黒猫の話 後編
桜の花びらが舞い散るあの日、白夜は私にいいました。
私は、いなくなってしまった一番大好きだった、女の子に似ていると。
私が、その子だったらよかったのにと。
それを聞いた私は、悔しくて、悲しくなりました。私はどうあがいたって猫です。いくらがんばったって、人間にはなれないし、ましてや白夜の一番大好きな女の子になんてなれるはずがありません。白夜のココロの穴は、わたしでは埋められないのです。
私は、白夜に恋をしていました。猫が人間に恋をすることだってあるんです。けして報われることはないと、わかっていても。
その日はなんだか、気まずい空気で白夜と別れました。とぼとぼと、重い足取りで家に帰ります。
「ただいまー。」
暗い声でお姉さんにいいました。
「お帰り、何かあったの?」
相変わらず、怖い目でお姉さんは尋ねます。白夜と出会った、あの日から、家に帰るとまるで監視しているかのようにお姉さんは私を睨みます。尋ねられるたびに適当な真実味のある嘘ではぐらかすやりとりは、正直始まるたびにイライラしました。
そんなとき、私はふっといいアイディアを思いつきます。お姉さんは色々な薬を作るのが得意でした。私は興味がないからほとんど知らないけれど、たまに人間が薬を買いに来ているのを知っています。お姉さんが私の言葉を理解できるのは、猫の言葉を理解できる薬を作ったからではないか。そう考えた私は、早速お姉さんに尋ねました。
「ねえお姉さん、猫の言葉を理解することができる薬って、作れる?」
私の問いかけに、ピタリと動きを止めるお姉さん。
「どうして、そんなことを聞くの?」
お姉さんは表情のない顔で、ゆっくりと私の方を向きました。
「私は、人間になりたい。猫のままじゃ、大好きな人を救えない。わかってる、人間になれないことぐらい。でも!せめて想いを伝えるぐらいなら!!」
許されるでしょう?
最後の言葉は嗚咽となり、発することは出来ません。
ボロボロと涙をこぼす私に、お姉さんはきれいな顔を怒りにゆがめて怒鳴りました。
「許さない!やっぱりあの男と出会っていたたんだな!!あぁ、忌々しい。せっかく何もかも忘れさせて、うまくいったと思ったのに!」
怒りのままに手を振り上げ、私をたたこうとするお姉さん。
私はとっさに避けて、振り下ろされたお姉さんの手に噛みつきます。
「痛い!!」
私の牙がお姉さんの手の甲の皮膚を突き破り、肉を割き、骨に刺さります。私の口の中は、お姉さんの血で真っ赤に染まりました。床に吐き捨てますが、残った血はどうすることも出来ず飲み込むと、鉄の味ではなく、甘いチョコレートの味がしました。
驚いていると、急に全身の血が沸騰したように体が熱くなり、頭がボンヤリとしてきます。
慌てるお姉さんを上手く回らない頭で眺めていると、視線がいつもより高いことに気づきました。不思議に思って自分の体を見てみると、私は、人間になっていたのです。ざっと見た限り、白夜と同じくらいの年でなぜか、白いワンピースを着ていました。
私はとても喜びました。これで白夜に想いを伝えられる。
人間になれる効果がいつまで続くかわからないので、私は急いで家を出ました。
「許さない!お前の羽は私が奪ったはずなのに!!お前は私の猫なのよ!!」
家の中からお姉さんが喚き叫びます。しかし、私は気まぐれな猫です。自分を殺そうとした飼い主に、尻尾振るような馬鹿じゃあないんです。
私は走って公園に向かいました。もう日が暮れて、闇があたりを包み込んでいます。もう夜目の効かない目で必死に街灯を探して、なんとか公園にたどり着きました。
いつもの木陰のベンチへ急ぐと、まだ白夜はそこにたたずんでいました。
私は嬉しくなって彼に駆け寄ります。私に気づいた白夜は、初めて会ったときのように目を丸くして私を見つめています。白夜に会えて気が緩んでせいでしょうか。私は思いっきり足をひねって倒れ込みました。
とっさに動いた白夜が、私を受け止めてくれました。前よりも狭くなった白夜の腕の中で、私は一生懸命話しました。黒猫だったこと。相づちを打つだけで返事が出来なくて悔しかったこと。白夜と出会って幸せだったこと。白夜に、伝えたいことがあって人間になったこと。
「ずっとずっと好きだった。恋してた。愛していた。今までも、これからも。
ねえ、白夜。私は君が大好きです。」
これが私の持てる力全てを振り絞った愛の言葉。
全てを伝え終えたとき、白夜はボロボロと涙を零して、私を抱きしめてくれました。
「帰ってきてくれてありがとう。」
その言葉は私に向けられたものじゃないはずなのに、なんでか心が温かくなって、ホッとしたように、涙があふれました。
白夜と二人で抱きしめ合い、号泣していると、白夜の帰りが遅いことを心配したご両親が迎えに来ました。
二人は私を見て3秒ほどフリーズした後、「黒羽ちゃん!!」と叫んで駆け寄ってきます。
私の頭の中は疑問符でいっぱいです。白夜はともかく、私と面識の無いご両親が、黒猫のクロハを私と認識することは出来ないはず。そもそも、どうしてお二人が泣いているのでしょう?
混乱する私に気づいた白夜が、お二人に説明します。
「この子、昔のコト何も覚えていない。俺の…友達なんだ。」
それを聞いたご両親は、悲しそうな顔をしましたが、すぐに笑顔を作り、私を一軒の家に連れて行きました。白夜の家の反対側の家で、赤い屋根の可愛いおうち。
チャイムを押すと、はーいと中から男の子の声がして、ガチャリとドアが開きました。
出てきたのは、白夜より少し年下ぐらいの、私と同じ、灰色の目をした生意気そうな男の子。
その男の子も、私を見つめてフリーズした後、
「父さん!母さん!」
と、慌てて家の中に入ってしまいました。
「えっ…」
私の顔は、逃げ出すほどおかしな顔をしているのだろうか。もしかして、顔だけ猫のままとか!?
「えっ、び、白夜、私人間だよね!?」
あせる私を、白夜はクスリと笑って大丈夫となぐさめます。
そんなやりとりをしていると、バタバタと足音がして、さっきの男の子と、そのご両親と思われる男女が飛び出して来ました。
三人は私に抱きつき、
「おかえり!!」
と涙を流して喜びます。
呆然としていると、白夜のご両親が、
「この人たちが、黒羽ちゃんの家族だよ。」
と言います。
正直、白夜のご両親が何を言っているのかさっぱりわかりませんでした。猫だった私の家族が人間であるはずがないのです。
しかし、涙を流して喜ぶ三人に今更娘じゃないなんていえません。
そうして私は、人間の黒羽という名の人間となったのでした。
それから何度か、白夜や家族と一緒に森の中のお姉さんの家に行こうとしました。しかし、何度行こうとしても、結局一度もたどり着くことが出来ませんでした。
きっと多分、私一人なら以前のようにすんなりとたどり着くことが出来るのでしょう。そして、また私は猫に変えられ、記憶を消され、お姉さんの飼い猫にされてしまうのでしょう。
いやー、すみません。長々と話しちゃって。
これが、本当にあった私の昔の話です。客観的に聞くとただの脳内メルヘン女の妄想みたいですけど。信じていただけましたか?
…え?話があまりにもリアルだから信じるって?マジですか!あ、いや、すみません。言っといてアレですけど信じてもらえると思ってなかったんで。嬉しいです。
ん?薬指に光る指輪は何だって?あぁ!先日、白夜にプロポーズされたんですよ、私。指輪はお互いの名前がモチーフになっているんです。綺麗でしょう?
のろけるなって?すみません。白夜の恋人になれて、もうすぐ結婚なんて夢みたいで。
あ!白夜が呼んでる。すみません。私もう行きますね。
おねーさん、私の話聞いてくれてありがとうございました!
魔女の森と猫の話 黒井真心 @35032146132mm
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます