尊いお方

豊科奈義

尊いお方

「うぅ……。寒い」


 白く凍った地面の上を、男が歩いていた。彼は灰色のニット帽を目元まで深く被り、毛皮のコートを纏い厚底の革靴を履いている。


 そして彼は教会へ向かう道中、女性二人が会話しているのを目撃した。


「ねぇ、聞いた? また吹雪いたんですって」

「もう一月以上隊商が来てないわ」

「でも、いきなり大勢来られても困るわよね。ここみたいな1000人もいない小さい街じゃ老若男女問わず農業か漁業しかわからないのだし、都会人をもてなすことなんてできないわ」

「それもそうね」


 なぜこんな寒い場所で談笑などできるのだろうと思いつつ、彼は教会へと急ぐ。そして、一つの他とは異なる異質な建造物を見上げた。真っ白な教会である。


 真っ白な建物は、吹雪いたときに家が見えなくなるというで敬遠されている。また、建物の多くが高床式であるが、教会は地面に直接建てられているのだ。けれども、その教会は街の中で一番多くの人たちに愛されている建造物でもあった。


 教会の中では、用意されている椅子だけでは全員が座れないほどに多くの信徒がいた。だが、決して誰もことを荒らげずに目を瞑り両手を胸の前で握り祈りを捧げている。男性もこの群衆の中へと混じり、彼ら同様に祈りを捧げる。


 そんな中、祭壇に一人の人物が壇上した。祭服を身に纏った高齢の男性聖職者。彼は祭壇の前にゆっくりと立つと、信徒と同じように目を瞑り両手を胸の前で握る。そして、壇上に飾ってある至尊たる神の絵画に向かって祈りを捧げた。


 そんな時のことだ。教会の中を照らすランプが小刻みに震え始めた。そして、ふと大地が大きく揺れた。


 教会の外にいた人たちは大パニックとなり、叫び声が教会内にも響いてくる。それを受け心を落ち着かせる場所であるはずの教会でさえも、一部の信徒は感じたことのない揺れに驚き、恐怖し、足が竦んでいる。敬虔な信徒でも、怖いものは怖いのだ。


 だが、聖職者は動揺一つせずゆっくりと目を開いた後不安が広がる信徒の方へと振り返った。


「信徒たちよ。決して恐れることはない。ここは神の御前。いかなる場合においても、敬虔なる信徒は尊き神によって守られるのだ」


 聖職者はなにも臆することなく祭壇を下りる。聖職者は群衆の中を通りるが、信徒は皆聖職者のために道を開けた。


 聖職者が教会を出ると、そこには多くの人々が喚きながら逃げ惑っていた。

 聖職者はそんな彼らを観察し、人々が逃げてくる方向へと視線を向ける。数百メートルはあるであろう、道の先をいたもの。それは人の身長の二倍はあろうかと思われる猪だった。だが、ただの猪ではない。目を真っ赤にし人を見つけ次第風を切るようなスピードで突進しているのだ。


「助けてくれぇ!」


 猪に追いかけ回されている人間は必死に逃げているも、猪の方が速く追いつかれるのも時間の問題だった。


 聖職者は、すぐに右手を猪の方へと向ける。だが、聖職者の目は決して怖気づいてはいない。堂々と猪を迎え撃つ覚悟をした目であった。

 そして、右手に手のひらサイズの紫色の魔法陣が展開する。そして猪目掛けて魔法を放った。手のひらほどの小さな玉が射出され、猪が人間に今まさに襲おうとしている瞬間、玉が猪に当たった。

 その瞬間、猪は勢いを保ったまま横へとそれ藻掻き苦しみ始めた。必死に全身をジダバタさせ、その苦しみようが一目瞭然だった。


「帰れ、おまえの居場所はここではない」


 その瞬間猪は藻掻くのを止め、猪の手足は一瞬脱力し動かなくなった。瞳の色も赤色から黒色へと戻る。

 そして、再び立ち上がった猪は何者かに操られているように暴れることはなくただ黙々と街から離れていった。

 それを見届けた聖職者は立ち去ろうと踵を返す。だが、そこにいたのは大勢の群衆だった。


「……すごい」


 そう呟いたのは、先程猪に襲われかけていて群衆に混じっていた人だった。


「……。何、我に神がお力添えをしてくれたまでのこと。感謝するなら神に祈りを捧げよ」


 神の御業という発言を受け、その人は考えた。


「……。わかりました。入信させてください!」


 その人が入信を希望した瞬間、その様子を見ていた他の人たちも入信してくれとせがんで来た。


「そうか、良い心がけだ。神の教えはたった一つ。至尊の存在である神を崇め奉り、日々神に祈りを捧げること。以上」


 その時、多くの新しい信徒たちがその聖職者、そして神に感謝した。



 一方の崇拝されている神は、自分を崇めるために教会が非常に密集している街の様子を眺めていた。自分が崇められているのは決して嫌なわけではないが、別に面白いわけではない。


「はぁ~。つまんな」


 そう言って神はパソコンで動画サイトを開いた。そして、マイページに飛ぶ。


「おっ!? コラボ配信……だと?」


 自分を崇め奉る世界のことなどすっかり忘れ、反射的にその配信画面へと飛ぶ。そこに映っていたのは、二人のVtuberだった。


「良い……すごく良い……」


 そう言って神は『てぇてぇ』とコメントするのだった。

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尊いお方 豊科奈義 @yaki-hiyashi-udonn

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