守りたいモノ

さかたいった

森の中で

 暖かな木漏れ日。穏やかな風。しかしそれは観測可能なただのデータにすぎない。

 E9Qは基地周辺の巡回を行っていた。

 剥き出しの金属ボディ。二足歩行のロボット。E9Qは無機質な機械音を発しながら森の中を移動していた。どんぐりをかじっていたリスが気配を察し素早く逃げていく。

 E9Qがパトロールを終え基地に帰還しようとすると、生き物の甲高い声が聴こえた。

 声のしたほうへ進むと、前方の木の下に人間の赤ん坊を見つけた。顔を歪ませて泣いている。

 E9Qはすかさず射撃体勢をとった。人間はロボットたちの敵だ。

 周囲に危険がないことを確認してから、E9Qは赤ん坊に近づいていく。

 E9Qが自分に害を為す存在だと気づかないのか、赤ん坊は無防備に体を晒している。

 赤ん坊は泣き止まない。

 柔らかく、ほんの軽い衝撃で壊れてしまいそうな体。自分では何もできない、生きる術を持たない、その脆弱な姿。

 気づけばE9Qは両手に赤ん坊を抱きかかえていた。

 目もろくに開いていない赤ん坊。腕の中のそれはなぜだか泣き止んでいる。安心したような表情を浮かべて。

 禁じられている行為だと知りながら、E9Qは人間の赤ん坊を基地に連れて帰った。

 赤ん坊を抱きながら仲間たちのいる部屋に入ると、警戒したロボットたちが一斉に武器を構えた。

「E9Q。それは何だ?」部屋の一番奥にいる、隊長が尋ねた。

「人間の赤ん坊です」E9Qは答える。

「人間は我々の敵だ」

「知っています」

「今すぐ処分しろ」

「……」

「聞いているのか? 隊長命令だ」

 赤ん坊が泣き出した。周囲の仲間の警戒心が増す。

「すみません。オレはこれを森で拾いました。そこへ戻してきます」

「なぜ?」

「この人間の赤ん坊が我々に危害を加える存在とは思えません」

「そいつは人間だ」

 近くにいるロボットが赤ん坊に銃を近づけた。

「やめろ!」

 E9Qは叫んだ。部屋の入口に移動し、隊長のほうを振り返る。

 隊長はただ機械の無機質な顔を向けていた。


 E9Qは森の入り口までやってきた。腕に抱いた赤ん坊は泣き止み、眠っている。

 E9Qは地面にそっと赤ん坊を置いた。しばらく観察してから後ろを向き、その場をあとにする。

 するとそれを見計らったかのように赤ん坊が泣き出した。

 E9Qは足を止め、悩んだ末に赤ん坊を振り返った。

 赤ん坊は助けを求めていた。



 赤ん坊はロボットたちの基地で暮らすようになった。

 不思議だ。初めは嫌悪と敵意剥き出しだったロボットたちだが、今では事あるごとに赤ん坊のもとを訪れ構ってくる。

 E9Qは赤ん坊に名前をつけることにした。

「そうだな。お前の名前は、リオンだ」

 リオンと呼ばれた赤ん坊は、ただ不思議そうにE9Qを見つめていた。



 リオンは少しずつ大きくなった。

 リオンが基地に来てから三年の歳月が経ったある日。

 E9Qはリオンとともにパトロールという名目の散歩に出かけていた。

 リオンは白い蝶々を追いかけて、草原をよちよち歩き回っている。

 その光景を眺めるE9Qは、自分の内に窺い知れぬエネルギーが湧いていることに気づいた。

 これは一体何だ? 機体の故障だろうか? 基地に戻ったら油を差したほうがいいかもしれない。

 E9Qが自分に発生した不可解な現象を分析していると、リオンが近づいてきた。手に持った何かをE9Qに差し出している。

 それは、石だった。どこにでも落ちていそうな、ただの平たい石だ。

 リオンは石を持ちながら、期待のこもった顔をE9Qに向けている。

 E9Qはその石を受け取った。

 リオンはまたその辺りを歩き回り始めた。

 E9Qは手の中にある石を見つめる。

 また、E9Qの中にある何かが変化した。



「人間が攻めてきたぞ!」

 爆音と地面の揺れ。

 建物の崩れる音。

 武器を所持したロボットたちが基地の通路を駆け抜けていく。

「リオンを守れ!」

 隊長が叫んだ。

「絶対に守り抜け!」

 ロボットたちは戦った。

 爆破され、次々と破壊されていく。

 それでも誰もが立ちはだかった。

 E9Qは体の中心、胸の辺りに以前リオンからもらった石を接着していた。何の機能も持たない、ただの石をだ。

 ロボットたちはリオンのために戦った。リオンを守るために戦った。

 それは命令ではない。理由もわからない。だけどリオンを守りたかった。

 E9Qは、片足が吹き飛んでも、両腕がもげても、戦い続けた。目に見えない内なる何かに従って。体の機能が完全に停止する、その瞬間まで。

 ロボットたちは戦いに敗北した。

 けれど、彼らは確実に何かを残した。

 彼らは最後までその信条に従い、生き抜いた。



 月日は流れた。

 暖かな日差し。穏やかな風。

 大地の鼓動。草木の香り。

 一人の少年が、小高い丘の上にいた。

 少年の周りには多くの岩が地面に建つようにして散らばっている。

 少年はその一つ一つに花を手向けていった。

 最後の一つ。その岩の上には、平たい石がのっていた。傷だらけで、焦げたような痕もある、ただの石だ。

 さっと風が吹き抜ける。草木が揺れ、寂しげに音色を奏でた。

 少年は空を見上げる。

 風にのった一枚の花弁が舞い上がり、青い空へと昇っていった。

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守りたいモノ さかたいった @chocoblack

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