僕たちは、朝学校でデートする
木下ふぐすけ
僕たちは、朝学校でデートする
隠れて付き合ってる高校生カップルの悩み第一位を知っているだろうか?
第一位は、「迂闊にデートが出来ない」だ。
実際、僕たちがそれで悩んでいたのだから間違いない。
土日にカラオケに行けばクラスメイトが別の部屋にいてヒヤッとしただとか、放課後家デートしようにも一緒に帰ると付き合ってるのがバレるから無理だとか。
驚くべき現代の科学技術のおかげで、それぞれ家にいても通話アプリを介して話せるから寂しさこそないものの、やっぱり恋人とは物理的、身体的に近接していたほうがほっとするというか、ぬくもりを感じられる気がするのだ。
どうやってこの悩みを解決するべきか考えていたある日の夜。通話しながら勉強していたとき、僕の彼女、
「朝、めっちゃ早く学校行けば私達しかいないんじゃない?」
天才だと思った。実際、心望は学年で十位には入るくらい頭がいいのだがそれはさておき。
さっそくアラームを明日の朝五時に設定する。
七時前なら生徒もまばらだろうということで、明日は六時半を目標に登校することになった。
午後十一時。「おやすみ」を交わして通話を切り、ベッドに入った。
アラームが鳴った。
止めて、寝ぼけ眼でのそのそ起き上がり、とりあえず顔を洗う。親もまだ寝ている。
朝ごはんを作ってもいいのだけど、起こしてしまうのもなと思ったのでやめておく。途中コンビニで買えばいいだろう。
起きて僕がいなかったら親はびっくりするだろうから、早めに学校行きますと書き置きして家を出た。
自転車を漕ぐ。心地の良い晴れ。時間はたっぷりある。
この時間、流石に夏服の半袖カッターだと寒い。自転車で風を切ればなおさらだ。
通学路、ゆるい上り坂に差し掛かったところで自転車を降りた。
いつもならギア入れて勢いのまま飛ばしていくところ。けど今日は急がなくてもいいのだ。
自転車を押していく。車通りもまばら。道向かいの竹林が風に揺れてざあざあ立てる音、鳥たちが鳴く音、道路下を流れる小川のせせらぎの音。普段は気にしていなかった音が聞こえる。
昼になれば熱風と化す風も、朝は涼やかで心地よい。
結局、坂を上りきっても自転車に乗らないまま、気づけば校門前にいた。
スマホを見る。時刻は六時前。後半歩いたのに、目標時間よりだいぶ早く着いた。
校門前に人影があった。
遠くからでもわかる。心望だ。
心望は門柱に寄りかかって英単語集を見ていた。
「ごめん、待った?」
そう聞くと、顔を上げた心望はくすくすと笑いながら、
「ううん、いま来たとこ」
と、嬉しそうに言った。
何がおかしいんだろうと思って、自分の直前の言動を振り返り、すぐに、自分があまりにありきたりなセリフを言ったのに気がついた。
そうなると僕の方も可笑しくなっちゃって、外だというのに二人してくっくっくと笑ってしまった。
ひとしきり笑ったあとで、僕は聞いた。
「これ、いつ開くの?」
校門である。
流石に来るのが早すぎたのか、門はきっちりと閉まっている。
「わかんない。開くまでどうしようね」
「心望って朝食べてきた?僕は朝ごはんまだだから、コンビニ行きたいんだけど。なんか奢るよ」
「私は食べてきたよ。ってか、奢られなくても着いてくよ。彼女だもん」
心望が手を差し出した。
握れってことだろうけど、
「あ、歩き?自転車ここ停めといていいのかな?」
「いいでしょ、駐輪場も入れないんだし。しょうがなくない?」
心望にそう言われ、邪魔にならないよう門柱に寄せて、自転車に鍵をかける。
「ん!」
心望が再び手を差し出す。今度はためらいなく握る。
心望は普通に手を繋ぐつもりだったらしいけど、僕は恋人繋ぎへの移行を画策した。相手の指の間に自分の指を入れる、あのつなぎ方だ。
コンビニに向かう間、無言で指を絡ませて、恋人繋ぎしたい僕と恥ずかしいから普通につなぎたい心望の戦いが繰り広げられた。
「普通に手つないでる時点で、見られたら恋人ってバレるよ」
僕がそう囁くと、心望は真っ赤になって争うのをやめ、恋人繋ぎを受け入れた。
勝った。
時間が時間なのでおにぎりの棚はスカスカだった。補充はもう少し後の時間なのだろう。
乏しい品揃えから昆布と梅をチョイスして、飲み物の棚へ。
心望が物珍しそうにエナジードリンクを見ていた。
「心望、一本くらい奢るけど」
「うーん……じゃあこれ!」
心望が、緑の爪痕がデザインされたエナジードリンクを渡してくる。
「こういうのよく飲むの?」
「ううん。飲んだことない。でも目が覚めるんでしょ?無理に早起きしてちょっと眠いから、おごってもらえるならチャレンジしてみようかなって」
「なるほどね。無理そうだったら僕が飲むよ」
そんな話をしながら、僕はカルピスを手に取った。
「カルピス? 私も好きだけど、おにぎりには合わなそう。お茶とかのほうがいいんじゃない?」
「いいのいいの」
怪訝な顔をする心望をよそに、会計を済ませる。
コンビニからの帰り、心望はおとなしく恋人繋ぎされてくれた。
校門前にもどると、門は開いていた。
コンビニ言ってる間に、誰か先生か用務員さんが開けてくれたのだろう。
自転車のかごにレジ袋を入れて押す。
当然ながら駐輪場はガラガラで、生徒玄関真横の一番いいところに停めることが出来た。
内履きに履き替えて教室へ。職員室に明かりがついていた以外は人のいる気配が全く無い。
どの教室も無人、無人、無人、無人。僕たちが一番乗りらしい。当たり前か。
一年の教室は五階、心望が二組、僕は六組だ。
心望が二組に荷物を置いて、僕のクラスで食べることにした。
僕の前のやつの椅子を後ろに向けて、心望が座る。
エナジードリンクを心望に渡す。
心望は缶をあけようと試みるも、三十秒は格闘したあげく、
「開けて」
と言ってきた。僕改め、心望専用缶開け機。
指を引っ掛け力を入れる。プシュッという炭酸の音がして、心望が苦労していたのは何だったんだというくらいあっさり開いた。
エナドリを心望に返し、僕もカルピスを開ける。
「「乾杯!」」
僕はカルピスを少し飲んで、おにぎりに手を伸ばす。
心望はというと、おそるおそるって感じでエナドリの缶に口をつけ、くぴっくぴって感じでちょっとずつ飲んでいる。
僕がおにぎりの梅に到達した頃、心望がむせた。
強めの炭酸や独特の味が合わなかったらしい。
心望は恥ずかしそうに口元を隠すと、
「……あげる」
涙目になりながら缶を差し出してきた。
代わりに、僕のカルピスを心望に渡す。
「ありがと……エホッ……」
と、まだ軽く咳き込んでいる心望はカルピスを飲もうとして、
「……これってかんせt」
言葉をつまらせた。
僕が、渡されたエナドリをこれみよがしに飲んだからだ。
缶を置いて言う。
「飲まないの?好きなんでしょ?カルピス」
そう言われてしまえば、心望は飲まないわけにもいかない。
心望はボトルを口につけて、白濁した液体を喉へと流し込んでいく。
一口飲んで落ち着いた心望は、顔を真赤にして僕を睨みつけながら、
「……変態」
と、一言だけ言った。
それがもう可愛くて可愛くて。
どんどんにやけていく顔を隠すため、おにぎりにかぶりついた。
「……人をいじめて食べるご飯がそんなに美味しいか」
食べながら頷く。心望のこの顔を見ながら食べるおにぎりは正直めちゃくちゃ旨い。
エナジードリンクをもう一口飲んで、言う。
「僕のこと、嫌いになった?」
もちろん、キメッキメの表情と声で、だ。
こんな声、他のクラスメイトの前でやったらいじられるだけなのだが、心望にだけは効く。
そりゃもう、てきめんに。
「…………すきだけどさ……」
机に顔を伏せ、ぎりぎり聞こえるくらいのボリュームで心望が言った。
「僕も好きだよ、心望」
心望の頭を撫でながら、耳元で言ってみた。
「――――ッ!」
心望は言葉にならない声を上げて足をバタバタさせる。いちいち反応が可愛い。
「さて、と」
残りのエナジードリンクを飲み干して、呟いた。
まだ六時半を少し過ぎたくらいだ。
心望はまだ机に伏せている。カルピスも半分以上残っているけど、ペットボトルだから連れ回しても問題ないだろう。
エナドリの缶を掴んで立ち上がり、言う。
「心望」
「……なに?」
心望はちょっと怒ったような口調で答えた。
「缶のゴミ箱、購買にしかないからちょっと行ってくるね」
「……私も行く」
むすっとした顔で心望も立ち上がった。
椅子を前の席に戻して、僕についてくる。
手を差し伸べたのだが無視されてしまった。まだ手を握りたくはないらしい。
さっきのはちょっといじめ過ぎたか……?
廊下。
心望は相変わらずついてくる。ついてくるのだが、一言も話してくれない。僕たちの間に会話がなければ、無人の教室棟は静寂に満ちる。静寂に満ちた空間は気まずさを増大させていく。
先に耐えきれなくなったのは僕だった。
「心望、ごめん。さっきはやりすぎた」
「わかればいいの」
心望は僕の手をひっつかむと、壁際に引っ張っていった。
「目、閉じて。姿勢低くして」
「えっ……とそれは」
「いいから!察しろ!」
言われた通りの体勢をとる。
やわらかいものが唇に触れた。
「目、開けていいよ」
少し遠くから声がした。
目を開ける。
顔を真赤にした心望が立っていた。その視線は床に落ちていた。
心望は左手の甲で口元を抑え、右手の人差し指と中指を立てて僕に向けている。
その意味するところはピースサインではない、ましてやジャンケンのチョキであるはずがない。
「……やられっぱなしじゃないから」
そう、勝利のVサインだ。
僕たちは、朝学校でデートする 木下ふぐすけ @torafugu
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