ソロでラブコメ
秋山機竜
幸せは本人で決められる
彼は、よく友人・知人・親兄弟に、こう語っていた。
「彼女ができたんだ。とっても素敵な子なんだ」
友人・知人・親兄弟は、それはいいことだ、と祝福した。
だが、不思議にも思っていた。彼は、恋愛とは無縁な男だったからだ。
いったい、どこで彼女を作ったのだろうか。友人は、とても興味があった。
ある日、友人は、彼に聞いた。
「どういう経緯で、彼女と付き合ったんだい?」
彼は答えた。
「親の紹介で知り合ったんだ」
「へー、それはつまり、結婚を前提にしてたりするのかな」
「もちろんだよ。将来は幸せな家庭を築くつもりさ」
どうやら幸せ絶頂期らしい。あとは新婚夫婦となって、おめでたい人生を歩むんだろう。
後日。友人は、彼の両親とも知り合いなので、挨拶ついでに質問した。
「息子さん。彼女できたらしいけど、お二人が紹介したとか」
父親が、首をかしげた。
「いや、おれのほうじゃないな。母さんかい?」
母親も、首をかしげた。
「いや、わたしでもない」
まさか両親が嘘をつくはずもない。友人だって積極的に嘘をつくタイプではない。
なにか様子がおかしかった。
友人は、彼の部屋に入ると、単刀直入で質問した。
「君の両親は、彼女を紹介してないって、言ってるんだけど……?」
彼は反発した。
「そんなことないよ。間違いなく、親が紹介してくれたんだ。父さんと母さんは、いったいどうしたっていうんだ」
彼の表情には、鬼気迫るものがあった。嘘をついていないし、演技でもない。本気で両親の紹介だと思っている。
友人は、ちょっとした事実に気づいた。
彼の部屋は、ちょっとしたモノの配置や、床に転がっている雑誌の位置がおかしかった。まるで他人が住んでいるような配置なのだ。彼ひとりしか暮らしていないはずなのに。
友人は、怖くなった。もしかして、彼は、狂気に蝕まれてしまったのではないかと。
この部屋にいることに、身の危険を感じたので、苦笑いしながら、彼の部屋を出ようとした。
がしっと腕を掴まれた。
「まさか、君は、ぼくの友達なのに、嘘をついてるとか思ってるの?」
ぞくっとした。友人は、彼を怒らせないように、ゆっくりとしゃべった。
「そんなことはない。とにかく、ご両親のところにいって、お茶をもらってこないと」
「うちは茶葉を切らしてる」
友人は、適当に嘘をついたことを後悔した。だが、まだなんとかなるはずだった。もっとうまくごまかして、この場から逃げるのだ。
「とにかく喉が渇いたんだ。この部屋は、やけに乾燥してるじゃないか」
乾燥しているのは本当だった。
「彼女のために、湿度を徹底して、除去してるから、ちょっと地球人には厳しいかな」
地球人。乾燥。
友人は、恐ろしい事実に気づいた。
床に転がっている雑誌は、女性向けの週刊誌だ。
机に置いてあるのは、マニキュアだった。
それらが、おかしな配置になっている。
きっと彼は、引き返せないところまで、突っ走ってしまったのだろう。
早くここから逃げないと、なにをされるかわからない。まるで懇願するように、友人は手を合わせた。
「飲み物がほしいいんだ」
「ふーむ。それもそうだな。とにかくお茶を飲もうか。一緒に降りよう」
ようやく部屋から出ることができた。だがまだ、家から逃げられるわけではない。彼の両親にも、この危機を伝える必要があるだろう。
友人は、彼と一緒に、一階の台所まで降りた。
どうやら両親も、自分たちの息子の様子がおかしいことに、気づいたらしい。
「いつ、彼女が、できたんだっけ?」
父親の質問に、息子はこう答えた。
「二週間前」
「どういう経緯で知り合ったんだっけ?」
「父さんと母さんが紹介してくれたから」
両親の顔色が、さっと悪くなる。当たり前だった。彼らは紹介などしていないのだから。
友人は、いつでも逃げられるように、玄関の方角を確認した。
だが、彼は、だんだん苛々してきたらしく、自分の真横に手を置いた。
「みんなして、ぼくに彼女がいないと思ってるのか! ほら、ここにいるだろ! ぼくのステキな彼女!」
誰もいない。手のある位置には、なにもない。ただ空間があるだけだ。
両親も、友人も、表情が消えていた。彼がおかしくなってしまったことに、怯えていた。
両親は、玄関をちらっと見てから、息子に聞いた。
「そ、その娘さんは、どういう人なのかな」
彼は、まだ怒っているらしく、ぷりぷりしながら、説明した。
「火星からやってきた、火星人なんだ。実家がお金持ちで、宇宙コロニーを建設するんだって。いま彼女と同居してるんだけど、将来は宇宙コロニーで一緒に暮らす計画さ」
完全に幻覚が見えていた。入院が必要なレベルであった。
だが、入院が必要です、と教えたら、暴れる可能性があった。
しかもここは台所である。すぐそこに包丁があった。
挑発してはならない。とにかく穏便に彼を入院させる必要があった。
だがしかし、父親が事実をそのまま伝えてしまった。
「幻覚だ。お前は幻覚が見えてるんだ。どうしてそんなになるまで、独身であることを思いつめてしまったんだ」
彼は、幻覚を否定されたことにより、パニックを起こした。
「幻覚なんかじゃない! ここにいるんだ! ここに! 火星人の彼女が! どうして父さんには見えないんだ!」
父親は、泣きながら答えた。
「見えない。誰もそこにはいないんだよ」
彼は怒った。
「そうやってイジワルするのか。さては、みんなして、ぼくの幸せが妬ましいんだな! こんな家、出ていってやる!」
彼は、自宅を飛び出していった。
両親と友人は、彼を慌てて追いかけたが、どこにも姿はなかった。
警察にも行方不明として届けたが、まったく見つかる気配がなかった。
数年後、ひょんなことから、彼の生存が発覚した。
某動画配信サイトyo●tu●eで、人気配信者になっていた。
【ぼくの自慢の彼女を紹介します】
配信者の隣には誰もいないのに、すぐそこにいる彼女を紹介する動画が、ホラーじみてて面白いと再生数を稼いでいた。
彼は人気配信者になったので、生活には困っていないようだ。
しかも空想の彼女とずっと暮らしているので、とても幸せそうであった。
ソロでラブコメ 秋山機竜 @akiryu
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