管理者のお仕事 ~箱庭の中の宝石たち~ 番外編8 森の番人の尊いモノ
出っぱなし
第1話
尊いとは、崇高で近寄りがたい、神聖である、また、高貴である。
などといった意味がある。
別次元空間『いんたーねっと』では、最上級の褒め言葉らしいが私にはどうも尊いが安っぽく感じる。
言葉としては理解しやすいが、何を持って尊いと感じるのかは、人それぞれ、いや種族それぞれといった主観であると思う。
では、
それは……
「ぐげぇ!?……何すんべ、ターニア様?」
「もう、ユッグ! 何ぼーっとしてんの? 遊ぼうよー!」
私が思索にふけっていると、主の『妖精女王』ターニアが私の樹洞(人で言うところの顔)に体当たりをしてきた。
小鳥ほどの小さな体ではあるが、妖精たちの女王であるため、その力は並外れている。
4メートルほどある私の巨体ですら、体当たりの衝撃で目が覚めてしまった。
「こねだ、遊んだばりでねが?」
「いつの話してるの! もう3年前だよ!」
「んだっけが?」
私はそんなにも思索にふけっていたようだ。
樹人族は寿命が長いので、他の種族からはのんびりしていると言われる。
我々は足(根)から水を吸い、光を浴びて光合成をしていれば食事を摂る必要性がないからかもしれない。
誰とも会話をすることもなく、その場で何年も何十年も思索にふけるので、言葉も野暮ったい田舎訛りとも言われる。
「ユッグー! またぼーっとしてる!」
「おお、悪いっけ。どさいぐなやっす?」
「んー?……わかんない! とりあえず散歩に行こ!」
ターニアは、私の樹冠(人で言うところの頭)の上に乗って指示を出した。
私はターニアに言われるままに歩き出した。
ターニアは小鳥がさえずるように休むことなく話し続けた。
妖精というのは、お喋りでいたずら好きで非常に好奇心が旺盛な種族ではあるが、超自然的な存在、莫大な魔力を持つ精霊である。
自然世界において、重要な存在なのである。
その中でも『妖精女王』ターニアは、この世界を支える最も重要な存在『世界の柱』の一柱だ。
とてもそうは見えないが、我が主は尊い御方なのである。
私はこの妖精たちの女王を守護するために、世界樹から分けられた苗木から生まれた。
かつて世界樹の大森林に住んでいたエルフによって、この地に『妖精島』に移植されたのだ。
世界樹もまた『世界の柱』の一柱であるので、私自身も自然の叡智に近い存在だ。
ターニアはその私以上の存在であるため、私は主として認めている。
私にとっては、全てに優先する御方なのである。
「おーっす! みんな今日もご苦労なのだ!」
「ありがたき幸せ。ターニア様、ユッグ殿、長寿と繁栄を!」
無表情で無愛想なエルフたちだが、ターニアと私に挨拶を返した。
この森の手入れをしたり、音楽や絵画、
他にも、この島を人族の侵略から守る番人も引き受けてくれている。
しかしながら、ここには元々エルフは住んでいなかった。
この島は、アトランティス海に浮かぶ常春の自然の楽園『海に浮かぶ庭園』と呼ばれている。
かつては、大小5つの島々があったが、今では他の4つの島々の自然は失われた。
その原因は、大航海時代と呼ばれる人族による他種族の領域への侵略によるものだ。
その当時、人族と戦うことの出来る戦士は、我々樹人族だけだった。
しかし、聖騎士や英雄と呼ばれる冒険者達に敗れ去った。
結果、人族の欲望や繁栄という名の下の開拓で、自然は損なわれ、木々は無計画に切り倒され、環境は破壊されていった。
妖精たちも捕らえられ、貴族や王族たちの観賞用にカゴに一生閉じ込められた。
他にも、捕まったほとんどの妖精たちは、ミイラにされその粉末で不老長寿の妙薬が作られたり、膨大な魔力の源となる魂も奪われ、強力な魔道具の動力にされた。
畑を開墾するために火も放たれ、森は完全に死んだ。
その後、人族たちはサトウキビ畑やブドウ畑、町を造った。
当然、汲めども尽きない泉が涸れ、川の氾濫が破壊的被害を及ぼし始め、激しい嵐の後、サトウキビ畑一面が斜面を走り去るように滑り落ちることもあった。
それでも、人族は次々と入植し、リゾート地や補給基地が造られた。
人族は、この島々を楽園と呼んだ。
しかし、我々からしたら、そこは最早すでに失われた楽園だった。
4つの島々はそのような状態になってしまった。
樹人族の長である私は、ターニアや他の妖精たち、森を守ろうと必死に戦ったが、力及ばず追い詰められていった。
この『妖精島』にも、人族の魔の手が迫るのも時間の問題だった。
目の前には絶望が迫ってきていた。
しかし、意外な人物が救いの手を差し伸べた。
それが、エルフの『大魔道士』ロクサーヌだった。
私は、人族を増長させる一因となった
私もかつては『大魔王』と呼ばれたあの御方と共に、傲慢な人族と戦った過去がある。
人族はその当時から強欲で、我々森を守る樹人族と敵対していたのだ。
魔王軍評議会13席に列されている私は、『魔王』に匹敵する力を持ち、この憎い相手を滅しようとした。
だが、私はロクサーヌに敗れ、滅される覚悟をした。
ターニアもまた、ロクサーヌに立ち向かおうとしたが、戦いにはならなかった。
ロクサーヌは、この島を人族から守るように複雑な精霊魔法で結界を張ったのだ。
そして、世界樹の大森林から連れてきたエルフたちを番人にした。
私は理解できず、ロクサーヌに問いかけた。
なぜ、ここまでするのだ、と。
ロクサーヌはただ肩をすくめて、事も無げに言い放った。
『別に? ただ、この島を守りたいと思ったからやってるだけよ』
私は、偽善だとか独りよがりだと言ったことを覚えている。
ロクサーヌは私の批判を軽く笑い飛ばした。
『ふーん、それで? あたしは親世代のやったことなんかどうでもいいわ。過去に囚われていつまでも憎しみ合うことほど愚かなことはないと思うわ。お互いに歩み寄って、憎しみの連鎖を終わらせることは、尊いことなんじゃないのかしら?』
私は完敗したと思った。
それと同時に、何かから解放された気がした。
だが、そう簡単には全ては変われない。
私は今でも人族を信用していないし、警戒している。
守るべき御方がいるのだから。
しかし、いずれは人族と和解し、この残酷な世界を尊いと思えるようになるのだろうか?
今はまだ答えは出ない。
今の私に出来ることは、この尊い自然の叡智であるこの島と尊いこの御方を守ることだけだ。
人が自然を冒涜する時、容赦なく牙をむくことは辞さない。
「あれ? 何かロクたんの気配がする!」
「あ! ターニア様、待っでけらっしゃい!」
この後、人族の認識を改める邂逅があるのだが、今の私はまだ知らない。
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