21回目、うどんを食う、宇宙船にて
小早敷 彰良
カレーにすりゃ良かったな
久しぶりに見るざるうどんは、想像通りの見た目をしていた。
関東地方出身の俺の舌に合う黒い醤油のつゆが、宇宙船の振動にあわせて揺れている。
ゆれるたびにかつおの良い香りが立つ。何人かの船酔いの原因である時空跳躍振動も、香りの発生要因と考えれば悪くない。
青いストライプの器に箸と共に添えられ、お替り用のつゆは大きな徳利に入れられている。
そして肝心の麺は、白くもちもちとざるに山盛りされていた。
食べ盛りの俺にあわせた大量の麺は、何の匂いもしなかったけれど、視覚からのどごしの良さを感じさせた。
冷たく〆られた麺特有の、つやつやと濡れた輝きを放っているそれを、箸でつかめば、つるりと逃げていく。
つかみ直せばぷるぷると震えるそれを、そのまま持ち上げる。
長いうどんの端を苦労して、つゆに浸けてやれば、茶色に染みて一層香りが立つ。
そのまま、つるんと口の中に入れる。
つゆに浸かっていない白い麺は、素朴な小麦の味をさせた。
小麦の味を噛んでいると、すぐに甘く変化していく。菓子とは異なる甘い味は、朴訥としていて、久しぶりだというのに予想と全く変わらない慣れ親しんだ味が口の中一杯に広がっていた。
後から、醤油のとがった味が追いかけてくる。
甘い味をかき消すように登場しながらも、小麦の味と交互にしょっぱく場を引き締めていた。
味の変化を楽しんでいるうち、いつの間にか口のなかにうどんがなくなっている。
美味いものを食べていると、気が付くとなぜか飲み込んでしまっている。不思議だ。
二口、三口と無心でうどんを啜っている間も、宇宙船は何度も時空跳躍を繰り返しながら進んでいる。
窓の外には満点の星が煌々と輝いて、麺の白を煌めかせている。
全天に輝かされるうどんとは、貴重ではないか。俺はまたうどんをつかんで、つゆにつけて、口に運んだ。
星の輝きを得たそれも、地球で食べるのと変わりなく、ただただ美味かった。
21回目の食事に、うどんを選んだのは正解だった。
俺は頷きながら、業務日誌のその他欄に所感を記していく。
麺を片手に、業務日誌をだらっと書くのも、一人飯の醍醐味だ。草谷あたりに見つかったら口うるさく怒られること請け合いではあるが、背徳感も宇宙では貴重な調味料だった。
1回目の食事はから揚げにした、
茶色の衣に包まれた鶏肉をじゅわっと噛んで、白米をかきこむ喜びといったら、全宇宙を探してもそうないはずだ。
から揚げからでる肉汁をご飯にあえて落として、醤油を垂らして食べるのもたまらなかった。
邪道ではあるが家庭の味の、わさび醤油でから揚げを食べると、ぴりぴりした緑色が油を別のさらさらした旨味に代えていくのがたまらない。
口の中一杯に美味を味わいながら、これが宇宙の食事かと感慨深かったことを覚えている。
2回目は冷しゃぶだった。
たっぷりの豚肉にポン酢をかけてレタスと一緒に食べれば、さわやかな柑橘類の夏が口の中一杯に広がった。
ちょっと酸っぱいポン酢が、豚肉の甘さを引き立ててやまない。
レタスをぎゅっと頬張れば、身体が野菜を食べている感覚に元気になっていく気がした。
餃子、チャーハン、刺身、とんかつ、肉じゃが、ハンバーグ、オムライス、チキン南蛮、のり弁、海鮮丼、から揚げ二回目、てんぷら、海鮮巻き、春巻、しょうが焼き、野菜炒め、サバみそ、アスパラの肉巻き。
そして今日のうどん。
全て船に備えられた最新型調理装置が、疑似食品再現機能で作ってくれた。
宇宙空間でも食事の質が保たれているおかげか、俺は未知の空域に行く調査団でありながら、毎日を快適に過ごしていた。
毎日といっても、21日目というわけではない。
俺たち第4回近宇宙連盟調査団20人は、順番に起きて船を一人で操縦し、順番がくるまでまた眠りにつく、という業務配分を行っている。
順番のうち最後である俺が起きるのは、これで21回目だ。
つまり、今日は航行を開始して21回×20人の420日目ということになる。
はるか遠くなった地球では、もう1年以上経っているのか。
俺は調理装置に目を向ける。
この器具にレシピを打ち込んでくれた、俺の家族は元気にしているだろうか。
過酷な調査の旅に、食事だけでも故郷を感じてほしいと、機械設計者は各団員の家庭にレシピ入力をお願いして回ったのだという。
そのおかげで、うどんのレシピも、20通り入力されている。
関西人の草谷と出発直前にしょうもない喧嘩をしたのは、醤油が黒いなんてありえないと彼が言ってきたからだったか。
気が付けば、うどんの山はなくなっていた。
うどんつゆに白湯をいれて出来た蕎麦湯モドキを飲み干す。
塩分過多だと医療チームに怒られるかもしれないが、かつおと醤油でできたつゆをお湯で割って飲んだだけだ。すまし汁と何が違うのか。
「ごちそうさま。」
もう数時間もすれば、振動が断続的に起こり、船は止まる。
目的の星、通称、誰も返ってこない理想郷に到着するためだ。
過去3回の調査団は、希少資源を満載した船だけが帰還した。
船員は全員、自らの筆跡で帰りたくない旨を記して、未帰還者となった。
そんな特別な星に、4回目の調査が入るのは、3回目の調査団が消息を絶ってからわずか1年後のことだった。
3回目の調査団と違い、今回俺たちは、帰還したくなる工夫を施された船に乗っているらしい。
過去調査団員の身内や、地球至上主義者が乗っているのも、工夫の一つだ。
行きには美味い飯を食わせてもらえるのも、帰還への理由付けをするためなのだと、こっそり教えてもらった。
「着陸態勢に入ったら、調理装置の機能は停止。再始動は帰還時か。」
船で食べた21回の食事は、これから見る、理想郷の光景に背を向けて、帰る理由になるのか。
そういえばカレー食べてないな。21回目に食べようと思っていたのを忘れていた。
少なくとも俺は、もう帰りたかった。
21回目、うどんを食う、宇宙船にて 小早敷 彰良 @akira_kobayakawa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます