7話 食事
「では、私はこれで一度失礼いたします」
「わかりました。よろしくお願いします、ヘザードさん」
「はい。責任をもって今回の件、ギルドに報告させていただきます」
結局、ヘザードはレオーネたちを連れて王都アウレーまで引き返すことになった。
そして残された3人と1匹。
ルフランはクロムの後ろでパタパタと翼を動かしながら浮遊している小竜に興味を持ったのか、近づいて触れようとした。
しかし、
「キュウッ!?」
「ひゃっ!?」
何故かルフランが触れようとした瞬間、小竜がものすごい剣幕で拒絶し、大慌てでクロムの後ろに隠れてしまった。
人懐っこい竜だと思ったのだが、誰に対しても懐くという訳ではないのだろうか。
露骨なまでに嫌そうなな顔をする小竜の顔を見て、ルフランは少し悲しそうな表情になった。
「もうっ、そんなに嫌がらなくてもいいじゃない! ちょっと撫でようと思っただけなのに……」
「あはは……ルフランのことはちょっと苦手なのかもしれませんね」
「あたし、そんなに怖い顔してるのかしら……」
「そんなことは無いと思うけどなぁ……って、どさくさに紛れて噛むのやめてくれないかな?」
クロムの背中に張り付くような形で隠れていた小竜だが、何故かまたもクロムの首筋を軽く舐めてから甘噛みを始めてしまった。
やはり大して痛くはないので無理矢理引きはがそうとは思わないが、ちょっとしたくすぐったさと何かを吸い取られるかのような感覚がして落ち着かない。
しかし今度はクロムの言葉を無視したのか、離れてくれる様子ではない。
「……まあいいか。ところでエセルはこれからどうする? 僕たちはこの先にあるエルネメス王国に行こうと思うんだけど」
「エルネメス王国、ですか。どこかで聞いたことがあるような、ないような……」
「ひとつ、気になったんだけど、もしかしてエセルって……記憶喪失だったりするのかな? あっ、答えにくかったら答えなくてもいいんだけど」
「記憶喪失……そうですね。気が付いたら霧の深い森にいて、それより前のことは何も覚えてません」
「それは大変ね。何かあたし達で力になれることがあればいいんだけど」
「もし行く当てとかがないなら一緒に行くのはどうかな。エルネメス王国に逝けば何か思い出せるかもしれないし」
「……いいんですか? わたし、見ての通り何も持っていませんが」
「そんな事気にしなくていいのよ。同行者が一人くらい増えたって何の問題もないわ」
「うんうん」
「そういうことなら……よろしくお願いします」
見た目はボロボロでも、どこか気品のある所作で礼をするエセル。
服装から察するに。もしかするとどこかの貴族の出なのかもしれないなと想像できたが、彼女に記憶がない以上、今聞いたところで答えは得られないだろう。
「ところで今更なんだけどさ、この子とはどういう関係なのかな? 何故か知らないけどエセル以上に僕に懐いちゃってるんだけど」
「この子はわたしが目覚めたときに隣にいた子です。それ以上はちょっと、分かりません。ごめんなさい」
「ああ、別にいいんだけどさ。親の竜とかがいるなら返さなきゃだめだよなぁって思って」
「でもその子、アナタから離れる気はないみたいよ」
「キュウ」
ルフランの言葉を肯定するかのように一鳴きする小竜。
見た目こそかわいいが、竜種であることに変わりはないので、万が一親竜に見つかったら襲われる可能性がないわけではないが……
「でももう一度下に降りるのはちょっとなぁ……結構危なそうだったし、出来れば避けたいところだよね」
「わたしもあの森はもうしばらくいいです……」
「なら一旦連れていけばいいんじゃない? その過程で親竜に出会ったら引き渡せばいいのよ」
「そうしよっか。キミもそれでいい?」
「キュウ!」
喋れこそしないが、この小竜は明かに人の言葉を理解している。
ならば親竜もきっと同じように人の言葉を理解できる高い知性を持っていると考えて良いだろう。
それならば事情を説明すれば理不尽に襲われることは無いはず、とクロムは勝手に決めつけた。
返事をしているとき以外はずっと噛みついたままなのだが、何がこの子をそれほどまでに書き立てるのだろうと疑問符を浮かべながらも、本当に不快になるまでは放置してあげることにした。
「……それにしても、クロムさんって、お強いんですね。まだ随分とお若そうなのに」
「そうかな? あの勝負はエセルが万全だったら分からなかったと思うけれど」
「どうなのでしょう。随分と長い事あの森を彷徨っていたのでそれなりには――あっ!」
「ん? どうしたの?」
「い、いえ! やっぱり何でもありません……」
何かを思い出したかのように目を見開いたエセルだったが、何故かその先を言うのを躊躇っていた。
言いたくないことだったのだろうかと思って、敢えて触れることなく前へ進もうとしたのだが、まもなくして後ろからぐぅという音が聞こえてきた。
その音に反応して振り返ってみると、エセルが真っ赤に染まった顔を両手で覆っていた。
「……もしかして、お腹空いてたりする?」
「あ、あの、これはその……」
「よくよく考えたら当たり前のことだったわね。食糧なんて持ってないでしょうし。待ってて、今準備するから」
「そうだった。ごめんね、気づかなくて」
「うぅ、すみません……」
エセルがどれだけの間あの霧の森を彷徨っていたのかは分からないが、その間飲まず食わずで歩き続けて、それでいてあの戦闘能力を発揮していたらしい。
クロムはその恐るべき体力に驚きつつも、ルフランが準備している間周囲の安全確保を行った。
ちなみにルフランはギルドが開発した大量の荷物を亜空間にしまうことが出来る特殊な鞄を所持しており、その中には1か月遭難しても大丈夫なほどの食料がしまい込まれている。
物理法則が通用しない亜空間収納なので、どれだけ放置しても食料品が劣化することはほとんどないらしい。
なお、クロムも同様のものを持っているが、魔法に疎い彼にはその仕組みは説明されてもほとんど理解できなかった。
気が付けば3つの椅子と一つのテーブルが設置され、テーブルの上にはパンや果実などが並べられていた。
すぐ近くではルフランが付けた火によってスープが温められている。
「さ、どうぞ。遠慮しなくていいわよ」
「ええと、その……い、いただきます」
我慢の限界だったのだろう。
エセルは早速用意された食事に手を付けた。
やはりどこか上品に食事を進める彼女だが、食べるスピードがとてつもなく早い。
数分も経てば置いてあったものが全てなくなってしまう程で、驚きつつもルフランがすぐに追加分を用意した。
「本当にお腹が空いていたんだね。もっと早く言ってくれれば良かったのに」
「目覚めてから何も食べてないことを思い出して……森の中にいた時は気を張っていたから大丈夫だったんですが」
「そっか。まあまだたくさんあるからいっぱい食べてね」
「はい、ありがとうございます」
短い会話を終えると、エセルは再び食事に没頭した。
クロムも鞄からサンドウィッチを1つ取り出し食べようとしたが、そこでふと首元の存在を思い出した。
「そうだ。キミも食べる?」
そう言ってサンドウィッチを差し出してみると、小竜は興味深そうにそれを眺めた。
きっとこの子もお腹が空いていると思ったのだが、どうなのだろうか。
そんな事を考えていると、やがてぱくりとそれを口にした。
「もう一ついる?」
「――いらない」
「えっ!?」
サンドウィッチをもう一つ差し出して問いかけると、どこからともなく声が聞こえてきた。
いや、声の発生源は分かっている。今もクロムの背中に張り付いている小竜だ。
でも今まで「キュウ」としか鳴かなかったのに何故いきなり喋りだしたのか。
「それ、うすい。こっちのほうがおいしい」
そう言ってまたもクロムの首筋に噛みついてきた。
こっちの方が美味しいというのはどういう意味なのだろうか。
ひょっとして自分から何かを吸い出しているのか?
現時点では特に悪影響は出ていないが、もし何かを吸われているのなら……
「ちょ、ちょっと待った! 噛むのやめ! いったん離れて!」
「やだ」
「何を食べてるのか知らないけど、ちょっとストップ! 離れて!」
「……あとすこしだけ」
首の後ろに手を回して小竜を引きはがそうとするのだが、上手いこと体を動かして捕まらないように抵抗されてしまう。
無理矢理やろうと思えばできなくはないが、なるべく乱暴なことはしたくないクロムは困ったような表情になる。
あと少しというならば待ってもいいのだが、何を吸われているのか分からない以上多少なり恐怖してしまうのは仕方がないだろう。
だが、その言葉を信じてもう少しだけ待つことにした。
持ち主を呪い殺す妖刀と一緒に追放されたけど、何故か使いこなして最強になってしまった件 あかね @akanenovel1
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