皆が一人。でも、独りではない。
北きつね
第1話
「今日もいつもの店に行くか・・・」
俺は、残業を終えて・・・。違うな。残業の
部屋がある駅までは、20分だが、心が休まる時間だ。朝日が、窓から差し込む。電車の揺れが眠気を誘う。
窓が少しだけ開けられた車内には、朝の冷たいが心地よい風が吹き込む。車内は、いつもと同じメンバーが揃っている。顔は知っているが、名前もどこに住んでいるのか、仕事は何をしているのか知らないが、よく知っている顔だ。
俺と同じように、徹夜状態で仕事していただろう者だけではなく、始発で出勤する者もいるだろう。素性は知らないが、同士に思えてしまう。
皆が一人だ。音楽を聞く者、本を読む者。電車に乗り込んですぐに寝てしまう者。皆が、一人だ。でも、なぜか電車の中に広がる空気は、独りを感じさせない。
電車が滑り込むように、最寄り駅のホームに停まった。
俺は、伸びをしてから、電車を降りる。俺が、この駅で降りることは、皆が把握しているのだろう。最近では、声は掛けないが目で礼をする程度にはなっている。誰かが、乗ってこないと心配になってしまうこともある。誰かを心配する必要などなかった。心配することで、”自分も心配されているのでは?”と考えてしまう。
電車を降りて、顔なじみになった駅員が居る改札を抜ける。
自動改札になってから、駅員とのコミュニケーションが減った。だが、朝の早い時間なら、駅員が挨拶をしてくれる。電車が遅れても、駅員に文句を言ったり、詰め寄ったりしようとは思えない。この改札を通り抜ける瞬間は、俺は駅員との確かな繋がりを持っている。彼も、一人で業務をこなしている。俺も一人だ。でも、独りではない。
駅舎を抜ける。ビルの一部になってしまっても、やはり”駅舎”だ。
バスのロータリーには、客待ちのタクシーと、始発のバスを待つ者たちが居る。彼らは、これから仕事なのだろうか?それとも、遊びに行くのだろうか?バスを待つ者たちもよく見ると、いつも似たようなメンツだ。彼らも、同じバスを待つ者たちを認識しているのだろうか?俺と、電車の中の者たちと同じように、一人で出勤や学校に通っているのだろうか?そして、独りでないことを感じているのだろうか?よく見ると、軽く会釈して後ろにならぶ人も居る。
俺は、ロータリーを抜けて、大通りに出る道を歩く、朝の早い時間だ。人は誰も居ない。時々、山から降りてきたのか、ハクビシンが餌を求めて彷徨っている。
この時間に食べられる店は少ない。朝からやっているソバ屋に向かう。いつもの店だ。朝食というか・・・。気分的には、夕飯なのだが、食事をしてから、一眠りする。昼前に起き出して、シャワーを浴びて仕事場に向かう。
ソバ屋までのいつもの道を歩く。
すれ違う人は居ない。目的の店の明かりが見えてくる。
店は、ソバ屋と言っているが、立ち食いのスタイルだ。
食券を買って、注文するスタイルだ。
店には、いつものように難しい表情をしたオヤジさんが居る。食べているメンツを見てもいつもと変わらない。
俺の定位置も空いている。券売機に、いつもと同じ440円を入れる。何回繰り返してきたのかわからない。毎回同じ動作だ。俺が、いつもの420円を入れるのを確認すると、オヤジさんが動き出す。もり蕎麦大盛りとコロッケといなり寿司だ。心配になるくらいに良心的な値段だ。
食券を、カウンターに置くと同時に料理が出てくる。”いつもの”で注文できれば常連だと聞いたことがあるが、この店は”いつもの”なんて声を出す必要がない。券売機に料金を入れた時点でオヤジが料理を作り始める。
ここでも、俺は一人でソバを啜って、コロッケを食べて、いなり寿司を頬張る。でも、独りではない。店には常連が居る。顔なじみだ。そして、オヤジにも確実に覚えてもらっている。
一言もしゃべる必要がない。食べ終わって、いつものように、返却場所に重ねておく、置く場所さえも毎回決まっている。常連だけなので、自然と決まってしまうのだ。
静かな店での食事を終えて、店を出る。オヤジには、手を上げて挨拶をする。オヤジも、何も言わないが解っている”また来い”と言ってくれている。
店を出ると、周りが少しだけ騒がしくなってくる。
道をトラックが走り始める。数分の違いしか無いが、この数分の違いがトラックの運転手には大きな違いになっているのだろう。運転席を見ると、一人で運転をしているトラックも居れば、同僚を載せているトラックも居る。
通り過ぎるトラックを見ながら、寝床に急ぐ。足は重く、睡魔が襲ってくる。食事をしたことで、睡魔の攻撃が激しくなってくる。道端で寝ていいと言われたら、間違いなく俺はこの場所を寝床に指定する。
部屋までは、5分程度だがその道程が遠い。極力、信号がない道を選んで移動する。
最後の角を曲がれば、俺が借りているマンションの入り口が見えてくる。
寝る場所だと割り切っている場所だ。ワンルームのマンションだ。このマンションにしたのは、安かったこともあるが、立地や条件が俺には丁度良かった。1階にコンビニが入っていることで、毛嫌いする人も居ると、仲介した不動産屋は言っていたが、俺は気にならない。2階の部屋だが、部屋に到着する頃には、睡魔はマックス状態だ。
コンビニには、いつもの店員が居る。
会釈をすると、会釈を返してくれる。一人で、レジに立つのは大変だろう。俺は、部屋にたどり着いた。部屋は、電子キーになっている。暗証番号と生体認証を行えば鍵が開けられる。物理的な鍵がないので、なくす心配がないのはありがたい。
鍵を開けると、ベッド以外には何も置かれていない部屋が飛び込んでくる。靴を脱いで、上着を脱いでズボンを脱ぎ捨てる。下着も脱いで、全裸で布団に横になる。そのまま、俺は目を閉じる。起きる時間は決まっている。いつものようにアラームが鳴るだろう。
俺は、一人の部屋で眠りにつく。一人なのに、不思議と独りを感じさせない空間だ。
コンビニの看板の明かりが、窓から差し込む朝日と一緒に部屋を照らす。横の道を走るトラックの音が心地よい。コンビニに立ち寄る学生なのか話し声が、俺を一人なのだとわからせる。俺は、この一人の部屋で独りを感じさせない騒がしい町が好きだ。
皆が一人。でも、独りではない。 北きつね @mnabe0709
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます