魔女の森と猫の話

黒井真心

第1話 黒猫の話 前編

 あ、おねーさん! 

 あっ、ちょっ、おねーさんで合ってます。後ろ振り返らなくて大丈夫です!あなたです、ベンチで気怠げにスマホ眺めてるおねーさんで合ってますってば!!

 お隣失礼しますね。              

 いやー、今日はいい天気ですね!こんな日は自然に触れたくなっちゃいます。いいなぁここ。ちょっと実家近くの森に雰囲気が似てるんです。

 ん?どこかで会ったことがあるかって?

 いいえ。おねーさんと私は、今初めて言葉を交わす赤の他人ですよ。

 いえ、ちょっと私の話を聞いてほしくて…そういう時ありません?知らない人に自分の抱えていることを話してしまいたいとき。要はあれです。王様の耳はロバの耳です。         

 いやぁ、知人に話すと私がヤバイ人認定されちゃうんですよ。友情が破綻してしまいます。

 知らない人に話しても同じだろう?まぁ、そうなんですけど、でもおねーさんから見れば頭のおかしい女の子に絡まれたってだけでしょう?いえ、決して私が頭おかしい訳ではないんですけど。


 今から話すことは全て本当のことです。ノンフィクション。奇想天外な現代のおとぎ話。グリムやアンデルセンが腰抜かしますよ。

 だって、私が体験したことは全て現実のことなのだから。

 

 …実は私、猫だったんですよ。


 いや!私はいたって正常なんで!!

 精神科紹介してもらわなくて大丈夫です!本当に今は人間なんで!!

 はぁ、話を戻します。


 私、今は東京に住んでるんですけど、出身は千葉なんですよ。山と畑と田んぼと森ばっかの落花生しか特徴のないド田舎なんですけど、私は、森の中に一人で住んでいる、きれいなお姉さんに飼われている黒猫だったんです。灰色の目をした、クロという名前の、赤い首輪の似合う美猫でした。

 お姉さんは、毎日森で薬草を摘んだり、大きな鍋でグツグツと薬を作っていて、ちっとも私をかまってくれません。

 私は、いつもヒマでヒマで仕方がなくて、森を抜けて町で遊んでいました。


 ある日のことです。ちょうど、今日のようにカラリと晴れた夏の日のことでした。

 たまには公園の木陰で昼寝でもしようと公園に行った私は、一人の人間の男の子と出会ったんです。

 その子は、お人形みたいに綺麗な顔をした、中学生ぐらいの男の子で、酷くさみしそうにぽつんと一人木陰のベンチに座っていました。

 なぜだかそのとき、私は、名前も知らないその男の子のところに帰らなきゃいけないと思ったんです。その子が暗く悲しそうな顔をしているとココロがキューって苦しくなって、一人じゃないよって伝えたくて、私は男の子に駆け寄って、そばでミャーミャー鳴いたんです。

 私に気づいた男の子は、私を見るとすごく驚いた顔をして、何かつぶやきました。残念ながら、何を言ったのかまでは聞き取れなかったんですけど。

 私が不思議そうな顔をしているのに気づいたのか、男の子は、微笑んで私を抱き上げてくれました。


 男の子の膝の上でゴロゴロと遊んでいると、男の子は私に話しかけます。

「君の名前は?」

 名を訪ねられ、私はクロと名乗ったのですが、なんせ猫なので言葉が通じません。

 ミーとしか答えられない私に、男の子は、

「じゃあ、今から君の名前はクロハだ。」

と、笑顔で言っててくれました。

 新しい名前をもらった私は、大喜びしました。クロハと私を呼ぶ男の子の声は、なんだかとても懐かしくて、とっても安心するんです。前の名前に羽がついて、どこまででも飛んでいけそうな気がしました。

 喜んでいるのが伝わったのか、男の子は、うれしそうな顔で私を撫でてくれました。しかし、ゴロゴロと喉を鳴らしているときに気づいたんです。私、男の子の名前知らないって。

 気づいたからには聞かなくちゃ。

 私は男の子の服の裾を引っ張りました。男の子も、私の様子を見て名乗っていないことに気づいたのか、

「俺の名前は白夜だよ。」

と教えてくれました。

 白夜、白夜、とっても綺麗な名前。忘れないように声に出しても、ミャーミャ、ミャーミャとしかいえなかったけれど、それを聞いた白夜はとても嬉しそうに笑ってくれました。

 

 それから、私と白夜はいろいろな話をしました。まぁ、私はしゃべれないので白夜の話に相づちを打つだけなんですけど。

 学校の話、好きな食べ物の話、家の話、テレビの話、最後に、白夜の一番大好きだった、もう会えない女の子の話。

 楽しい時間はあっという間で、すぐに夕方になりました。そろそろ帰らなくちゃと、白夜の膝から飛び降りると、白夜は悲しそうな顔でまた来るかと尋ねるんです。

 私は、明日も来ると答えました。私の言葉は届かないけれど、想いは伝わったのか、白夜は泣きそうな顔で、

「また明日。」

と言ってくれました。


 家に帰ると、お姉さんは珍しく、本を読んでいました。

「ただいまー。」

 ご機嫌でお姉さんに声をかけると、

「あら、おかえり。」

と、チラリと視線だけこちらに向け、返してくれたお姉さん。

 なぜか、お姉さんは私のいっていることが理解できたんです。

「今日はいつもより遅かったけれど、何してたの?」

 いつもより低い声で、お姉さんはたずねました。私は白夜に出会ったことを話そうとしましたが、お姉さんの視線は厳しく、

「えっとね、路地裏で昼寝してたら寝過ごしちゃってさー」 

と、はぐらかしてしまいました。

「そう。」

と、答えたお姉さんはいつもと一緒だったけれど、さっき向けられた目が頭から離れなくて、お姉さんに白夜のことは秘密にしようと決めました。


 次の日は、土曜日でした。公園に行くと白夜は前日と同じ木陰のベンチにいて、私を見つけると、花の咲くような笑顔で私の名前を呼んでくれました。

「今日は何をしようか?」

 私を抱き上げた白夜は、満面の笑みで問いかけます。そのとき、ふと何かが私の脳内をよぎりました。既視感、とでもいうのでしょうか。以前にも似たようなことがあった気がしました。しかし、そのような事実はありません。

 感じた違和感も、白夜に撫でられるうちに薄れきえていきました。

 夕方になり、そろそろ帰ろうと白夜のそばを離れると、

「待って。」

と、白夜は引き留めます。

 どうしたの?と問う代わりに、首をかしげると「次は金曜日に会おう?」

と言われました。次に、私と会う約束。嬉しくて、心得たと言わんばかりにうなずくと、

「クロハは本当に俺の言葉を理解しているんだね。」

と、笑ってくれました。


 それから、私と白夜は週に一度ほどの頻度で会うようになりました。それは不定期で、毎日会ったり、二週間会わないときもあったりしました。

 白夜は思春期というのもあり、両親との折り合いが悪いそうで、よく私に不満をこぼしていました。近所の家の子供が行方不明になったことがあるせいで、過保護がすぎると。心配してくれるのはありがたいけれど、鬱陶しいと。

 そんなとき、私はただひたすら白夜に寄り添っていました。白夜のココロには、ぽっかりと穴が開いています。私では、猫では、その全てをうめることは出来ませんでした。


 



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