第3話 「欲望」
僕と茅原さんが向かったのは体育館裏の人気のないところだった。そこにいたのは金髪の女の子と、彼女を壁際に追い込んでいる茶髪の男子生徒だった。男の方は髪をオールバックにしており、少しチャラい感じがする。
「何やってるんだ!」
僕が声を張り上げると、女の子と男がこっちを見て、
「あ、助けてください!」
「あ?誰だ、てめぇ?」
女の子は助けを求め、男は凄んできた。
僕が誰か、だって?
「悪いが名乗るほどの者じゃないんだよ。そこで何してた?」
僕がそう言うと、男は「ハッ」とバカにしたように笑い
「あっそ、かっこいいね。じゃあ、ここから退散してもらおうか!」
男が一歩を踏み込んで一気に距離を積めてきた。
「茅原さんは近くに隠れてて!」
僕もそれに立ち向かった。
男が右ストレートをかましてきたのでそれをかわして手をつかんだ。
「ひどいじゃないか、いきなり殴りかかるなんて」
「俺はこいつと大事な話をしてたんだ。邪魔してきたお前が悪い」
今度は右足で蹴りを入れてきた。僕は男の手を離し、身を屈めて避けた。
「何の、話を、してたんだ?」
「あの女がなぁ、俺と付き合っているはずなのに他の男と一緒によろしくやっているところを見ちまったんだよ。だから、ちょっと、指導してやってた、だけだ!」
右の方からフックが飛んできた。僕はそれを手で受け止めたが、足掛けを喰らってしまい、体勢を大きく崩されてしまった。
-クソッ!
正直に言おう。僕は別に喧嘩が強い訳じゃない。攻撃を受け流すのは多少得意な程度だ。
僕は何とか壁に左手をついて倒れ込むのを阻止したが、壁際に追い詰められてしまった。
男がすかさず攻撃を加えてきたので僕は残っていた右手でそれを防いだ。だが、男の方が僕より力が強いらしい。何とか押さえているが、すぐに押し負けてしまうだろう。
僕は不適に笑いなから口を開いた。
「フッ、指導って?あの子、嫌がってたみたいだけど。いくら二股かけられたからって、やっていいことと、悪いことが、あるんじゃないか?」
「よく喋る口だな。けど、足震えてるの分かってるんだぜ?安心しな、すぐに楽にしてやるからよ!」
男が力を加えて僕を壁に強く押さえつけてきた。ぐはっ。
必死の思いで僕が左手で攻撃するも、男はひょいとかわして左手で腹を狙って攻撃してきた。
「ハッ、終わりだ!」
ダメだ。
僕はやられる。けど、時間稼ぎはできただろうか。あの女の子と茅原さんは今頃どこかに逃げているだろう。そう信じたい。
僕はすべてを諦めて目を瞑った。
・・・・・・・・・・・・のだが。
いつまで経っても僕の腹に衝撃が加えられることはなかった。
そっと目を開けると、目の前には動きを止めている男がいた。そして次の瞬間には僕の方に向かって倒れ込んだ。「あ、う・・・」とか唸りながら痛みをこらえているようだった。
って、それよりも。
前を向くと。
「・・・ごめん。・・・タイミング、窺ってた」
右足を大きく蹴りあげた状態で静止している茅原さんの姿があった。
え、えーっと・・・
「か、茅原さん?」
「・・・思いっきり、急所を・・蹴ってやった・・・」
「は、ははは・・・」
僕は笑うしかなかった。まさか茅原さんに助けられるとは思っていなかった。
まぁ、そりゃ女の子の力でも思いっきりやれば、ね。しかも背後からだから。
けど。
「僕、隠れててって、言ったんだけどな」
僕は苦笑した。
女の子を喧嘩に巻き込む訳にはいかなかった。だから僕は隠れててって言ったのだ。
すると茅原さんは口元に不器用な笑みを浮かべてこう言った。
「・・・手伝いって・・・言ったから」
「・・・!」
そういえば茅原さんは僕の手伝いをするためについてきてくれたのだった。僕はその事をすっかり忘れてた。
「ごめん。そうだったね」
僕は精一杯の笑顔を作って笑いかけた。茅原さんはそれにうん、と頷いた。
「あのー、先輩、ですよね?」
どこかから知らない人の声がしたので探してみると・・・
「ありがとうございました!めっちゃかっこよかったです!」
僕の右手を両手で抱えている金髪の女の子がいた。あ、この子がいたんだった。
って、逃げてないんかい!茅原さんとこの子、何してたんだよ。
「私、西條ありあって言います!先輩の名前とライン教えてください!」
「あ、え、えーっと・・・」
ごめん。あんまり近づかないでくれ。胸が思いっきり腕に当たってるし、いい臭いが漂ってくる。
っていうかさ、
「君、ここに倒れてる男以外にも付き合っている人がいるんでしょ?まぁ、この男はともかく・・・」
僕の言葉に西條さんは「何が悪いんだ?」と言わんばかりに首を傾げた。
「・・・そうですけど。別に、誰と友達になろうと私の勝手じゃないですか?」
「いや、まぁ、そうだけど・・・」
この子はきっとこんな性格をしているものだからさっきのようなことが起こるんだ。
まぁ、でもこの子の言うことも一理はある。男は男と、女は女と友達にならなければならないなんてことはないのは事実だ。
「僕は別に君と友達になりたいから助けた訳じゃないんだ。だから-」
続きを言おうとしたところで西條さんに遮られた。
「私は先輩に興味を持ったので友達になりたいなぁって思っただけです。助けてもらった恩を返したいっていうのもありますが。だから先輩も私と友達になりたいかどうかだけを考えてください!」
「・・・・・」
西條さんは自分の抱いた感情のままに行動をする子なのかもしれない。良くも悪くも。
それにしても、この子と友達になりたいかどうか、か。
うーん。
・・・・・・・。
ま、まぁ、なってあげてもいいかな!
いや、断じて西條さんがそこそこ可愛いからではないぞ?
僕はひとつ、ため息をついてから口を開いた。
「分かった。僕は青藤渚。ライン教えてあげるけど、用事もないときにあんまり連絡してこないでね。しつこいとブロックする」
僕がラインの画面を見せながらそう言うと、西條さんは「やったー!」とばんざいしながら喜び、スマホを取り出して操作し始めた。
何でかわからないが、僕は突然身震いした。
うーん、日が落ちて気温が下がってきたからかな。
おかしいな・・・
おっかしいなぁ・・・
うん、絶対に気温が下がってきたからではないですね。まだそんな季節でもないですし。正面にいる茅原さんが無言で放つオーラのせいですね。
僕が冷や汗を滴ながら茅原さんに「ど、どうしたの?」と聞くと彼女はふいっと顔を背けて
「・・・別に」
と小さな声で言うのだった。
何なんでしょうね、ほんと。
僕は日が沈みかけている夕暮れの空を見上げてため息をつくしかなかった。
☆☆☆
夜。
僕が自分の部屋で勉強やら何やらを済ませ、ひと息吐こうと思っていたところにスマホが震えた。画面を覗いてみると、西條さんからだった。
『先輩。ちょっとお話しませんか?』
うーん。まぁ、まだ寝るまで少し時間あるし別にいいか。
僕は相手をしてあげることにした。
『いいけど。何?』
すぐに既読がついて、返信が来た。速いな。
『先輩って、彼女いるんですか?』
まぁ、女子トークの定番か。こういうこと聞くの大好きだよな。
『いないよ。残念ながら』
またすぐに返信が来た。
『ふーん、あっそ・・・』
おい、何だその返事は!君が聞いてきたんだろ?ドライすぎやしないか?
『他に用か用?』
僕は少し怒りを込めてメッセージを送った。
するとこんな風に返信が来た。
『ああ、ちゃんとありますよ』
続けて送られてきたメッセージはこうだった。
『先輩は欲望に忠実な方ですか?』
えらく急だな。
『どうしたの?急に』
僕がそう送ると『いいから答えてください!』と返信が来た。いいからさっさと答えろということらしい。仕方のない後輩だと思う。
『僕はどっちかと言うと違うかな』
だって、人を助けることより自らの欲望を優先することなどできはしないから。たとえ自分が死地に足を踏み入れたくないと思っていても、そこで窮地に陥っている人がいれば助けようと足を踏み入れてしまう。僕はそんな人間なのだ。
「人を助ける」ということは僕にとって使命のようなものであり、それは必ずしも「したいから」というわけではない。
僕が送って少しした後、西條さんからの返信が来た。
『・・・そうですか。私はどっちかというと忠実な方です。・・・けれど』
けれど。
一体何が続くのだろうか。
そう思っているとまた彼女からメッセージが送られてきた。
しかしその内容に少し驚いてしまった。
『欲望に忠実なのは悪いことだと、思いますか・・・?』
一体どうしてこんなことを聞くのかという疑問は少し考えて何となく想像できた。西條さんは彼氏がいても男子と友達になりたいから友達になり、男子と仲良くしたいから仲良くするような性格の持ち主だ。それはまさに欲望に忠実と言える。だが恐らくそれがもとでトラブルを起こすことも多いのだろう。今日のような。
それにしても、どう答えたものか。難しい質問だ。けれど僕が何かを言うことで彼女の助けになるというならば答えてあげるべきだろう。
僕がうんうん唸りながら考えていると、不意に西條さんからメッセージが送られてきた。
『ごめんなさい!変なこと聞いちゃいましたね。忘れてください!では、今日はこの辺で』
え、いやちょっと待てよ!
『今、考えていたところなんだ。答えるから待って』
と送ったものの何分経っても既読はつかなかった。
これは明日直に会って言うしかない。
僕はスマホを机に置いてベッドに寝転んだ。
何だったんだろうか、本当に。
僕が偶然助けたのは、寡黙な茅原さんだった 蒼井青葉 @aoikaze1210
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