花舞う季節も、これから先も

熊坂藤茉

隣でタオルを差し出すだけの幸せなお仕事

「うっ……うえ、ぶええぇえ……」


 べしょべしょと泣きながらそれをぬぐう事すら出来ない程に身動きが取れなくなってる彼女に小さく溜息を吐き、そっと鞄からタオルを取って差し出した。

「そろそろ泣き止みましょうよ。はい、鼻かめますか?」


 ぶっ、びえ、ずべべべべー!


「……うえっ、うえぇえええん……」

「当面駄目そうですね、これは」

 やれやれと肩をすくめる。今日は彼女の勤務先の卒業式。毎年恒例の事とはいえ、いつも通りのぐちゃぐちゃな泣き顔だ。……まあ、毎度それにちょっとドキドキしてしまう自分も大概なのだけれど。


「……ぎょ、ぎょうのじぎでね? みんながね?」

「ああ、少し待って下さい。泣きすぎて喉も目も痛いでしょうから和らげてからにしましょう」

 用意しておいた蒸しタオルと剥き蜜柑を手渡せば、こくりと頷きながら受け取り目元に載せたりぱくついたりと、ちまちませわしなく動いている。可愛いな……。

「――それで、今日の式でみんながね?」

「はい」

 どうにか回復したらしい彼女が、目線を合わせて話し始める。目元がまだ少し腫れぼったいのが痛々しいが、悪い理由での号泣ではないのだから、仕方ないと諦めよう。

「〝せんせーにもお裾分け!〟って、寄せ書きと一緒にお花くれ、くれでぇええええええ」

「あー、やっぱり当面駄目ですねえホント」

 どうも今の彼女は教え子達の優しさや尊さで、余程脳がやられているらしい。こうなると復活までの時間は相当掛かりそうだ。

「だっで、だっでざぁああああ!」

「お花も寄せ書きも毎年の事ではありますけどね。……それでも、毎年教え子達が輝きながら巣立っていくのが嬉しいんでしょう? 〝先生あなた〟は」

「ずべ……うん。見送るのは寂しいし怖いししんどいけど、でもきらきらして前に進んでくあの子達の笑顔が、後ちょこっとだけ泣いちゃってたりするのが、本当に、びえ、ふえぇええええええ……」

 幾度目かの泣き出しに合わせてよしよしと頭を撫でてやれば、彼女がぽすりと身を預けて腕の中に収まってくれる。おや、これは役得。

 そのままの姿勢でぽんぽんと背中を軽く叩くと、少し恥ずかしそうな顔で遠慮がちに頬をすり寄せて来た。もしや今日が自分の命日なのでは?

「……それでね?」

「ええ」

「……〝式はやらないって聞いたから、このお花をブーケの代わりにして旦那さんと仲良く楽しんでね〟って」

「ああ……」

 そういう事かと納得する。彼女――教職に就く最愛の人――と自分は、書類を提出するだけの形で少し前に結婚をした。旅行くらいはもう少し落ち着いてから行く予定だけれども、互いに親族は儚くなっているし、式を挙げる予算でいい旅行をしようという方向で決めているのだ。

「いい教え子の皆さんですね」

「ぞぶだんだびょぉおおおおお!!!!!」

「泣き具合がどんどんカオスになっているなあ……」

 つい苦笑してしまうが、確かに大切な人からそんな祝われ方をされれば、嬉しさで情緒がめちゃめちゃになるだろう。加えて彼女は感受性が大変豊かで、情緒がめしゃめしゃになりやすいタチだった。この状況は自明の理である。


「アタシの教え子尊すぎでは……? 推ししかいねえ……」

「推しだらけで大勝利じゃないですか。お祝いに今日はカツ丼食べます?」

「あ、食べるー」

 にぱ、とつぼみがほころぶように彼女が笑う。あ、可愛い。


「…………」

「あれ、どしたの?」

「ああいえ、ちょっと迷いまして」

 不思議そうにこちらを覗き込む彼女から少しばかり視線を逸らす。赤みの差した頬がバレていないかだけが心配だ。

「何? ソースカツ丼か卵とじカツ丼かで?」

「いえ、それもまあ迷うところではありますが」

 うーむ、と悩むような仕草を見せてから、彼女の頬を両手でそっと包み込む。


「〝自分の最推しで最高に尊みを感じるのは貴女ですけどね〟って伝え方と、〝そんな貴女をめちゃめちゃ愛してますよ〟って伝え方のどちらがいいかなあ、と」


 そう告げて、彼女の額に口付けを落とす。それに硬直した彼女が真っ赤な顔で再起動するまで、後数秒――。

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花舞う季節も、これから先も 熊坂藤茉 @tohma_k

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