第44話『メイルシュトローム』

「認めよう……勝負は、君たちの勝ちだ。……どうやら、……ボクがこの世界にとどまるのは……不可能なようだ……」



 無数の触手が、力なくひとかたまりになり、再びヒト型を形成していく。


 だが、自身の核となる瑪瑙めのうのメダルを失ったせいで、その形状を維持することすら困難なようだ。


 その姿は、まるで焦点の定まらない砂嵐のようだった。




「これが……正真正銘、最後の戦いだ。だが、……ボクも、おとなしく死んでやるつもりはない……。君たちを殺したあとに、この贄の魔法で、迷宮都市の有象無象を、黄泉への道連れにしてくれる……あっははははははははっ!」




 狂王が、狂ったように高笑いを上げる。



「むぅ、……死期を悟って、心中とはな」


「すっごく、……めいわくだねっ」


「うむ。人として、恥ずべき行いだ」


「ほんと、そうだねっ」



 一人で死ぬのが寂しいから、多くの人間を巻き込んで心中するなど。



 ……信仰の道に生きる者として、狂王のその卑しき心根は、正さねばなるまい。この聖棍棒――メイス《鉄の棒》で。




「ボクの切り札を使わせてもらうよ。我が命と引き換えに使用する、禁断の魔法だ。……だけど、どのみちボクは死ぬのだから、リスクはない。……さあ、叡智の奔流に飲まれ、苦しみもだえて死ぬがいい。いでよ、災渦の中心!メイルシュトローム!」



 突如、天井も、床も、壁も、松明の光も、全てが消え去った。


 俺たちは、あまたの星がきらめく、広大な宇宙空間のど真ん中に立っていた。



 呼吸はできる。足元も、不思議と安定している。


 だが、脳が揺さぶられるような、かすかな船酔いにも似た感覚があった。




「どうだ?……過去、現在、未来、あまたの異なる世界の知識が、君たちの矮小な脳内に、今この瞬間も流れ込んでいる。人間の脳では、絶対にこの情報量には耐えられない。特に、魔術師のように知恵ある者には、ね。くっくっく」




「ふむ。すこし驚きはしたが、虚仮威しか」



「ははは。その強がりが、どこまで続くかな? 見るがいい。君と、そこのポークルの小娘以外は、もう動けないようだが?」



 狂王の言う通り、ヴァンパイアロード、ねこ娘、ニンジャ、そしてサキュバスも、皆、頭を抱えてその場にうずくまり、錯乱状態に陥っていた。



 その時、倒れたサキュバスから、念話が俺の頭に直接届いた。




(ニンゲンよ……。奴のメイルシュトロームは、高き知恵を持つ強者を、その叡智の奔流で精神から破滅させる、禁断の秘術……。抗う術は、ありませぬ……) 



(だが、ニンジャも瀕死のようだが? 彼の知恵は、それほど高くはなかったはずだ) 



(司教よ、ニンジャへの転職条件は、知恵17以上。今の司教よりも、上ですわよ。ちなみにサキュバスの知恵は36。「司教の3倍ですね)



 この期に及んで不毛なマウントだ。

 …………………。



 ふむ。つまりは、俺とステラは……知恵が(もちろんこのような不測の事態を予見してのあえてだ!)低すぎて、この超絶精神攻撃が、まったく効いていない、と……。


 俺が最初に組んだ、このアンバサ戦士ビルド……この一点において、まさか神ビルドだったとは!


 サキュバスの声が、うっすら半笑いな感じで聞こえたが、……おそらく気のせいだろう。


 結果的に、多くの命を救うことができるのだ。やはり、あえて知恵を上げないという俺の方針は、正解だったようだ。



「なっ……!? 叡智の奔流……災渦の中心に飲まれた知恵ある者は、……自我を保つことすらできないというのに……なぜ貴様は、平然と立っていられる!?」





「――――見切った。さかしき幻術など信仰を極めた司教には効かぬと知れッ!」




 俺は自信満々に言い切った。





「そちらが最後の切り札を使ったのであれば、俺も出し惜しみはなしだ。《エンハンススペル》《マヒール》《エンチャントエレメント》《アンチマジック》《アンチカース》《ピュアリファイ》《リジェネレイト》《ブレスクリーン》《セイクリッドシールド》《プロテクション》《ハードニング》《ハードニング》《ハードニング》」





 念のために、パーティー全体を回復する《マヒーラス》2回分は温存しておいた。だが、それ以外の補助魔法は、全て使い切った。


 窮鼠猫を噛む、という言葉もある。追い詰められた者は、油断ならない。



「へっ、へぇ、……あ、ふーん……。まだ魔法を使う余裕があったんだ……ふーん……」



 狂王の膝が、ガクガクと笑っている。武者震い、のつもりだろうか。 



「……ひっ、……近寄るなッ! バケモノ!!」


 狂王は、両腕だったものを前に突き出し、強烈な風の刃を放ってくる。



「……やったか?!」



 俺は、両腕を円を描くように回し、その風の刃を受け止める。



「――廻し受けだ」



 廻し受け。かつてジャヴァウォックのブレスすらも打ち消した、俺の防御術。……本音を言うと思ったより痛かった。手で風を打ち消すとかさすがに無理がある。だが、表情にはおくびにも出さなかった。



 それにだ。これを使えば、深層に潜むというファイアードラゴンのブレスにも、あるいは対抗できるかもしれない。


 だが、その代償は大きかった。バキン、と嫌な音がして、俺のバックラーが砕け散る。頼れるものは、もはやこのメイスのみ。



「くだらぬそよ風なぞ手刀で十分だ。次は、――こちらの番だ」



 右の手のひらが痛む……いや、傷まなかった。むしろ全然傷まなかった。


 ステラが、スリングの狙いを定めていることに、狂王はまだ気づいていない。


 放たれたゴツゴツとした石弾が、狂王の眼球の一つに、正確に直撃する。


 狂王の「ぎぃゃぁあッ!!」 という、ガチで痛そうな悲鳴が、宇宙空間に響き渡った。


 この破壊力。ぱちんこが銃刀法違反になるのも、当然のことだだ。


 狂王は、潰れた目を押さえながら、もだえ苦しんでいる。


 騎士道には反するかもしれないが、信仰の道には反しない。



 つまり――好機スキありだ。



「狂王、貴様の最後だ」


「ま、……待て……司教、はなせば、わかるッ!」


「邪悪死すべし――問答無用」



 俺はメイスを両手で握りしめ、渾身の力を込めて、その顔面だった部分に叩きつける。


 熟れたスイカが割れるような、小気味よい音がした。


 狂王の秘術メイルシュトロームは解け、あたりは元の薄暗い大理石の広間に戻る。


 俺は倒れていた仲間たちに回復魔法を使い、その安全を確保した。


 意識は朦朧としているようだが、命の危険はなさそうだ。



 ――勝利だ。


「狂王もぉっ?」


「「――百叩きだ」 」

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