あしたも一人、でもわたしは独りじゃない。
金澤流都
サボテンと焦げた餃子
一人でいることは寂しいことでもみじめなことでもない。むしろそこにあるのは大きな自由だ。家族と暮らしていたころはもっと大きな賃貸の一戸建てで暮らしていたけれど、そこよりずいぶんと可愛らしいアパートがわたしだけのお城になった。
家族に「家の中が汚れる」と言われて、ずっと欲しかったけど諦めていた観葉植物や多肉植物を集めることもできる。
父さんのアレルギー体質で、たまに見かけるたび「ごめんね、連れて帰れないんだ」って思っていた子猫を拾ってきて、マスタツとヤスハルと名前をつけて、まとめてオーヤマブラザースと呼ぶこともできる。
母さんに「せっかくきれいな黒髪なのに切るなんてもったいない」と言われていた髪を、思い切って海外セレブみたいな坊主頭にすることもできる。
栄養がかたよるから、となかなか食べる機会のなかった菓子パンやカップ麺をガンガン食べることもできる。まあこれは飽きるからときどきだけど。
このぼろっちいわたしの城で、わたしは女王様だ。いやムチとろうそく的な意味でなく。そういう話をクラスのやつに言うと、「大丈夫? さみしくない?」と訊かれたけれど、ぜんぜんさみしくない。わたしはわたしの城の女王なのだから。
そりゃ最初は、高校生になったばかりで、一人暮らしするのに緊張したし、大家さんのおっかないおばあちゃんが苦手だったし、自炊もドキドキだった。それでも、慣れてしまえばどうということはない。テレビはないけどタブレットでニュースの配信やバラエティ番組や映画はいくらでも見られるし、お風呂はすごく狭いうえに古くてゲジゲジが出たりするけど好きな入浴剤をいくらでも入れられる。
一人は自由だ。それなりに面倒はあるけれど、ぜんぜん問題ない。
それをいまはクラスのみんなが知っているから、わたしの暮らしをからかうようなのはいない。だから平和に、学校のあとスーパーにふらっと寄って、夕飯の材料を仕入れて、城に戻る。部屋の鍵をがちゃがちゃがちゃーっと開けて中に入る。建付けがよくなくて、ドアはきしみがちだ。
「ただいまぁ」
そう言うと、この間拾ってきたマスタツとヤスハルが、二匹でなかよく昼寝しているところから顔だけ持ち上げてわたしを見た。おいおいお前らそれが拾ってやった人間への礼儀か。……なんて考えながら、キャットフードを皿にざらららーっと入れる。ちなみにマスタツとヤスハルを養うお金は、部活に入って部費が必要なのだとウソを家族に話して送ってもらっている。まあ、転勤が多いぶん、父さんの稼ぎは悪くないらしいので、これくらいのウソは許してもらえるだろう。
夕飯の支度をする。とりあえず冷凍餃子でいいか。冷凍餃子は偉大な発明だ。わたしみたいな料理の下手くそな人間でもおいしい餃子が作れる。古くなったタイマーをセットして、蓋をして焼く。その間にパックサラダを器にあけて、ドレッシングをかけ、冷蔵庫に入っているピクルスを添える。
そんなことをやっていると、ふいにスマホが鳴った。LINEの音声通話だ。出る。
「はーいもしもしー」
「久しぶり。元気だった?」
誰だろう。ちょっと考えて、中学の友達だと思いだす。中学を卒業するときにID教えたんだっけ。久しぶり、と返して、近況を話す。
「――ってなわけでさ、気ままな一人と猫二匹暮らししてる」
わたしがそういうと、電話の相手はアハハと笑って、
「わたしもね、高校でバレーボール部に入ったら寮にぶち込まれちゃった。寮ね、プライバシーもくそもないところでね、まあまあ最悪だよ」と答えた。
「寮だったら一人になれないね」
「うん。夕飯のあと少し自由時間があって、先輩たちがお風呂に入ってる間、好きなことしていいの。その間はみんなトイレから友達とLINEとかしてる。今、わたしも」
トイレ。そりゃずいぶんと極端なプライベートルームだ。
「……一人って、さみしくない?」と、中学の友達に尋ねられた。
「ううん。すっごく快適なソロライフ送ってる。一人でも独りぼっちじゃないよ。電話かけてきてくれる友達がいるんだもん」
「そっか、わたし寮暮らしで仲間がいっぱいいるはずなのにさ、すごく寂しくてさ」
「……寮って、どれくらいの私物持ち込めるの?」
「ゲーム機ぐらいなら。でもテレビは使えないからスイッチ一択かな。持ってないけど」
「……あのね、鉢植えとかおいてOKなら、うちのサボテン分けてあげよっか? ちょうど、根っこのあたりからぽこっと新しいのが生えてきてるの」
「え、サボテンとかすごくおしゃれ! そういうのいたらさみしくないかも。あ、そろそろお風呂の時間だ。サボテンの件、先生に訊いてまた連絡するね! それじゃね、また」
「うん。ばいばーい」
通話が切れた。
窓から外を見上げる。あいつ、頑張ってるんだな。
なにか忘れている気がして、一口だけのコンロを見る。フライパンから煙が上がっている。タイマーを見ると設定していないときの0の字すら出ていない。電池切れだ。フライパンのフタをあけてみると、冷凍餃子は真っ黒こげになっていた。
アハハハ、と笑って、炭同然の冷凍餃子を一個食べてみる。にっが。食べれたもんじゃない。諦めてサラダにハムをつけて、ご飯に生卵を落として食べることにした。ハムをよこせとやってくるオーヤマブラザースをかわしながら、雑な夕食を摂った。
たくさんの人と一緒に暮らしていても寂しいひとがいるのに、わたしはソロライフを満喫している。お得な体質だ。
何度でも言おう、わたしは一人だけれど、それをすごく満喫している。ソロライフが幸せすぎて、高校を出た後大学に行って東京で一人暮らしをしてもぜんぜんさみしくない自信がある。
タブレットでアベマの海外リアリティ番組を眺めていると、LINEがきた。サボテンの持ち込みOKが出たらしい。週末に会う約束をする。
充実のソロライフ。あしたも一人だけど、わたしは孤独じゃない。そんな風に思いながら、鉢からサボテン――とげがところどころにしか生えてないやつ――を引っこ抜いて、ちょっと雑にちっちゃいやつをひっぺがした。ちっちゃいサボテンは、いっちょまえに根っこを生やしていて、サボテンを買ったときのちっちゃい鉢に植えることにした。「サボテン 植え替え」とググると根っこを乾かさなきゃいけないらしいので、しばらくベランダに放置だ。
このサボテンは、家族と離れて寂しいのだろうか。それとも、わたしと同じく、充実のソロライフなんだろうか。あの子をよろしくね。サボテンにそう声をかけた。
あしたも一人、でもわたしは独りじゃない。 金澤流都 @kanezya
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