廃校にいた女の子

無月弟(無月蒼)

廃校にいた女の子

 趣味は何かって聞かれたら、俺は迷わず『ソロ肝試し』って答える。


 暗い趣味だって? それが違うんだよ。

 俺はその肝試しの様子を映像に収めて、ネットに投稿するユーチューバーなんだ。

 今まで潰れた病院や、幽霊が出ると言う噂のトンネルなど、数々の心霊スポットに行っては動画を撮影してきたけど、反応は上々。チャンネル登録者数も増えて、ちょっとした有名人さ。

 この前なんて同じ大学の女の子から、サインしてって頼まれちまった。


 俺の肝試しのスタイルは、ソロで行くこと。何人も連れ立っていくよりも一人で行った方が、怖い絵が撮れるんだよな。


 そんな俺がやって来たのは、山の中にある今は使われなくなった廃校だ。

 戦前からあった高校で、校舎は木造。だけどもう十年以上前に廃校になっていて、今では人の気配は無い。

 なんで取り壊されないのかって? まあ色々事情があるんだろうけど、ネットの噂ではここには幽霊が出て、取り壊そうとすると必ず事故が起こるから、工事が進まないのだとか。


 だから本当に幽霊が出るかどうか、確かめにやって来たわけだけど。

 校舎の一階。昔はたくさんの生徒が使っていたであろう教室に入って、俺は息を呑んだ。

 いたんだよ。薄暗い部屋の中央で、行儀悪く机に腰を掛けている、制服姿の女の子が。


 歳は高校生くらいだろうか。セーラー服を着たツインテールの、可愛い女の子だった。

 けど、なんでこんな所に? すると女の子はこっちに気付いたみたいで、目を向けてくる。


「あれ? お兄さん、こんな所に何してるんですか――んんっ⁉」


 俺が思ったのと全く同じ事を聞いてくる彼女。だけど言葉を切ったかと思うと、まじまじと俺の顔を見つめてきた。


「もしかして肝試チャンネルの、杉谷克也すぎたにかつやさんじゃないですか⁉」

「え、俺のこと知ってるの?」

「はい、動画いつも見てます。もしかしてここにも、肝試しに来たんですか?」

「ま、まあそんなとこ」


 キャーキャーと嬉しそうにはしゃぐ女の子。

 俺の事を知ってくれているなんて、嬉しいねえ。しかも相手が可愛い子ならなおさらだ。


「私、水原知世みずはらともよって言います。あたしも杉谷さんに憧れて、肝試しに来てたんですけど、まさか本人に会えるだなんて。あの、ご一緒してもいいでしょうか?」


 うーん、そうだな。普段肝試しをする時はソロでやってるけど、この子俺のファンみたいだし、たまには二人で回るのも悪くないかな。

 それに少し歩いてみたけど、この校舎は老朽化が進んでいて危なさそう。女の子を一人にしておくのは、ちょっと心配だ。


「それじゃあ、一緒に行くか」

「やったー、ありがとうございます」


 こうして二人して、校舎の中を散策していくことになった。

 歩きながら俺は、水原さんにこの学校にまつわる噂を話していく。


「何でもさ、昔この学校の生徒で、不慮の事故で亡くなった女子がいたらしいんだ。だけど学校が好きだったその子は、死んだことに気付かずに。幽霊になって通い続けたんだってさ。学校自体が廃校になった今でも、一人彷徨っているとか」

「そんな噂が。何だか悲しいですね。死んだことにも気づかないで、ずっと一人でいるだなんて」

「ああ、そうだな。一人ぼっちなんて、寂しいよな」


 話をしながら、階段を上って二階へと上がる。

 それにしても水原さん、不気味な廃校を歩いているというのに、「怖い―」なんてリアクションの一つもないな。

 ソロ肝試しに来るくらいだし、肝が座っているのか? 俺的には、「きゃー」って抱きついてくれても、全然いいんだけど……。


「……杉谷さん」

「わっ⁉ な、なんだい?」


 不埒な事を考えていたせいで、声が上ずってしまった。

 すると水原さんはそっと顔を伏せて、さっきまでの明るさの無い、沈んだ声で言う。


「さっき、言いましたよね。一人ぼっちなんて寂しいって。その言葉に、嘘はありませんね?」

「へ? いったい何を言って……」

「ウソハアリマセンネ」


 それは問いかけるというよりも、まるで有無を言わせないような言い方で。反射的にコクコクと頷いた。


「ついて来てください。この先に、見せたいものがあるんです」


 そう言うと水原さんは前に出て歩き出す。

 待てよ、先に行くと危険だって。


 だけど彼女は薄暗い校舎の中を、ゆうゆうと進んで行く。

 なんだか、慣れた感じだ。それに見せたいものがあるって、彼女はこの学校の事を知っているのか?


 胸の奥が、妙にざわざわしてくる。だけど水原さんを追うので手一杯で、考える余裕なんてなかった。

 やがて彼女は、廊下の真ん中で足を止める。


「ほら。見てください、アレを」

「アレは……」


 そこにあったのは、廊下に空いた大きな穴だった。

 古い木造の校舎だから、床が腐って崩れたのだろう。たぶん一階まで続いているのだと思うが、中を覗き込んでも真っ暗でよく分からない。


「この穴が、どうしたって言うんだ?」


 すると彼女は、俺と向き合うようにして顔を伏せる。


「さっき杉谷さんが言っていた女子生徒の幽霊の話、あれはデマなんですよ。元々この学校には、幽霊なんていなかったんです」


 そうなのか? いや待て、どうして彼女は、そんなことを知っているんだ?


「だけど、今はいるんですよ、幽霊が。廃校になって、だけど取り壊されること無く何年も経ったある日のこと、肝試しに訪れた人がいました。だけど二階を散策中に床が崩れて、亡くなってしまったんです。それ以来出るのですよ。……その人の幽霊が」


 瞬間、全身を凍るような寒気が駆け抜けた。


 なんだ? いったいこの子は、何を言おうとしている? 

 頭の中で警鐘が鳴る。これ以上、この子に喋らせてはいけない。

 だけど口はガクガクと震えて、声を出すことができなかった。


 対して水原さんは、さっきまでの明るさがまるで嘘のように、顔を伏せたまま言葉を続ける。


「その死んだ人と言うのは……」


 止めろ。言うな。止めてくれ!



「………………



 ………………へ?


「待て待て。いったい何を言ってるんだ? 俺はこの通り生きて――っ⁉」


 不意に、頭に鋭い痛みが走った。


 ――そうだ。ソロ肝試しに訪れた俺は、あの穴から落ちたんだ。

 全身を強く打って。足が折れたらしく、動くことができずに。

 助けを呼ぼうにも、落ちた衝撃でスマホは壊れて。助けてくれ、誰か来てくれって心の中で叫びながら、次第に意識が薄れていって――――


「ああああああああぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


 思い出した。全部思い出した!

 俺はあの時死んだんだ。それじゃあ、今ここにいる俺は……。


「廻!」


 ガクンと強い衝撃が走った。

 見れば水原さんがツインテールを揺らしながら、俺の胸に手を当てていて。その手は不思議な光に包まれていた。


「水原さん、君はいったい?」

「私はアナタを祓いに来た者です。亡くなった事に気付かずに、一人で彷徨っている息子を成仏させてほしいって、アナタの両親から依頼されて。……肝試しは、もう終わりです」


 全身が、暖かな光に包まれていく。

 そうか、俺はもう、一人じゃなくなるんだな。


 ソロ肝試しなんてやっていたけど、やっぱり一人でいるより、誰かと一緒にいた方が楽しいよ。向こうには、死んだ爺ちゃんや婆ちゃんもいるのかな。


 そうだ。最後にこれだけは伝えておかないと。


「水原さん……キテクレテ、ア リ ガ ト ウ」

「浄!」


 最後に見たのは、真っ直ぐな目で俺を見る、水原さんの姿だった。



 ◇◆◇◆



 校舎から出た頃には日もすっかり落ちて、辺りは暗くなっていた。

 私はスカートのポケットからスマホを取り出すと、上司に電話をかける。


「……はい。……はい。お祓いは無事完了しました。彼は、一人で肝試しに来るべきでは無かったのですよ。穴に落ちた時、もしも近くに誰かがいたら、助けを呼べたかもしれないのに。そもそも心霊スポットに行くのですから、一人じゃ危険すぎます」


 まあそんな事を言ってる私も、大抵はソロで動いているんですけど。

 この仕事は万年人手不足だから、仕方が無いですね。


 通話を切ると、校舎へと向き直る。


「杉本克也さん、どうか安らかに眠ってください」


 ソロ肝試しなんてやっていた心霊ユーチューバー自身が幽霊になるだなんて笑えないけど、これでもう一人で彷徨うことはない。


 さあ、私も次の仕事に備えて、今日は帰って休むとしましょう。


 了

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