キャラクタに生命を吹き込む。

月夜桜

オーディション

 ある日、SNSでエゴサしているとこんな投稿を発見した。


『私、小心者だからツキヨミ先生をメンション出来ない……っ

 だから届け、私のイラストっ!』


 エゴサ項目は僕のハンドルネームと作品名、そしてその略称。

 だからこうして見つけるのは簡単だった。

 この絵は──六巻目の水着会かな? ここは文章だけだったのに、イメージ通りだ。ふふ、とても可愛い。

 おっと、そうだそうだ。

 いいねを付けて、返信っと。


『とても可愛らしいアリシアちゃんのファンアート、ありがとうございますっ! メインヒロインなのに、まだまだ謎の多い彼女ですが……作者とはとても仲良くしています。ええ。他の子は……しくしく……。という冗談は置いといて、このイラストを近況報告にて紹介させていただくことは可能でしょうか?』


 送信っと。

 さてさて、こんなイラストを描かれてしまってはSSを描かなければなるまい。

 その前に、ハルにチャットを飛ばして──『ごめん、ちょっと執筆の優先順位変える』


 直ぐに返信。


『またファンアのお返しにSS?』

『そそ。これ見てこれ』


 先程の投稿のURLをハルに送り、SSの構成を練り始める。

 むむぅ……アリシアの過去……は、少し暗いし。あっ、そうだ。IFの世界線にしようか。

 題材は、もし、アリシアが勝負に勝っていたら。

 これなら、物語に影響もない。


『わぁ、凄い綺麗な配色。私とは全然違う。これもいい。とてもいいセンスをしてる』

『ハルがここまで手放しに褒めるのは珍しいな』

『だって本当に上手なんだもん』

『確かにな。っと、返信が来た』


 えーっと、どれどれ。


『あ、ありがとうございますっ!! どうぞ自由に使ってください!!』

『ご快諾、ありがとうございます! 今、アリシアちゃんのSSを書いているので、お楽しみに! 尊死する読者様が多発するでしょうが……頑張ってください♪ それはそうと、Webと書籍、両方でイラストを描いてくださっているハルミヤ先生にお見せしたところ、手放しに褒めていました。あの人が他人のイラストを褒めるのって、とても珍しいんですよ?』


 そう返信を返すと、すぐさまにメンションが飛んでくる。……と言うよりかは──


『ハル、何してるの?』

『キミが恥ずかしいこと言うから否定しに来た』


 ハルが返信欄に出現し、カオスの様相を呈していた。


『ふぁぁぁぁ~!! ハルミヤ先生まで来てくださるなんて!』

『私はツキヨミ先生が何やらよからぬ噂をしている気配を感じて来ただけ。──本当に綺麗なイラスト。アリシアはヒロイン力がカンストしてるから、尊いイラストが描きやすい子なんだけれど、このイラストはその尊さを更に引き出してる。私からも、この子のイラストを描いてくれて、本当にありがとう』

『二人とも、僕を除け者にしようとしてますね? まぁ、あと五十分で書き終わるのでいいんですよ? あと、もう遅い時間なので、身体に気を付けて、夜更かしも程々にしてくださいね。では、僕はこれで失礼します』


 さて、五十分で仕上げると公言したし、急いで書かないとね!


 ☆★☆★☆


 五十分後、僕は書き上げた。大量の砂糖を吐き出す話を!

 うむ。投稿して、近況報告を書いて、寝よう。

 明日は僕のメディアミックスの声優オーディションがあるからね。

 さて、アリシアちゃんの声を再現出来る人は来るのかな? 楽しみだ。


 ☆★☆★☆


 都内某所


「長谷川さん、おはようございます」

「おはよう、ツキヨミ先生」

「今日のオーディション、何人ぐらい残って──」

「聞きたいか?」


 どこか、聞いてはいけないような雰囲気を感じて首を横に振る。

 どうせすぐに分かることだしね。

 そしてオーディションが始まった。

 実は、主人公に関してはこちらから既にオファーを出しており、相手からも了承を得ている。

 僕達が決めないといけないのは、ヒロインを含めた他の子達だ。

 とは言っても、これは三次選考──と言うか、最終選考でかなり絞り込んでいるとの話だ。


「えーっと、それでは、最後の方、お願いします」

「はいっ!」


 ピンク髪の──十三、四歳くらいだろうか。背の小さな少女が元気よく立ち上がる。


「エントリー番号、二十三番。MLエンターテインメント所属、桐谷瑚乃香きりたにこのかです! よろしくお願いします!」

「はい、よろしくお願いしますね。それでは、どうぞ」


 演者の容姿に釣られないように目を瞑り、耳に意識を集中させる。

 思い浮かべるはヒロインのアリシア。

 あの子が喋るとどんな声になるのか──と言うよりは、僕の中ではいつも喋っている。その声がこの耳で聞けるかどうかが重要だ。


「あ、あの、ユースケ……さん?」


 ──っ!?

 身体が震えた。

 それは、僕の中で喋っているアリシアそのもの。

 尊さの権化と言っていいほどのアリシアがそこにいた。

 僕のイメージをここまで再現してくるなんて……っ!!

 この子が、この子こそが僕の子に本当の意味で生命を吹き込んでくれる子……っ!!

 最後まで生命を吹き込んだ彼女は、ゆっくりと緊張を解いていく。


「ありがとうございました!」

「……はい、ありがとうございます」

「ツキヨミ先生?」


 長谷川さんが顔を覗き込んでくる。


「泣いている、のか?」


 あっ、気付かないうちに涙が零れ落ちていたようだ。


「……失礼。もう大丈夫です。審査員の皆さん」


 僕の言葉に他の審査員の方々がこちらを見てくる。


「このまま残ってください。決定事項があります。皆さん、本日はありがとうございました。結果は後日、所属事務所かフリーランスの方は指定住所へと送付させていただきます」


 うん、うん。皆さん、元気よく挨拶をして偉いですね。

 好印象ですが、すみません。この時点で誰にするか、僕の中では決まっているんです。

 全員が退出したあと、横一列に並べていた机を話しやすい形に移動させる。


「皆さん、本当は本当にありがとうございました。多分、先程の反応で分かったかもしれませんが、既に決めています」


 その続きを促すようにこちらを見てくる。

 ならば発表してやろう。僕の子に生命を吹き込んでくれる、声優さんを。


「僕は、桐谷瑚乃香さん一択だと思います。というか、彼女以外有り得ないです」

「それはまた、何故?」

「そんなの、僕が──僕の中で喋っているアリシアそのものの声なんですよ? 実は今回、台本に関しては少しだけ細工をさせていただいています。と言っても簡単なレトリックです。あの台本だけでは、キャラクターの全てを引き出すことが出来ないようにしているんです。ですが、彼女はその全てを引き出した。あそこまで作品への愛が詰まった演技をされて、落とすなんて出来ません。……それに、最低条件である声の演技が上手い、もクリアしていますしね」


 僕の言葉を噛み砕くように頷く彼ら。


「実は私もメインヒロインに関しては、桐谷瑚乃香さん一択だと思っていました」


 演出監督のその言葉で全てが決まった。

 メインヒロインから他の子達まで全てを決め、結果は翌日発送。

 無事に、メインヒロインの声優が桐谷瑚乃香さんになった。

 余談であるが、この前アリシアのファンアートをくれた子が桐谷瑚乃香さんだったのはアニメ放映が終わり、一年後の公開ラジオ収録で明かされたのであるが、それはまた別のお話。

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キャラクタに生命を吹き込む。 月夜桜 @sakura_tuskiyo

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