悪役令嬢ソロサイゼ飲み

春海水亭

酩酊最高

異世界モノといえば、大体が現代日本から向こう側の世界に行く話であるが、

異世界からの来訪者がこちら側の世界に訪れるという話も決して珍しくはない。

これもまた、そういう話である。


「異世界転移してまいましたわ」

東京都、某交差点。

かつて存在した、一つの塊のように蠢く人の群れは今となってはもう存在しない。

行き交う人々の数は少なく、その人々も互いに距離を開いていた。

その中心部に、一人の見目麗しい少女がいた。

上着として異世界よりもたらされし、純白の装束――Tシャツという。を纏い、

下半身はタイトなスキニージーンズで、脚の線を魅力的に魅せていた。

Tシャツの中央には異界の筆字で「邪」「悪」の二文字が描かれている。

その恐るべき文字が表すとおり、彼女は邪悪存在であった。

ドリンクバーだけで粘って、ファミレスの回転率を容赦なく下げ、

自分が食べたいものよりもクーポンが使えるかどうかを優先する。


「せっかく異世界来たんやし、サイゼでも行ったりますか」

その恐るべき悪意が、現代日本に向けられたのである。

彼女の名は、ミホス・アンカディーノ。

人は彼女のことを悪役令嬢と呼ぶ。


「いらっしゃいませ、お好きな席にどうぞ」

店員の声に軽く頭を下げ、ドリンクバー近くの4人がけテーブル席に1人で陣取る。

彼女に少人数向けテーブルを選ぶような殊勝さはない。

ランチタイムのピークを過ぎたまばらな店内である、

お好きな席を選べと言われたから彼女はお好きな席を選んだのである。


彼女が訪れたのは、

北は北海道から、南は熊本県まで、

日本の広域に展開するイタリアンレストラン、サイゼリヤであった。

サイゼリヤの特徴を端的に述べれば、安くて美味しいことである。

全体的にメニューが安い上、内容的にも豊富であるので、

時にはメインを変え、時にはサイドを変え、

あるいは何度でも同じメニューを頼んでも楽しい、素晴らしい店である。

とにかく安いので、

せっかくだから別の奴を頼んでみようかなという気分にさせてくれるのだ。


ミホスはメニューをザッと眺め、

そして、あるものに着目した。


(グラスワイン、100円……デカンタ250円……ストゼロは350円やのに!?)


サイゼリヤのワインは安い。

ガストに匹敵するといえば、その凄まじさがわかっていただけるだろう。


(セットドリンクバーが200円……つまり、ワインをドリンクで水増しすれば……)


ファミリーレストランで飲む上での最大の利点。

それはドリンクバーの存在である。

とにかく、酔っ払いたい層にとってドリンクバーとは、

味のついた酒を増やせる永久機関。現代の賢者の石である。


そして、サイゼリヤは本格的なイタリア料理が安価で提供されている。

その全てがおつまみとして生贄の祭壇に昇る子羊になりうるのだ。


(……愚かですわ、サイゼはん。

 時間を持て余した大学生が昼間っから酒を飲むとこ見せつけたりまっせええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!)


心の中で叫び、ミホスは注文票にサラサラと奇妙な暗号を書いていく。

現在のサイゼリヤは注文票に注文したいメニューの番号を記入し、

呼び鈴を押して、その紙を店員に渡すシステムとなっている。


「デカンタ赤、ドリンクバー、フレッシュチーズとトマトのサラダ、

 ポップコーンシュリンプ、パンチェッタのピザでよろしかったでしょうか」

「ええですわ」


番号を読み取って、店員が注文を繰り返している。

ミホスは、

店員が番号に対応したメニューを全て暗記しているものだと思っているが、

機械に番号を打ち込むと、

そのメニュー名が出てくるシステムなのではないかと思われる。


しばらくして、運ばれてきたデカンタの赤ワインを、ミホスは一口口に含む。

(うん……アルコールですわ!)

ミホスに酒の味はわからぬ。

わかるのは、苦いか、甘いか、酸っぱいか、酔うか、それぐらいだ。

(さて……ほんなら、やったりますわ!)


ミホスはデカンタを傾け、ドリンクバー用のグラスを1/3ほど満たした。

そして、ドリンクバーで赤ワインに注ぐのは白ぶどうジュース、そして氷である。


ワインの味が薄まるとかなんとかで、ワインに氷を入れるのは良くないらしい。

だが、ミホスにそのようなことは関係ないし、

サイゼリヤのワインも氷を入れてもいい感じになるように作られているらしい。

実際、どうなんでしょうね。


(初めて、ワインを飲んだ時……なんだこのクソぶどう野郎……と思いましたわ。

 ですが、こうやって本物のぶどうジュースを注いでしまえば……)


白ぶどうジュースのまろやかさが、赤ワインの濃い風味を調和し、

アルコールの燃えるような熱さはそのままに、喉をするすると通っていく。


(ざまぁねぇですわね!次はオレンジジュースと混ぜたりますわ!ギャハハ!!)


この場に、赤ワインを救うものはいない。

いや、当のサイゼリヤですらワインとドリンクバーでのカクテルを推奨し、

簡易なレシピすら置いているのだ。

憐れなる赤ワイン。

最早、彼に自己同一性は無く、ただ客を楽しませるためだけに存在するのだ。


「フレッシュチーズとトマトのサラダです」

「まいど」

フレッシュチーズとは、モッツァレラチーズのことではないのか、

そこのところは実際不明である。

フレッシュの名に恥じぬ臭みの少ないチーズと新鮮なトマトの組み合わせが嬉しい。

サラダというサラダを小馬鹿にしているミホスであったが、

こういうサラダは、せっかくなので頼むタイプである。


「おまたせしました、ポップコーンシュリンプとパンチェッタのピザです」

「おおきに」

最早赤ワインと言うのもおこがましいアルコールジュースであった。

そんな飲料にミホスが舌鼓を打っていると、注文したメニューが運ばれてくる。


ポップコーンシュリンプ――小エビの揚げ物に、

パンチェッタのピザ――肉の乗ったピザである。


揚げ物といえば、衣のサクサク感をイメージされる方も多いであろうが、

ポップコーンシュリンプの衣はむしろ柔らかで、

その中に海老の旨味をどっしりと閉じ込めている。

そして、パンチェッタのピザ――パンチェッタはおそらく、ハム的な肉。美味しい。


「ポップコーンシュリンプ、仄かな塩味が美味しいですわ。

 そして、パンチェッタのピザ……当然、美味しいですわ。肉は美味い」

複数人のサイゼ飲みでの魅力は、

サイゼリヤの豊富なメニューをシェア出来ることであるが、

では一人呑みの魅力といえば、やはり料理を独り占めできることである。

サイゼリヤのピザは4~500円と値段的にはかなり安いが、

それに反して、ボリューミーなサイズである。

子供の頃の夢であるピザの独り占めにかなり近い。


「サラダ、酒、肉、酒、海老、肉、海老、酒、肉……おっと」

フィボナッチ数列のように、注文したメニューを貪っていると、

気づけば、ポップコーンシュリンプとパンチェッタのピザを食べ尽くしていた。

しかし、ワインには大分余裕がある

酔いを長持ちさせるために、ワインはちびちびと飲む。それがミホスである。


(ガーリックトースト……お願いしますわ!)

心の中で注文を唱え、ミホスは注文票に番号を記入し、呼び鈴を鳴らす。

酒が入っていると、口に出してメニューを注文したくなるタイプである。

勿論、ミホスは酒を飲んでいても理性は働くタイプであるし、

二十歳超えて正当な理由で怒られたくない悪役令嬢であった。


「おまたせしましたぁー」

「わーい」


サイゼリヤのガーリックトーストは、フルサイズのフランスパンが来襲る。

ナイフとフォークなど使わない、ミホスは先っぽから齧りついていく。

ニンニクの風味と、絶妙な焼き加減。

フランスパンと言えば、硬いものであるが硬過ぎはしないのだ。

絶妙なカリカリ感が嬉しい。そして美味しい。


(たまりまへんわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!)


酒、ガーリックトースト、酒、酒、ガーリックトースト。

ガーリックトーストは主食の部類であるが、

こと酒と絡ませれば、酩酊の夢幻世界へと誘う主菜の如くに振る舞う。

全員が主菜、全員がおつまみ、全員がチート、

サイゼリヤのメニューこそが最強であることに間違いはないだろう。


ガーリックトーストで酒は呑み尽くした。

それでも、まだ腹に余裕はある。


(デザートは勿論……)

「プリンとティラミスクラシコの盛り合わせでよろしかったでしょうか」

「ですわ」


サイゼリヤのプリンは若干硬く、ティラミスクラシコは柔らかい。

少し前まで、サイゼリヤのティラミスはアイスよろしく硬かった気がするが、

いつの間にか、柔らかくなってしまった。

おそらく、時の流れがティラミスを柔らかく変えたのだろう。

そういうことは誰にでもある。悪役令嬢にだってある。


「ごちそうさまでした……」

今回自分が頼んだメニューはサイゼリヤのほんの一部である。

偶発的に辿り着いた異世界であったが、

この味を知ってしまえば、如何なる犠牲を払ってでも、異世界に行くだろう。

例え、それが最愛の人を失うことになったとしても。


ミホスはレジに向かい、呼び鈴を押した。

ミホスは異世界人であるが、魔導スマートフォンには電子マネーがあるし、

異世界でも使えるクレジットカードを数枚持っている。

登録の特典につられて、いらないカードでもついつい作ってしまうのだ。


「当店は現金しか使えませんが」

「実家、異世界なんで、皿洗いで支払いの代わりに出来ないですかね」


サイゼリヤは、現金しか対応していない店も多い。

気をつけよう。


追記

4月9日をもってサイゼリヤ全店でのキャッシュレス決済導入が完了したため、

現金を持たなくても支払いは行えるようになった。

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悪役令嬢ソロサイゼ飲み 春海水亭 @teasugar3g

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