サメよ、お前は強かった

鳩藍@『誓星のデュオ』コミカライズ連載中

サメよ、お前は強かった


 人生には、負けられない時がある。大切な人のために、どんな犠牲を払ってでも成果を得なければならない時が。


 私は両目に闘志をたぎらせて、戦場へと足を踏み入れた。敵は、昨日と変わらぬ場所に佇んでいる。如何なる挑戦も拒まず、いかなる相手からも逃げはしない。


『一回二百円、三百円で二回プレイ!』


 この日の為に欲しかったネイルも、食べたかったスイーツも我慢して、軍資金を工面した。

 スマホで得た事前情報を整理、脳内で何度もシミュレーションを繰り返す。


 ――絶対に……勝つ!


 財布から召喚した三枚の野口英世を両替機にイン! 百円玉を三十枚入手!

 スカートの両ポケットに全部突っ込んで準備完了!


 私は目の前に立つ敵――大きなサメのぬいぐるみがたくさん詰まったクレーンゲームの筐体を睨みつける。


「いざ、決戦の時!」


 私は意を決して、クレーンゲームの筐体に三枚の百円玉を投入した。



 ◆



「うおぉぉぉぉぉん……」


 店内に流れるポップなBGMに、私の悲嘆が尾を引いて消えて行く。キラキラ輝く店内で、私の周りだけがお通夜待ったなし状態だった。


「お力になれず申し訳ありません……」

「うう……こちらこそ……折角のご厚意にお応えできず……うおおん」


 隣で応援とアドバイスをしてくれた店員さんも悲痛な表情を隠せないでいる。


 最初は孤独な戦いだった。軍資金の半分をつぎ込んで、ネットで検索したぬいぐるみの取り方を実践したが悉く失敗。


 片方のポケットを空にして、もう駄目なんじゃないかと思ったその時。私の戦いを陰から見守っていた店員さんが声を掛けてくれた。


 横からアームを見て、いい感じの位置に来た時に声を掛けてくれたり、『内緒ですよ』と言ってぬいぐるみの位置をコッソリ移動させてくれたりと、出来得る限りの助力を惜しまなかった。


 ――勝てる、これなら勝てる!


 一回で取ろうとせず、店員さんの助言に従って徐々にぬいぐるみの位置を動かしていく。

 目当てのサメが、一回のプレイ毎に取り出し口に近づいていく。サメの確保まで確かな手ごたえに気分が高揚していた。


 していたが故の、失態だった。


 私はこの日思い知った。自分の力を出し尽くしても、誰かと力を合わせても、どうしようもない事が世の中にはあると。


 三百円を投入しての二回プレイを十回。計二十回の挑戦で、軍資金が底をついてしまった。


 中学二年生の私には、キャッシュカードなど持たされていない。アルバイトも出来ず、両親のお小遣いに全てを依存する身には、二十一回目に挑戦出来るだけの財力など持ち合わせていなかった。


 『金』というどうしようもない問題の前にあえなく膝を屈した、その時。


「何してんだ沙織」

「優くん……! なぜここに」

「いや、いつも一緒に来るだろ」


 私の恋人、優くん登場である。


「何? あのサメで良いの?」


 呆然とする私の隣で、平然とを投入。筐体を横から覗き込んでアームの位置を確認し、慣れた手付きでボタンを操作。


 ボトン、と間抜けな音を立てて。野口三人を葬ったサメが取り出し口に落下した。


「ほれ」


 両手で抱えたサメを何のためらいもなく差し出した優くんに、私は思わず叫んでいた。



「――ふざっっけんな、この大バカヤローーーーーー!!!」



「へ!? 何で!? 欲しかったんじゃないの!?」

「バカバカバカバカ、バカーーーーーーーー!!!!!!」


 余りの怒りに語彙力が著しく低下し、ただひたすら優くんの肩をグーで殴るだけの状態になった私を横目に、店員さんがそっと優くんに声を掛けた。


「……あなたへのお誕生日プレゼントにしたかったんだそうです」

「マジか」

「マジだよ!!!」


 私は優くんを殴る手を止め、熱くなった両目を彼に向ける。


「明日の優くんのお誕生日と!!! クレーンゲームでいつも私の推しのフィギュアやらグッズやら取ってくれるお礼を兼ねて!!! 私の力で取りたかったんだよおお!!!!!!」


 それをサラッと一回で取りくさってもおおおおおお!!! と闘牛状態になっていた私は、『叫んだら店に迷惑だろ』という至極真っ当な理由で優くんによってゲーセンの外に引きずられ、向かいにあるクレープ屋で期間限定メニューをおごられた事によって正気になった。


「……殴ってごめんなさい」

「いいよ、別に。食べ終わったら店員さんにも謝りに行こうな」


 戦利品のサメは、大人しく優くんの腕に抱えられている。


「フライングになりましたが、お誕生日おめでとうございます」

「うん、ありがとう。大事にするよ」


 クレープを堪能する私の頭を、優くんは遠慮のない手つきで撫でるのであった。



 ◆



 後日、私がサメを取るために費やした金額を知った優くんは、野口を三人握りしめてゲームセンターで私の推しキャラ関連のグッズをコンプリートした。

 なお私とお揃いにしたいと言う理由でサメも捕獲された事を補足しておく。


 ……ちなみ二百円でワンキルだった。



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