一人飯の流儀

佐倉伸哉

本編

 さて、午前中の外回りも終了。腕時計を見れば、時間はもう少しで13時。

 腹が、減った……。

 午前中から得意先を2件回り、胃の中は空っぽ。そろそろ昼飯にしないと。

 今居るのは此花町。午後の外回りは14時に大徳。

 ……ならば、あそこに行ってみるか。

 駐車場に停めてあった車に乗り込むと、駅の方面へ。駅正面のT字路を左に曲がり、2つ先の交差点を右折。線路の高架をくぐり抜け、広岡中の交差点を右折。

 少し進むと駅の西側の交差点にぶつかるので、今度は左折。通称“50メートル道路”と呼ばれている片側三車線の道路をひたすら直進していく。

 このまま進んで国道バイパスを超えれば新県庁や県立中央病院があるが、そこまでは行かない。角にピザ屋のある交差点を左折し、次の信号を右折。

 右折した先にあるのが……俺の目的地(仮)である中央市場だ。“市場”と呼んでいるが、俺の目当ては市場の場内を通る道に並ぶ飲食店。リーズナブルな値段でお腹いっぱい食べられる店が多い事から、市場関係者だけでなく一般の人も多く利用していた。飲食店も魚系、肉系、ラーメンと種類も豊富。観光客はメディアなどで取り上げられている有名な観光地の市場に行きがちだが、中央市場は地元の人間がよく利用する穴場であった。あっちの市場は地元民からすると「え! これだけでこんな値段なの!」と思うような観光地価格なので、まず利用しないのだが……。

 さて、何故(仮)がついているかと言うと……この中央市場、駐車場が無いのである。一般の車は店の前のスペースに車を停めるしかないのだが、昼食時となるとどの店の前も車が停まっていて、結局停める場所がなくスルーするケースも十分に考えられるからだ。まずは駐車スペースの確保が最優先なのだが……。

 両側に長屋のような細長い建物が続く道で車を進めていくと……運よく車を停車出来るスペースを発見。迷わず駐車。今日はここのお店にしよう。

 さて、何を食べようかな。牛炒め定食、トンカツ定食、刺身定食。メニューを眺めながら検討。

 ……お、カキフライ定食がある。いいね、カキフライ。季節物だし、タルタルとの相性も絶妙。なにより俺の好物だ。これで第一候補は決まった。

 今日の昼飯第一候補を仮押さえて、いざ入店。

「いらっしゃいませー」

 元気のいい掛け声が響く。中はカウンターと、小上がり。先客はカウンターにサラリーマンと思しき若い男性二人だけ。

 店の壁には色々なメニューが貼られている。定食のメニューは単品でも頼めるみたいで、夜は居酒屋になるっぽい。

 入口にあったアルコールで手を消毒してからカウンターの端の席に座る。腰掛けたタイミングでお茶とおしぼりが運ばれてきた。

 唐揚げ定食、おでん定食なんてものもあるのか……刺身定食の写真に少しだけ心が動かされたが、ここは初志貫徹、カキフライ定食にしよう。

「すみませーん」

「はーい!」

 声を掛けると、女性の店員さんが近付いてきた。

「すみません、カキフライ定食でお願いします」

「大丈夫ですよー」

「あ、あとご飯の大盛って出来ますか?」

「はい、出来ますよー」

「では、それでお願いします」

 注文を終え、お茶を一口飲む。奥にいた女性と手前の男性が調理に移る。店内をさりげなく見回していると、店の奥には階段と思しき入口が暖簾で隠されており、どうやら二階もあるらしい。

 待っている間に、先客の二人が食べ終えて会計に立つ

「ごちそうさまでしたー」

 連れが先に店を出た後に、残った一人が店員さんに声を掛ける。……いいじゃないか。感謝の気持ちを伝える。これは大切。

 カウンターの脇から、カラッと揚がったフライが見える。俺のカキフライが、あと少しで来る……期待で胸を膨らませていると。

「――あ! ご飯大盛だった!」

「ごめーん。今やるわ」

 店の奥から、女性の店員さん二人の掛け合いが聞こえてくる。……なんかスミマセン、大盛で。食べる事くらいしか楽しみがないんです、俺。

「お待たせしましたー。カキフライ定食ですー。お好みでソースお使い下さい」

 ……来た来た。俺の今日の昼飯、カキフライ定食。

 ご飯、味噌汁、漬物、カキフライとサラダ、煮物、小鉢。……うん、いい。実にいい。

「……いただきます」

 手を合わせて、静かに呟く。挨拶は大切。これ、一つのルーティーン。

 まずはサラダから。千切りキャベツに薄くスライスされたニンジンと輪切りのキュウリが彩りで添えられている。ドレッシングは掛かっていないのがまたポイントが高い。チェーン店だと予め掛かっている事もあるけど、まずは素材の味を楽しみたい派の俺は好きじゃない。……うん、キャベツのシャキシャキ感に仄かな甘味もある。

 次は煮物。よく染みた大根、ニンジン、肉団子、それと……肉? それと、緑の菜っ葉。まずはニンジンから。

 ……うん、美味い。家庭的な味。子どもの頃はあまり好きじゃなかったけど、歳を重ねてくるとなんだかホッとする。良い名脇役、バイプレーヤー。口直しにもなるし、ご飯のおかずにもなる。

 大根もよく味が染みている。この謎の肉は……レバー? 肝臓系? 内臓系はあまり好きじゃないけど、全然臭みがなくて食べられる。菜っ葉も食べてみると、一見ほうれん草と思っていたが仄かに苦味が。……これ、もしかして菜の花? いいじゃないか。

 次は、小鉢。大根とニンジン、それと……何か白っぽい物。ゴマがふりかけられている。まずは大根を食べてみると――味付けは酢。“なます”みたいなものか。これも美味しい。こちらは口直しメインだけど欠かせない脇役。この白っぽい物はなんだろう……箸で摘んでみると、焦げ目が。試しに食べてみると、多分魚の身っぽい。“なます”に魚の身を入れるなんて、斬新。

 そして――メインディッシュのカキフライ。5個も入っているので楽しみ方は色々出来るから嬉しい。まずは何も付けずにパクリ。サクッとした食感、カキの風味と旨味。美味しい。これはご飯が進むヤツだ。アツアツなので美味しさも倍増。

 次は、タルタル。これを付けると味が一気に変わる。タルタルって何でこんなに男の子を魅了する味なんだろうな。あっという間に2つが消えてしまった。

 ここは一旦味噌汁で落ち着こう。具材は……大根と、小口切りのネギ、そして魚のアラ。アラ汁か! 何気に嬉しいサプライズ。家だとアラ汁って絶対出ないから、お店で出てくるとそれだけで少しテンションが上がる。味つけも濃すぎず薄すぎず、ちょうどいい。ご飯にも合う、素敵な塩梅。

 漬物は菜っ葉の刻んだものと、大根の浅漬け。こちらも手を抜いていない。特別美味しいという訳でもないけど、あったらあったで嬉しい。

 さて、メインに戻りまして。添えられたレモンを絞りかけて。無くても別に構わないけど、あったら使ってしまう。揚げ物というだけでちょっぴり後ろめたい気持ちになるけど、レモンでサッパリすると急に後ろめたさが消えるのは何故だろうか。タルタルと絡めても尚良し。

 4個目は……ここまで温存していたソースを投入! レモンとソースの共演。どちらも邪魔せず、カキフライを引き立ててくれる。残り最後は、トドメとなるタルタル・レモン・ソースの三重奏。……やっぱり美味しい。

 最後に残っていたアラ汁を飲み干して、完食。

「……ごちそうさまでした」

 全て空になったお皿を前に、手を合わせて静かに呟く。本当に美味しかった。


「ありがとうございましたー」

 店員さんの挨拶を聞きながら、店を出る。腹も満たされ、心も満たされた。

 ……さて、午後もお仕事頑張りますか!

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