バーチャル地蔵菩薩
λμ
花咲姉妹のバーチャル地蔵菩薩ァー
きっかけは、田舎から出てきたおばあちゃんが、
花は妹の
「来年は咲ちゃんも通うんだから、一緒に行ってみない?」
と誘った。いつもは家で本を読んでばかりの咲だったが、
「花ちゃんもおばあちゃんも行っちゃうなら、行く」
不安そうに花の手を握った。
咲も来年は小学生だ。いつまでもお姉ちゃん子だと困るんだけどな、と花は大人しい妹を心配しつつも、まあまだしばらくはいいかと頭を撫でた。
咲の足に合わせてゆっくり学校に行き、周囲をぐるっと回って、和菓子屋に寄った。おばあちゃんは大福餅と小さなお饅頭を、花は三色団子、咲は『すあま』という餅によく似た菓子を買った。相変わらず変わってるなあと花は思った。
その帰り道、通学路の途中でおばあちゃんが言った。
「お祈りしたいから、ちょっと待って」
「……お祈り?」
見ると、おばあちゃんが古ぼけたお地蔵さまの足元に、さっき買ったばかりのお饅頭を、お供えしていた。両手を合わせて、丁寧に頭をさげた。
「……え? おばあちゃん、何してるの?」
花は思わず聞いていた。通学路の途中に、お地蔵様があるのは知っていたし、たまにお供え物があるのも知っていた。
けれど、お祈りしている人を見るのは初めてだった。
「おばあちゃん、なにしてるの?」
咲が花の真似っ子をして尋ねた。
おばあちゃんは目を開けると、にっこり笑って言った。
「お地蔵さまに、お礼を言ってたの」
「お礼?」
「ここは花ちゃんの学校の通学路だから、三年間、花ちゃんを見守ってくれて、ありがとうございます、って」
咲は目をぱちくりまたたいて、花を見上げた。
「花ちゃん、お地蔵さまに守ってもらったの?」
「どう――」
どうだろ? と言いそうになり、花は慌てて言い直す。自分がどう思っていようと、おばあちゃんのしていることだ。咲にも変にひん曲がってほしくなかった。
「助けてもらってたかも。私もお礼を言っておかないとね。それに咲ちゃんも来年からここを通るんだし、お願いしておかないと。咲ちゃんも守ってくださいーって」
実際は近くの道が荒れていて何度か転けさせられた気がするが、いちおう、おばあちゃんと同じように両手を合わせてお祈りしておく。
いつもありがとうございます。来年は咲ちゃんをお願いします。
祈り、目を開けると、半分の『すあま』がお地蔵さんの足元に増えていた。
「え!? 咲ちゃん、せっかく――」
「いいの。いつも花ちゃんを守ってくれてたから」
「おおう……」
私と違って、なんて清らかに育ったのだろうか。花は少しあきれながらも咲の頭を撫でた。じっと見上げてくるつぶらな瞳が、お団子に向いた。――ちょっと清らかすぎやしないか。花は泣く泣く串からひとつ外して『すあま』に重ねた。
それから、咲が無事に入学式を終え、お祈りのおかげか怪我ひとつなく長期休暇に入ろうかという時だった。
「ただいまー」
花が家に帰ると、
「……咲ちゃん、どしたの?」
可愛いほっぺを膨らませ、つるつるの眉間に皺を寄せ、腕組みまでしていた。咲はしばらくそのまま唸っていたが、やがて意を決したように花に言った。
「みんな、お地蔵さまの尊さをわかってない」
「……みんな? 尊さ?」
咲は、お地蔵さまの一件以来、なにかとお寺に行きたがり、図書館でも『なんちゃら地蔵』的な話ばかり読むようになっていた。
「学校の帰りに、お礼をしてたら、変だって言われた」
「あー……なるほど」
いずれはみんなそうなっていくのよ、とは言えない。
咲はフンスと鼻息をつき、真剣な目を花に向ける。
「お地蔵さまって、五億から五十億年くらい
「……ん?」
なんか斜め上の返答があったぞ? と花は目頭を揉んだ。いま、あの可愛い咲ちゃんの口から、ちょっと通常とは用法の異なる『尊い』が出た気がする。
「えっと……咲ちゃん、それ、どこで習ったの?」
「お寺」
「そっちじゃなくて」
思わず語気が少し強まり、咲がびっくりしたようにまばたきした。花は慌てて声を和らげて言う。
「えっと、お地蔵さまの話じゃなくて、尊いってほう」
咲は不思議そうに首を傾げた。
「クラスのみんなが、Vtuber見ながら言ってたよ?」
「え、一年生のクラスヤバすぎない?」
「ヤバい?」
「あ、えーと、違うくて。ちょっと待って」
一旦シンキングタイムをもらってみたものの花の頭のなかには「え、ヤバない?」という感想しかでてこない。小学一年生がVにハマってるとか怖い。
しかし、そんな花の思考を、咲の一言が掻き消した。
「エモさで言ったら地蔵
一年の教室に乗り込んで担任に詰め寄る必要がある。これ以上わるい言葉を覚える前に。そう決意を固める花に、咲は言った。
「花ちゃん。咲、地蔵菩薩の尊さを布教したい」
ブッディズム。神々しさと神々しさが重なる。尊さゆえの目眩を覚えつつ、花は尋ねる。
「布教って……なにするの?」
「咲、バーチャル地蔵菩薩になる」
「待って。お姉ちゃんに時間をちょうだい」
「咲、頑張るから、花ちゃんも手伝って」
「え」
「お願い」
真剣すぎるくらい真剣なつぶらな瞳に見つめられ、花は思わず「はい」と答えてしまっていた。まあ、お母さんあたりに反対されるだろう、という期待もあった。
けれど。
お母さんは爆笑しながらノートパソコンとカメラの提供を快諾した。このままだと実現してしまうと思い、お父さんに相談すると、知り合いに3Dモデルを作れないか聞いてみるから最初は止め絵を加工で動かすといいよ、と助言された。
着々と、事態が進行していく。
そしてとうとう、その日が――来るはずだったのだが。
「……えっと、咲ちゃん、どうしたの?」
「…………」
カメラを前にし、咲はガチガチに緊張していた。顔は真っ赤で、手元に用意した原稿をずっと見ている。ちなみに原稿の中身は「あいさつ(大きな声で)」とか、「お地蔵さまの話(
「咲ちゃん。ほら、喋ってー」
「…………!」
一瞬、顔を上げたが、すぐにうつむく。かわいらしいというか、かわいそうというか、花はついつい苦笑した。
「咲ちゃん、なにか喋らないと、動画にならないよ?」
「で、でも……恥ずかしい……」
もじもじする咲に、花は内心ちょっとほっとしていた。妹がVtuberデビューなんて正直ゾッとする。ましてやバーチャル地蔵菩薩などと言われたら心の内に宇宙が生まれる。咲のいうところのチャクラがどうとかいうアレだ。このまま恥ずかしいから計画頓挫。それが一番丸く収まる。そう思っていた。
「は、恥ずかしいから、花ちゃん、代わりに喋って……!」
「……ん?」
その提案をされるまでは。
咲は目に涙をいっぱいためていた。
「咲、話すのが苦手だから、花ちゃんお話上手だから」
「えと、え? ええ!?」
「お、お願い! 咲がお地蔵さまの話を書くから!」
いくら可愛い妹の頼みとはいえ、それは――、
それは――、
花は両目を瞑り、天を仰いだ。少し前、咲に教えられた深呼吸をする。広がりつづける宇宙を内に感じながら、目を開く。
「分かった。お姉ちゃん、バーチャル地蔵菩薩になるよ」
ぱあっと後光を背負う咲。
花はバーチャル地蔵菩薩としてデビューした。
新たに作られた原稿だけでは間が持たず思わず発した「アマで仏教をやってる地蔵菩薩」というフレーズと、その声色が小学四年生女子の地声であり、また編集下手でたまに混ざる咲の声によって、謎にバズった。
そして、とうとうライブに手を出し、
「どうもー、始まりました菩薩チャンネル。地蔵です」
「……弥勒です」
「はい、せーの」
「ナムナム」
「ということでね……」
何回目かには咲も慣れ、話せるようになっていた。ガワは弥勒菩薩だ。咲によれば最推しのコンビなのだという。花にはまったく意味がわからないが、咲が楽しそうならそれでよかった。
「あ、
「ありがとうございます。ナムナム」
しかも、バーチャル地蔵とバーチャル弥勒の菩薩チャンネルに寄付が入るようになっていた。さすがにそれはどうなんだろうと思い当初は反対したのだが、咲はどうしてもやりたいことがあり、そのためにお金がいるから、必要な分が集まるまで待ってほしいとのことだった。
「――それで、えーと、弥勒からなにかお話があるそうで」
「えと、はい」
いまだに油断すると花ちゃん呼びが出るので、咲は丁寧に喋っていた。
「えっと、今日で必要な分のお金が溜まったので、ライブお説法と、お布施は、お終いです」
「――え!?」
花も聞いていなかった。
咲はもじもじしながら言う。
「実は、このチャンネルを始めたのは、通学路に立っているお地蔵さまのためだったんです」
すう、と息を吸い、咲は花を見あげる。
「お地蔵さまは屋根もないところに立っていて、前の道もガタガタしているんです。だから、こうしてお布施してもらったお金で、直してあげたいと思ったんです。お地蔵さまは、私の大好きなお姉ちゃんや、お友達を、ずっと見守ってきてくれたから」
真剣に語る咲の姿に、花は後光を見た気がした。
「必要な分のお金が溜まったので、えっと……これからは、みなさんのお寺や神社に、お布施をしてあげてください」
「……弥勒ちゃーん!」
小一にしてマジで菩薩になっちゃったよ、と感極まった花は泣きじゃくりながら咲に抱きついた。
そうして、花咲姉妹の通学路に立つ地蔵菩薩が、少し豪華になったのだった。
バーチャル地蔵菩薩 λμ @ramdomyu
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