「尊い」ものに蓋

牧田ダイ

第1話

 私はオタクだ。主に好きなのはBL。いわゆる腐女子ってやつだ。

 仕事は普通のOL。週休二日制だし、別にブラック企業ってわけじゃない。

 仕事はほどほどに頑張って、休日はマンガや同人誌を読むことに全力を費やす。

 それが私の生き方で、興味の対象は二次元にしかなかった。


 しかしその時は突然に訪れた。


 ある日、私が働く部署に男性が移動してきた。

 その男性を見た瞬間に衝撃が走った。

 恥ずかしながら一目惚れだった。

 唐突に訪れた三次元への恋心にひどく戸惑った。


 彼の名前は森下君。年は私の2つ下だ。

 なんと私の隣のデスクになった。

「これからよろしくお願いします」と爽やかに挨拶され、

 どぎまぎしながら「よ、よろしくね……」と答えた。

 目も合わせれなかったし、声も小さかった。絶対私感じ悪い女だ。


 その後はあまり仕事が手に付かず、お昼になった。

 お昼はいつも同僚の美香と、会社の外のベンチで食べている。

 ご飯中もぼーっとしてしまい、手に持ったコンビニのおにぎりを眺めていると、

 美香が「食べないの?」と聞いてくる。

「あぁ、食べる食べる」

 そういっておにぎりのフィルムをはがそうとしたが、うまくはがせず、おにぎりを下に落としてしまった。

「あー! もったいなーい」と美香が言う。

 私もやってしまったと思いながらおにぎりをひろう。

「なんか真由今日ぼーっとしてるね。体調でも悪い?」

「いやー……、ちょっとね……」

 言えないなー。一目惚れしちゃったなんて。

「もしかして……、気になる人でもできた?」

 図星すぎて体がビクッとなってしまった。美香はなかなか勘が鋭い。

「当たりか~。へぇ~、あの二次元にしか興味がなかった真由がね~。で、どんな人?」

 美香の目がキラキラしている。

 美香は俗に言う女子力というものが高く、恋愛にも詳しい。

 いっそ相談してみるか、と思い話してみる。

「なるほど~、森下君か~。確かにイケメンだもんね~」

 そう言うと美香はなにやら考えている。

「よし、デートしちゃおう!」

「ふぇ⁉」

 唐突な提案に驚き、変な声を出すと同時にもう一つのおにぎりも落としそうになる。

 それを見て美香は「も~、焦りすぎ~」と笑っている。

 なんだ、冗談か。

「お、驚かさないでよ。で、デートなんて」

「真由が勝手に驚いただけだよ。あ、お昼終わっちゃう」

 美香はお弁当の残りを平らげる。私もおにぎりを食べ終える。

「よーし、じゃあ今日中に森下君を誘ってみよう!」

「え?」

「え?じゃないよ。恋愛はスピード勝負なんだから。じゃあ私お手洗い行ってから戻るから、頑張ってねー」

 美香は行ってしまった。

 冗談じゃなかったの?


 美香のせいで午後の仕事も手に付かなかった。

 心の中で美香に文句を言っていると隣から声をかけられた。森下君だ。

「すみません、ここってどうやればいいですか?」

 突然のことにまたドギマギしてしまう。

「あ、あの、えっと……、あ、これはね」

 そんな様子をみて森下君はキョトンとしている。

 落ち着け私……。

 一呼吸おいて、なんとか教えることができた。

「あぁー、なるほど。そういうことか。ありがとうございます」

 爽やかな笑顔を向けられる。

「ま、また何か困ったら聞いてね。分かる範囲は教えるから」

「はい、ありがとうございます」

 ここでふとお昼の美香の言葉がよぎった。

「あ、あのさ森下君」

「何ですか?」

「こ、今度の休みとかってさ、あ、空いてたりする?」

「はい、空いてます」

「じゃ、じゃあさ、一緒にご飯でも行かない?」

 心臓が爆発しそうだ。

「ほら……、せっかく隣になったんだしさ、な、仲良くしたいなーと思って」

 聞かれてもないのに言い訳のように理由を言う。

「いいですよ」

 森下君は爽やかに笑う。


 うーん

 家の服を引っ張り出して悩みまくる。

 どれもおしゃれとは程遠い。かわいくもない。

 デートをすることになったのはいいが、デートなどしたことがないため、何をしていいかが全く分からなかった。

 幸い、デートまではあと3日ある。服は美香に選んでもらおう。

 並べた服を部屋の端に積み上げて、ベッドの上に横たわる。

 デートかぁ……。

 まさか自分がそんなことをするなんて思ってもみなかった。

 ふと目の端に本棚に並ぶマンガや同人誌が目に入る。

 どれも大好きなものだ。表紙だけでも尊さを感じる。


 BL好きって知られたら引かれるかな……。


 そんな不安が頭をよぎった。

 とりあえずデートまでは箱にしまい込み、見ないことにした。


 デート当日。待ち合わせ場所に行くと、森下君は先に来て待っていた。

「ごめん、待った?」

「全然、僕も今来たとこです」

 そう言って爽やかに笑う。

 なんかマンガみたいと思っていると、森下君は「行きましょうか」と言った。

 今日のお店は森下君が探してくれている。

「うん」と答え、2人で歩き出す。


 森下君が連れて行ってくれたお店はおしゃれなカフェだった。

 おしゃれなお店の料理はもちろんおしゃれで、とても美味しかった。

 話も弾み、デートなんてことは忘れて普通に楽しんでいた。


 お店を出て歩いていると森下君は本屋に寄りたいと言った。どうやら気になる本があるらしい。

 近くの大型書店へ着くと、森下君はトイレに行ってくるので自由に見といてくださいと言った。

 店内を見回すと、あるコーナーが目についた。BLコーナーだ。

 ここ数日触れていなかったため、私は自然とその棚に引き寄せられた。

 なんと好きなマンガの新巻が出ていた。表紙は私の推しだ。

 今日だったか~、発売日。デートですっかり忘れていた。

 夢中になっていると、「君山さん」と声を掛けられ、固まった。

 ぎこちなく振り向くと、森下君がいた。


 やばい


 森下君は私を見て、棚を見た。


 やばい、引かれる。


 今日のデートが台無しになると怯えていると森下君は、

「BL、お好きなんですか?」と爽やかに聞いてきた。

 隠してももう遅いと思ったので、

「うん……、好きかな……」と答えた。

 すると森下君は「ぼくもけっこう読むんですよねー」と言った。

 予想外の反応に拍子抜けし、「へ?」と変な声がでた。

 やっと理解が追いつき、「も、森下君も読むんだ」と言うと、

「はい、何かおすすめとかありますか?」と聞かれ、私はまだ驚きを隠せないままおすすめの作品を彼に教えた。


 その後しばらく本屋で語り合い(ほとんど私が話していたが)、本屋を出て別れた。

 別れる際、森下君は「今日は楽しかったです。また今度どっかいきましょう」と言った。

 また行きましょうと言われたのがすごく嬉しくて、帰り道はスキップしそうな勢いだった。


 それにしても、引かれると思っていた私の趣味が役に立つとは……

 自分が好きなもの、尊いと思うものに無理に蓋をする必要はないのかもしれない。


 帰ったら美香にメッセージ送って、新巻を読もう。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「尊い」ものに蓋 牧田ダイ @ta-keshima

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ