第43話『天井駆ける首刎ねウサギ』

「ぐがあ……があぁああ…………」



 禁呪エルダーサインが狂王を圧し潰す。まるで透明な隕石が降り注いだかのように地面がえぐれている。……この光景をあえて例えるならば、ヤムチャ状態。



「ぐぬぅ禁呪でも仕留めきれないとは想定外ですぞ」


「うむ。だが奴を守る風の膜は失われている」



 ヴァンパイアロードが命を賭して発動した禁呪により狂王を包んでいた攻防一体の風の衣は打ち破られ、黄の衣もズタボロに引き裂かれている。


 無数の触手はミジメに大理石の床をウネウネと這いずりまわるのみ。その姿は地面にブチまけられたスパゲッティようでもある。確実に大ダメージを与えている。



「ヴァンパイアロードよ何か策はあるか」


「あやつの核を見つけ砕く。それ以外には……手はないかと」



 魔獣の中には体内に核を持つものが存在する。迷宮1階層のスライムが代表例だ。核を持つ魔獣は核を破壊しない限りは倒せない。


 だが巨大なミミズの集合体のような醜悪なバケモノはどこに核が隠されているのかまるで分からない。なにしろ数が多く時間とともに再生するのだ。厄介な敵だ。



「司教待たせましたね。サキュバスが恩返しに参りました」


「チッどこが急所か分カラねェ野郎はやりずれぇなッ」


「こうなったら片っ端から斬るしかないにゃ」



 ねこ娘がカタナで斬り、ニンジャが手刀で刎ね、俺がメイスで殴りつけ、サキュバスが後方から支援。安定してダメージを与えることができている。


 一時的に戦線離脱していた仲間が復帰し、手数が増えたぶん、与えることができるダメージリソースも確実に増えている。



 ……だが。



「こりゃ、キリねぇぜ?」


「再生速度が思ったより速いにゃっ」



 決め手に欠く。



「チィッ……このままじゃ、ジリ貧だッ」


「俺に策はある。今は信じて攻撃に専念して欲しい」


「たりメェだッ」 「まかせるにゃっ」



 この場において最も客観的に戦況を把握しているのはステラだ。気配を消して狂王の弱点を探っている。


 盗賊の気配遮断状態での奇襲による致命の一撃のダメージは絶大。戦況をくつがえすことが可能な切り札と言っても過言ではない。



 だが、事前に敵に気取られれば水の泡。チャンスは1回だ。ステラは確実に敵の急所を突くために天井の梁の間をピョンピョンと軽快に飛び移動している。


 チラリと目線を送るとステラは小さく親指を立てていた。グッドサイン。つまりは一撃で仕留めることができる弱点を見破ったという事だ。



(あとは、狂王の注意を引き続ければ……いける!)



 俺はニンジャとねこ娘に強化魔法を重ねて付与する。俺が詠唱可能な魔法の残数も残り少なくなってきている。だが、ここが使いどころだろう。



「出し惜しみは無しだ。一気呵成に攻めるぞ」


「ヘッ……力がみなぎる、これならヤレルぜッ」


「からだが軽いにゃ……」




 竜巻のように荒れ狂う手刀の乱舞。ニンジャマスターにもなると1秒間に10の手刀を相手に叩き込むことができると言う。だが、……それをも凌ぐ12連撃ッ!



 ねこ娘は妖刀マタタビをサヤに納め、目をつぶり気を一点に集中。カッと目を見開き、カタナを射出する。――巨大な気をまとった斬撃が触手をズタズタに引き裂く!



 サキュバスが地獄の業火のような火柱を狂王の直下に放つ。狂王の全身を地獄の業火が焼き尽くす。ダメージを与えるためではない、前衛が斬り落とした触手の切断面を焼き切ることで再生を遅らせるためだ。




「がああぁ……ボクは不死……このような攻撃は……無駄だッ」


「それがどうした」


「いい加減に理解しろッ……君たちには……1000%勝機はないッ」


「そうか。貴様のからだが砕けぬならば、その心を砕くだけだ」


「……しししシッ……司教おおおぉッ!」



 ステラが天井を駆ける。まるで物理法則が反転したかのような奇妙な光景。靴底の無数のカギ状のフックがこのような奇術師じみた芸当を可能にしているのだ。



 ステラは狂王の頭上で勢いよく天井を蹴り。天から地に向かって跳ぶ。片手にはボーパルナイフ。その姿はまるで月を駆けるウサギ。〈ボーパルバニー〉



「……、ッ……?!」



 動物的な勘でステラの奇襲を察知した狂王は、残る力のすべてを一本の触手にこめ、巨大な槍のような形状に変形させる。



「――無駄だ!」



 俺は一歩前に踏み込み横薙ぎにメイスを振るう。巨大な円錐状の触手がボキリと真ん中からへし折れる。



「……この、…………ッ」



 ボーパルナイフの切っ先が狂王の瑪瑙(メノウ)のメダルに突き立てる。一点集中による刺突攻撃。ナイフの先端がメノウに突き刺さりピキピキとヒビが入ってくる。



「そんな、……なんで……ボクの弱点を」



 針の糸を通すがごとき完璧なる刺突攻撃。狂王が身につけていた瑪瑙のメダルに亀裂が入り……粉々に砕け散った。



「うぁ……ボクの命が……拡散していく……」



 瑪瑙のメダルは狂王がこの世界に顕現するための触媒だったようだ。……つまりは、スライムの核のような物。破壊されれば、死ぬ。


 地面をズルズルとナメクジのように這いずりまわる狂王。その姿にはもはや王としての威厳はない。だが、いまだに眼光は鋭い。まだ諦めていない者の目だ。



「いいだろう。根気比べで負けるつもりはない」

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