……まあ、このように些細なトラブル程度しか語ることのないほどのおだやかで総じて平和な里だ。
ちょっとしたいざこざはあったが、たいした問題ではなかった。ほぼ、平和な日々が続いたと言っても過言ではないだろう。
「メイスがあれば、もっと手早く対応できた。それだけが、少しだけ残念だ」
俺のような人間ができることは、ほんのわずかなことだ。ちょっとしたボランティア。
だが、それで良い。
千里の道も、一歩からだ。信仰の道に生きる司教は、たとえ自分の力で世界を変えることができなくても、決して目の前で困っている人たちを見捨てるようなことはしないのだから。
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