歳月

茉白

ひと昔と言うけれど

「…という訳で、東日本大震災から今日で10年が経とうとしています。あの日、多くの尊い命が失われました。ここで、皆様を偲んで一曲…」

キッチンで夕食の片付けをしながら聞いていたラジオ番組から、懐かしい楽曲が流れ出す。

ああ、もう10年も経ったのかと思い、手が止まる。

被災された方からすれば、まだ10年だろうが。


10年前の私はちょうど妊娠中で産休中だった。久しぶりに親友と会い、たわいもない会話を楽しんでいたところにこの辺では珍しい地震。

速報を見ようとテレビをつけたら大変な事になっていて驚いた。

こちらの比ではない規模の大地震と大津波。

ショッキングな未曽有の大災害はどんどん規模を大きくした。


が、私は出産が近づき自分の事で一杯一杯になってしまい何もできなかった。

日々大きくなっていくお腹に向かって、

「早く出て来い。みんな待ってるぞ。」

などと思っていた。安全に過ごせているありがたみを感じながら。


4月の末に無事生まれたのは、3800gの女の子だった。

予定日から8日遅れで生まれた娘を見て涙が出た。

無事に生まれてきたことの素晴らしさを知ってほしいと願った。


遠く思いをはせていると、

「キャー、尊い―!」

リビングから聞こえてくる大きな歓声が、私を現実に引き戻した。

大好きなYouTuberを見ながら大声をあげているのがもうすぐ10歳になる娘だ。

「ハー………」

思わず大きなため息が漏れ、苦笑する。


大きく生まれた割に体が弱く、小さい時には何度か体を壊し入院した娘。

そんなこともあって、とにかく元気ならいいと少し甘やかしすぎたようだ。

小学生になるころにはタブレットを私より使いこなし、すぐに音楽を聴いたり動画を見たりすることを覚えて、すっかりはまってしまった。


歌い踊り微笑むタブレットの中の彼らを、もう何度リピートしたことだろう。

おかげで私まですっかり内容を覚えてしまった。

仕事中に頭の中でリフレインしてしまうくらいだ。


Aメロ、Bメロ、ここでターン。

サビを歌って、はいウインク&投げキッス。

「キャー!」

あっちは歓声が止まらない。

こっちはため息が止まらない。


口癖は、

「もう、押しが尊い。」

とか、

「尊みがすごすぎてやばい。」

とか、もう訳が分からない。


尊いの意味が変化しつつある今日この頃。

私にとっては「かけがえのない大切なものを言い表すことができる言葉」だが、

娘にとっては「近寄りがたいたいほどの憧れ」であり、「最上級の褒め言葉」である。

娘よ、正しい意味も知ったうえで使って欲しい。


「…それでは、また明日。」

いつの間にか楽曲は終わってしまっていて、ラジオ番組もエンディングを迎えていた。

私も急いで食器を片付けてしまうと、リビングの娘に声をかける。


「もう、お風呂入っちゃいなさい。」

「えーっ、もうちょっと。」

「駄目よ、きょうはここまで。」

そう言って、タブレットを取り上げる。

「ママのけち!」

娘はベーッと舌を出してお風呂に行った。


さて、私はソファに座り一休み。

嬌声から離れて、今日は10年前の歌でも聞こうとYouTubeを起動した。

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歳月 茉白 @yasuebi

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