第42話『禁呪エルダー・サイン』

 ニンジャとサキュバスに治癒魔法をほどこし、単独で狂王と斬りあっているねこ娘と合流する。



「ねこ娘、助かった。2人は無事だ」


「にゃっはは。あの傷を治癒できるにゃんてさっすが司教さんにゃっ」



 軽口をたたきながら狂王の触手をバッサバッサとなで斬りにしていく。ねこ娘の妖刀マタタビによる斬撃は強力無比。


 飄々とした表情から、一見まだまだ余裕があるように見える。だが……。



「隊列交代だ、俺が前にでる」


「にゃにゃっ、まだまだいけるにゃよっ?」



 カタナは重く鋭利で長大な刃物。扱うには非常に高い集中力が求められる。一流のサムライには体の気の流れをコントロールする能力が必要とされる。


 ゆえにカタナの運用は一撃必殺一撃離脱。サムライがカタナを鞘から抜いたら相手を殺すか、自分が死ぬか。いずれにせよ、結果がでるまでに時間を必要としない。



 ヒットアンドアウェイの術理を体得しているサムライがハックアンドスラッシュを是とする迷宮において強者であるのは必然と言えるだろう。




(だが、このように斬りあうのはあまりにも負担が大きすぎる。この異常なしぶとさ、サムライとは相性の悪い敵だ)




 踊るようにカタナを振り回すことができるのは、高い身体能力とスタミナを備えているから。だが、それでも限界はそう遠くないだろう。


 現にねこ娘の呼吸が荒くなっている。額からも汗が流れている。



「ふむ。言い方を変えよう。前衛を俺に譲って欲しい」


「にゃにゃにゃっ?」


「うむ。今宵のメイスは血に飢えている。……そういうことだ」


「にゃっはは。まあ、そこまで言うなら断れにゃいかにゃっ?」


「ふむ。では、スイッチだ。……3、2、1」



 ねこ娘と背中合わせにぐるりと位置を換える。



「……アッシュ、ありがとね」



 流れるような動きでねこ娘と位置を交代。隊列交代のスキを狙い狂王がしなる触手を振るうが、メイスで叩き落とす。俺はねこ娘に回復魔法〈マヒール〉を唱える。



「にゃぁ……五臓六腑に回復魔法がしみわたるにゃぁ」



 聖なる光、信仰魔法の輝きだ。体力は全回復しているはずだ。あとは呼吸を整えしばらく休めばもとの冴えを取り戻すことができるだろう。



「ちぃッ……回復魔法ッ!!……あぁあああ……司教ッ……その信仰魔法……本当に忌々しいよッ……。クソがクソがクソがぁ……あぁッ……定命の分際で……いずれは死ぬんだから……それなら、さっさとボクに殺されろよッ! モータルッ!」



「断る。即座に殺せぬのは貴様の努力不足と未熟さゆえ。怠惰の責を俺に求めるな」


「ガっ!? このッ腐れ鑑定野郎ッ! 絶対ッ……ラクに殺しはしない!!」


「ふむ。口ではなく手を動かせ。……まぁ、手だか足だかは知らんが。ふんっ!」



 狂王は怒りにまかせて力まかせに触手を振るう。メイスで叩き落とす。速さと重さは増しているが、怒りによって動きが単調になっている。ならば対処は容易だ。


 当の本人には自覚は無さそうだが、あきらかに触手の動きがにぶっている。体力が削れているのか、はたまた集中力が落ちてるのかは分からない。



 いずれにせよ、不死を語る狂王の力も無限ではないということだ。真に完璧な存在ならば集中を欠いたり、体力が落ちたりしないはずなのだから。


 アンデッドだって殴れば死ぬのだ。ならばイモータルだって殴れば死ぬはずだ。ゆえに狂王は殺して殺せぬ相手ではない。




「うむ。つまりメイスだ」




 俺はメイスで殴りつける。




(……メイスで殴り続ければ体力を削ることはできる。だが……決め手に欠ける。……相手の余力を測るのは困難。……ジリ貧は避けたい。何かここらで大技で一気に体力を削りたいところだが、さてさて、どうしたものだろうか)



 ヴァンパイアロードがボソボソと何かつぶやいている。何らかのヒントがあるかもしれない。



「……、いや、……この策、不確実性、……ぶっつけ本番、賭けですぞ」



 なにやら起死回生の策があるようだ。言うか言うまいか悩んでいるのを見るに、成功確率が低い方法ということだろう。俺はヴァンパイアロードに声をかける。



「ヴァンパイアロードよ、策とやらを聞かせてくれないか」


「策というより賭けですが、それでもよろしいですかな?」


「うむ、構わない。賭けごとは嫌いじゃない」



 まあ、賭けが好きと言ってもルルイエ村でキャットレースをかじった程度だが。あと、ソシャゲのガチャとかも賭けごとに含めるのならば、それも追加だ。



「して、勝率はどれくらいだ」


「多く見つもって3割程度といったところですな」


「ふむ、3割。ならば十分すぎる」



 もとより何も手を打たなければゼロなのだ。3割なら上々。それに、失敗した時は別の倒し方を探れば良い。トライアンドエラーだ。



「はは。それでは始めますぞ」


「頼んだ。あやつに邪魔はさせない」



 ヴァンパイアロードが指先から血をたらし、大理石の床に赤い幾何学模様を描いている。おそらくは禁術の準備に必要な儀式なのだろう。



「ふん」



 ヴァンパイアロードを狙う触手をメイスで打ち払う。狂王は大魔法の詠唱を妨害したいようだ。つまりは……、恐れているということだ。



「くっ……なぜ……不死たる者が、下等な定命なぞの肩を持つ……? なぜ!?」


「答える義理はありませぬ。不死王たる我がミミズに語る口なぞ持ちませぬゆえ」



「……っざけんなッッ!! 貴様と……迷宮の王がボクの護符を奪わなければ……いまごろ……ボクは世界全てを支配できていたっ……貴様が貴様が貴様がァッ!」



「笑止。素人物取りに盗まれるマヌケに、もとより世界征服など夢のまた夢。タラレバ話は酒場で語るのですな。貴様にあるのは護符を盗まれた無能という現実ですぞ」


「コ、コウモリ野郎ッ! テメェとコソ泥ジジイをブッ殺して奪い返してやるッ!」



 2人の関係性は分からないが狂王の攻撃が激情にまかせて雑になっている。ヴァンパイアロードの挑発は注意を引きつけるための命がけの挑発だ。


 ヴァンパイアロードがヘイトを稼いでくれるおかげで、動きが単調になる。メイスとバックラーで触手を打ち払う負担も減る。



 そして、ついに魔法陣は完成した。



「ちぃッ、……旧神の印ぃ……クソがッ……なんて忌々しい……!! 不死王、迷宮の王……貴様らさえいなければ……! ボクは……ボクはぁッ! だがまだ間に合う! 護符さえ、護符を取り戻せれば……恐れるに足りぬというのにぃッッッ!!」



 ヴァンパイアロードは右の手のひらをツメでスパッと切り裂き、ドバドバと魔法陣に流し込む。最後の仕上げのようだ。血が注がれるたびに魔法陣は輝きを増す。


 バックラーで触手攻撃をパリィしつつメイスで触手を殴りつける。狂王の攻撃と狙いが単調なだけにやりやすい。



「陣はできましたぞ。あとはサイコロの出目次第ですな」


「ならば必勝。失敗した時は気合で殴り倒す」



 よほど痛快だったのかヴァンパイアロードはかカカッと笑い。陣に手をかざして詠唱を始める。魔力をおびた光がさらに輝きを増していく。



「旧き時代の神々よ我に力を貸したまへ〈エルダー・サイン〉」



 魔法陣に描かれているのは、ルルイエ村でエジプト風の金ピカねこ娘に渡されたタリスマンと同じ印だ。……燃える瞳の五芒星。




「……不死の王よ、狂王を」


「やめろぉぉおおお!!!」


「破壊しろ」




 燃える瞳の五芒星が極光を放つ。そして激しい光が狂王を包みこむのであった。

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