異世界探偵による異世界倒叙ミステリ

人生

 我が主よ、迷えるスケープゴートに祝福を




「第二王子アンヘル様にお目通り願いたいのだが」


 勇者の末裔である第一王子の死を解決するため、女神がこの世界に遣わしたという名探偵なる男・シガナイ――彼が執務室にやってきたのは、とある静かな夜のことである。


「何用だ。アンヘル様は今、お忙しい。用があるなら明日に――」


「王子が死に、巷では魔王復活の噂が囁かれている。この状況に対処すべき王は錯乱して臥せ、今やこの国の行く末は第二王子の手にかかっている――ならば、女神に呼び出されたこの私が挨拶をしない訳にはいかないだろう」


 慇懃無礼な男である。


 この男の目には、私に対する疑念を感じる。


 王子の死が人為的なものであると探偵は疑っているようだ。

 魔物が溢れる『魔王の迷宮』に赴くという成人の儀の途中で死んだ第一王子。聞けば魔物による攻撃で負傷し、同行した僧侶が回復魔法に尽力したにもかかわらず、王子は死亡した――それは事故だというのに、この男、何やら政権奪取を狙った第二王子派の陰謀ではないかと疑っているらしい。


 確かに第二王子の周りには王に対する反抗心を抱く、野心強き者たちが多い。

 王と側室のあいだの子である第二王子アンヘル様はいわば、国家転覆を狙う者たちにとって大義名分を与える存在だ。王と第一王子を葬り、第二王子を自分たちの新王として立てる――そのための道具。


 しかし、それこそまさに国王の狙いなのである。

 自身に反感を抱く輩を集めるための誘蛾灯、それが国王が第二王子をつくった理由――しかる後、反逆罪を押し付けて不敬な者どもを始末するための装置に過ぎない。


 そうした事情をどこまで承知しているのかは知らないが、探偵は第一王子の死、国王の乱心といったここ近日の不祥事で一番利を得るのはアンヘル様ではないかと推測を立てているようだ。


 そして――アンヘル様の腹心であるこの私、ルシウスに嫌疑を向けている。


 ……この探偵なる男、早々に始末しなければならない。


 思えば王子の他殺説、魔王復活の予兆ではないかと吹聴し始めたのはこの男である。この男が今のこの国の混沌をもたらした元凶といっても差し支えない。


 この男を――それこそ魔王の遣いとして処刑できれば、国に平穏が戻るだろう。

 今この国には、民の不安を和らげる光が必要なのだ。


 しかし――


「お願いです、探偵さまから大事なお話があるのです……!」


 探偵の後ろから顔を出す、小柄な少女。女神を祀る神殿から派遣された巫女見習いだ。


 探偵の背後には神殿、ひいては女神ルミノスがいる。その信仰はこの国全体に及ぶものだ。迂闊に手を出すことはかなわない――魔王の遣いとして始末するには無理があるか。


「どうしたルシウス」


 と、私の様子をいぶかしんだか、執務室にいた第二王子アンヘル様が姿を現した。


「いえ――この者がアンヘル様にお目通りを、と」


「わたしに客――、探偵殿――」


「どうも、第二王子殿。早速で悪いが、私はすぐにでも殺人現場――『魔王の迷宮』に向かいたい。そのため必要な装備と、護衛となる騎士団を数名借り受けたいのだが。なにせ、私には戦闘力などないからな。魔物に出遭えばひとたまりもない。それから、この世界には回復薬ポーションなるものがあるのだろう? 僧侶はアテにならんからな、それを大量に持っていきたい」


 まったくもって無礼な男である。


「しかし、探偵殿……カイニス兄様の死は、魔王復活の予兆だという結論が出たのではないですか……?」


「あぁ、だが思えば私はまだ現場を見ていない。第一王子の遺体は確認したが、回復魔法によって傷は癒えていて何も得られるものはなかった。きれいな死体からだだったよ。しかし、現場を見ればまた何か違う発想が得られるかもしれないと思い立ってな。具体的な現場は知れなくても、勇者の末裔を殺した魔物はんにんというものを一度この目で見たい」


 明日にしようとお止めしたのですが……、と巫女見習いが申し訳なさそうにしている。


 しかし、これは好機だ。

 騎士団には私の――第二王子に与する臣下の息がかかった者たちがいる。彼らに同行させ、探偵の暗殺を任せよう。


 異世界から来た人間など、この世界には不要だ。


「そうですか……。ではルシウス、手配を頼めるか?」


 アンヘル様に告げられ、私は内心ほくそ笑む。これで計画は進む。


「ところで、一つ訊ねるが」


 探偵が言う。


「第一王子一行が迷宮に踏み込んだ際、その装備などの準備をしたのはお前か、政務官ルシウス」


「……そうだが?」


 まだ幼いアンヘル様に代わり、王国の政務のほとんどを担うことになった私を、この探偵は疑っているのだろう。


「王子殿下には回復薬も持参させたのか? 僧侶が傷を癒せずとも、それを使えば体力は回復できるはずだ。不思議なことに傷も少し治癒するのだろう、その回復薬とやらは。血液に混ざり、止血効果を生むとか」


「……そうだな。回復薬は持たせた」


 負傷した王子は恐らく、探索の後半に備えて僧侶の魔力を温存すべく、回復薬で傷を癒したはずだ。



 ――それに毒が入っているとも知らずに。



「もしもその回復薬に毒が入っていれば、それは誰にも気付かれることなく王子の身を蝕んだろうな」



 ……この男、やはり――


「探偵殿、何を仰っているのですか……!?」


「簡単な話だ。回復薬に毒を混ぜれば、王子を殺せる。あるいは正常な判断能力を奪い、魔物との戦闘を不利にするだろう。僧侶は回復魔法で王子を癒したというが――それは果たして、にも効くのだろうか?」


 つまりだ、と探偵は私を見据える。



「お前が魔王の手先――王子殺しの犯人だと言っているんだ、政務官ルシウス」



 アンヘル様と巫女見習いが私を見る。二人も信じられないといった顔をしていた。

 そうだ、信じるな。


「何を言う……! アンヘル様、この男の戯言に耳を貸す必要はありません! 語るに落ちたな、貴様こそ魔王の先兵であろう! 魔王復活などと吹聴し治安を乱し、今度は政治の要である私を追いやろうという腹だな……! 何が女神だ、これは貴様ら神殿の……そう、国家転覆を狙った陰謀だ……!」


「見苦しいぞ、政務官。ここは自白フェーズだろう。それに、語るに落ちたとはまさにお前の事だ。王子の死、そして国の混乱で一番の利を得た……政治の要だと自負するお前なら、王子一行の装備に細工することも可能」


「毒を入れただと? ふざけるな。そんな証拠がどこにある……!」


「その証拠を捜しに行こうかと思っていたところだ。それから、これはチートなので使いたくはなかったが――今の私には女神がついている。お前が事件前後に迷宮に出入りしていたことは把握済みだ。女神の目が届かないその場所で回復薬に毒を入れるなり、魔物を外に駆り立てるなり、魔王と接触するなり――陰謀を巡らせていたのだろう。この国の治安を乱すためにな」


 治安を乱し、魔王の復活を企んでいたのか、政権奪取のためかは知らないが――あらゆる事実が、お前に王子殺しを可能とさせている、と。


「ルシウス……」


 アンヘル様の目に疑念の影がよぎる。


 我が主よ、この私を疑うというのか。

 貴方に拾われ、長年尽くしてきたこの私を――



「わたしのためか、ルシウス」



 …………。


「兄上が即位すれば、腹に野心を抱えた者たちがわたしを利用しようと集まる。それを――父上は、わたし諸共、一掃しようと考えていた。わたしはそのための道具だ。お前はそれを――」


「……何を」


 私は笑みを浮かべる。


 廊下の窓から覗く闇夜。雲間から差す薄く儚い月光に目を細める。



「全て、私の為だ。私を捨てたこの国を滅ぼすため――この国に復讐するための!」



 だから、自分を責めないで欲しい。これは私のエゴだ。私の復讐だ。

 貴方を道具として扱ったこの国への――



「そうだ探偵、この私こそが魔王の遣い――」



 そして私が死ねば、この国に平和が戻るだろう。

 魔王の先兵たる私を葬ったとなれば、アンヘル様にも「世継ぎ」としての箔がつく――



「ルシウス……!」



 夜闇へと身を投げる。


 女神ルミノスの加護は、私には似つかわしくない。

 しかし、願う。どうか王子に、この国に幸あれと――


 光あれ、と。



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