ランデス狂い、おっさんに出会う
渡る世間に鬼はなしとはよく言ったもので、爛は異世界にやってきてもオーガの類には出会わなかった。
何なら人にも出会わず、鬱蒼としげる暗い森の中を、とぼとぼ歩いていた。
「くっそ、あのチンチクリンの野郎、飛ばすならせめて人里近くにしろよなぁ。アタシの完全無欠なコミュニケーション能力が全く活かせねえじゃんかよ」
何だか偉そうなことを言う爛であったが、彼女の対人能力はそこまで高くない。嫌がる友達にランデスをかまし続け、いつの間にやら小中高とソロプレイを貫くようになった悲惨な経歴を見れば、どこの世界でも人の輪に入れないことは明白である。
しかし、思考回路だけは太陽燦々なお花畑なので、彼女はいつでも前向きである。おかげで人の顔色もろくすっぽ窺わないので、一向に他者との交流が上達しない次第である。
「つか、結局アタシに授けられたスキルが何なのか、全く分かんねえしな。こういうのってどこからともなくステータスバーが飛んでくるもんじゃねーのかよ。あの白髪女神すげー不親切だぜ。ああいうダメ運営がコンテンツ腐らせるんだよ」
次々と独り言が湧いてくる。爛は友達がいないので、壁やら虚空やらに話しかけるのは大得意だ。カードゲームだって母親以外とやったことはあまりない。部屋でも基本一人回しである。孤独に時間を潰すことに関して、同年代の女子高生で爛の右に出る者はいないのだ。
「いやー、しかしマジで誰とも会わねーよなぁ。もうかれこれ三時間ぐらい歩いたんじゃね? どんだけ森の深い世界なんだよ。いけどもいけども、マナが滾ってそうな大自然しか見えねえんだけど」
彼女が実際に歩いたのは四時間である。木の根や草の群れや土の凹凸で、割と歩きにくい道を長時間進んでいるにもかかわらず、爛は息一つ切らしていない。
別に、これが女神の与えてくれたスキルという訳ではない。彼女は昔から、フィジカルがとてつもなく強いのだ。
屈強な父の遺伝子が深く作用したのだろう。背は高く、引き締まった体にはしなやかな筋肉が絡みつき、美しい獣を思わせる。これでスポーツでもやっていれば、きっと沢山のファンやら友達やらが出来たのだろうが、しかし世の中はそう上手くいかないものだ。
運動よりカードゲームの方が好きな爛は、小中高と帰宅部を貫いている。おかげさまで恵まれた肉体は尊敬の対象ではなく、「運動部でもないのにつよつよフィジカルを誇る謎の多いヤベー奴」といった雰囲気を醸す呪いの装備と化していた。
そんな彼女であったが、日々の鍛錬を欠かしたことがない。カードゲームのためだ。
別に前腕を鍛えることで引きを良くしようというような、オカルト理論にハマっている訳ではない。単純に体をいじめ抜くほどに知恵が働き、面白いランデスコンボが考えつくのである。なので爛は自宅でカードを弄る以外のプライベートでは、もっぱらランニングやらスクワットやら片手小指逆立ちなどをして過ごしていた。
才能と努力の両輪から成る凄まじい肉体を駆動させ、すったすったと木々を抜ける。枝を蹴散らし、葉を踏み締めて、緑の匂いに体を浸す。
五分、十分、十五分。
爛は、立ち止まった。
「あ、あれはもしや」
地面を踏みしめ、一気に加速する。ジャキっ、ジャキっと音が出そうなほどパワフルな走りで、大自然を緑色の奔流に変え、背景にする。
「おーい、おっさん!!」
数十メートルは離れた位置に、人影があった。
眼鏡をかけた男だ。
歳は三十前半ほど。背は高いがヒョロリとした、灰色の薄いコートを着た黒髪の男が、大木の前で難しい顔をしているのが見えたのだ。
彼は凄まじい勢いで迫る爛に、気づいていないらしかった。かなり集中しているようだ。分厚いレンズ越しの両目で、穴が開くほどに大木を見つめている。
「あれ? 聞こえてねえのかな。おーい、おっさん! こっち向けー……どわぁっ!?」
瞬間、彼女は石に躓いた。
体が浮き、砲弾のような勢いでもって、前方に突っ込む。
前方には枯れ枝のような中年男性。
彼女の石頭が、男の横腹にめり込んで、吹き飛ばした。
「ほげえ!?」
どんがらがっしゃんと細長い体が地面に叩きつけられる。まるで交通事故だ。バイソンと相撲をとっても、ここまで綺麗に吹き飛ばされることはあるまい。爛は自分のタックルの才に感動しつつ、倒れ伏す男に近づいた。
「あー、大丈夫か? 生きてる?」
ピクリとも動かない。
「あちゃー、やっちまったくさいな。まあいいや。とりあえずドロップしたアイテムだけ回収して先に進もう」
「……いや、まず助けなよ」
「あ、生きてた」
腰をさすりながら、ヨロヨロと男が立ち上がる。苦虫を噛み潰したような顔で、忌々しげに言う。
「ああ、くそ。とてつもないダメージだよ。中年男性の腰は少女の恋心より繊細だってお父さんに習わなかったの君?」
「習わなかったよ。アタシの父ちゃん屈強だもん。その気になれば腰で釘が打てるって言ってた」
「なるほど、話が通じないと思ったら君はハンマーを父に持つのか。ここは人間の文化圏だから侵しちゃ駄目だよ。早く金床にお帰り」
シッシッと追い払うように手を振ると、男は再び木を見つめだした。一体全体、何が面白いのだろう。盆栽のようなわびさびでも感じているのだろうか。
「なー、おっさん。なー、おっさんよー。アタシこの世界に来て日が浅いんだわ。ガイドしてくんない?」
「何言ってんのか欠片も分かんないけど、おっさんは今仕事で忙しいの。
「あん? ページ?」
聞きなれない言葉である。否、正確には前の世界でも、同じ単語を耳にしたことはあるのだが、話しぶりからしてそれとは異なるように感じる。
まさか、異世界特有のものだろうか。爛は尋ねてみることにした。
「なー、おっさん。そのページって、一体何なんだ?」
「おいおい、本当に異世界から来たのか君は。頁ってのは、マナの流れを整えて魔法を使えるようにする呪符のことだよ。学校で習わなかったの?」
爛は何だかワクワクするのを感じた。どうやらここでは、ゲームやらアニメやらに登場する異世界と同じように、魔法が登場するらしい。彼女はまだ十七歳だ。
超自然的な力学に対する憧れは、並々ならぬものがある。
「何だよー! ここってそんな素敵な世界なのかよー! ちょ、おっさん! アタシも魔法使えるのか!?」
「……何だか、様子がおかしいな君。……ちょっと、念のため名前を教えてくんない?」
その時になって、初めて男の眼に訝しむ色が生まれた。しかし、そんなこと爛には分からない。顔色含め、マナカラー以外の彩りは専門外である。
「アタシは焦土爛! トラックにはねられてから、チンチクリン女神のお導きでここまでやってきたんだ! 異世界初心者だから仲良くしてやってくれな!」
「ショード・ランねぇ。あまり聞かない名前だ。もしかして、外国の子? いや、それにしては言葉が通じるしな……」
ぶつぶつと低い声で何か溢している。しかし、それによって自分に何か有益なイベントが起こることはないだろう。つまるところが時間の無駄だ。命短し恋せよ乙女。異世界巡るなら尚のこと、ぱっぱと話を進めたい。
そう結論付けて、爛は言った。
「小難しいことは分かんねえけど、言葉が通じるのは多分女神が気を利かせたんだろ。そんなことより魔法だよ魔法! アタシ魔法使いたい! 主に口から火とか吐きたい!」
「あーうん。まあ、君が【炎】の頁持ちなら出来るんじゃないの」
怪訝そうな顔を浮かべながらも、男はそんな風に答えた。
これまた新たな疑問が湧いて出た。
「頁持ちって何だ?」
「……なるほど、何となく分かってきた。つまり、君はあれだな? 頁という文化を持たない国から、訳あってこの森に迷い込んだ女の子ということだな?」
「うん!」
何か勝手に勘違いしてくれたようなので、そのまま話を進めることにした。
男は少しだけ雰囲気を和らげて、わずかに黙った。分かりやすい言葉を選んでいるらしかった。
「えーと、つまりだね。君もある程度は知ってるだろうけど、僕らの住む世界には『マナ』と呼ばれるエネルギーが存在するんだ。んで、人が魔法を使うためには、このマナをエネルギーとして消費しなければならない。ここまでは分かる?」
「なるほど、つまりはストーブに火をつけるのに灯油を使わなきゃならないみたいな感じだな?」
「いや、ストーブって何さ。……まあいいや。とにかく、重要なのはここから。人は魔法を使うのにマナを必要とするけど、自然界にあるのものをそのまま使うことはできないんだ。人間が魔法のエネルギーに出来るのは、それ用に調整されたマナだけなんだよ」
「なるほどな! つまり、牛乳の成分を調整しないと、飲んだ人が腹を下すというような話だな!」
「あ、牛乳は知ってるんだ……」
やや困惑したような顔を浮かべつつ、彼は身に纏うコートのポケットに手を入れると、何かを取り出した。
長方形の紙であった。ややザラザラとしたクリーム色の厚紙で、表面には赤で紋様が描かれている。
「これが頁。この森に生える『
そう言いながら、男は懐から短いナイフを取り出した。そして、目の前の大きな木に刃を寝かせると、林檎の皮でも剥くように、ショリショリと切り取った。中々の切れ味である。
「おっさんの仕事はね、こうしてはぎ取った賢樹の表皮を札に加工することさ。まあ、一般的な頁職人ってやつだよ」
「へー、そうなのか! 何か凄いな! つまり、おっさんのお陰でこの世界の人たちは魔法が使えるってことだろ?」
「あ、やばい。今までの非常識極まる振る舞いの数々を、その一言で全部許してしまいそうな自分がいる」
ポッと頬を赤く染める中年男性の図は、かなり気味が悪かったが、爛は幸運にも頁に意識を取られていたので、目の前の惨劇を見ずに済んだ。
「頁のさ。この赤い文様て、何なんだ? お洒落か?」
「いや、それは回路だ。大気中のマナをその紋様に通すことで、人間に扱えるように調節するのさ。……えーと、じゃあ実際にやって見せようか」
男は手に持ったクリーム色の紙を地面に置くと、目を閉じた。
次の瞬間、札の表面の文様が、赤く泡立ち始めた。
まるで水が沸騰するように、ブクブクと気泡を飛ばすと、やがて空気に溶けるように消えてしまった。
その時、爛は確かに周囲の空気が変わるのを感じた。
札の表面に刻まれた紋様が、そっくりそのまま透明な魔力となって、四方を満たしたようだった。
「はい、これで魔法を使うための力場が完成した。今俺達の周りには、人間がエネルギーに出来るよう調整済みのマナが満ちている」
「え!? じゃあ、もしかして私もこのマナを使えば、魔法が使えるのか?」
そう尋ねると、男は薄く苦笑いを浮かべた。
「いや、残念なことに爛さんは使えない。何故なら、周囲にあるのは俺用に調整されたマナだからさ」
「え、どうしてそんなことすんの? 嫌がらせか? 武力に訴えていい案件か?」
「違うからその拳は収めてね。いや、頁ってのもそこまで便利じゃないんだよ。さっき、大気中のマナを紋様に通すことで調整するって言ったろ? 実はね、あの文様は人の血で刻まれてるんだ」
「えーっと。……つまり?」
「つまりね、頁がマナを人間用に調整するためには、人間の血を媒介する必要があるのさ。でも、こうして調整されたマナは、血の持ち主である人間にしか使えないようになってるんだ。んで、そうやって調節されたマナは、個々人によって属性が異なるんだ」
爛は少し考えてから、思い出したように指を鳴らした。
「なるほど。じゃあ、あれか? 人によって、炎系の魔法が使えるマナだとか、水系の魔法が使えるマナだとか、血液型みたく個人差があるってことか?」
「そうそう。その人の血が刻まれた頁によって、使える魔法が変わってくるってことだね」
「じゃあさじゃあさ! アタシの血で紋様を刻んだ頁なら、アタシ専用の魔法力場が完成するってことか?」
「うん、そういうこと。ちなみにその魔法力場のことを、俺達の国じゃ『
頁。マナ。聖域。色んな言葉が脳味噌に染み込んでいく。まだまだ分からないことだらけだが、それでも何か楽しいことが起こりそうな予感がした。
ひとまず逸る気持ちを抑えて、爛は右腕を差し出した。
「ん? 何、この手」
「いや、見りゃ分かんだろ。くれよ、その木の皮。アタシの血を塗るから」
「え……嫌だけど」
「えぇええ!? マジで言ってんのかおっさん!? 今のは完全にお役立ちアイテムをアタシにくれる流れだったろ!? 冒険に導いてくれる賢者系のNPCムーブだったろ!?」
びっくり仰天といった具合に、両腕を手に掲げてドシェーというボディランゲージをかます。
そんな彼女に呆れながら、男は言った。
「あんね、爛さんね。俺にとって、頁は商売だよ? ちゃんとしたお金を払ってくんなきゃ渡せませんよ」
「ケチ! 守銭奴! じゃあ良いよ! アタシ勝手に木の皮剥いで血塗りたくるから!!」
すると男は首を横に振り、チッチッチと指を揺らした。
「これだから素人はいけない。良いかい? 頁を作るためには、血をただ塗りたくるんじゃ駄目なの。しっかりと、血液の成分から操れるマナの属性を逆算して、それに合った形状の文様を刻まなきゃ回路として機能しないの。んで、それら全てを問題なくこなせるようになるには、十年以上の研鑽が必要なの。俺だって、師匠から暖簾分けしてもらうのに十五年ぐらいかかったのよ?」
「へん、そりゃおっさんがNPCだからだよ! アタシには女神様から授けられたチートスキルがあるんだ! 多分あれだよ! 木と血の声を聴いて、すんげえ強力な頁を作り出せるとかだよ!!」
爛は意気揚々と賢者の樹から皮を引っぺがすと、耳を当ててみた。
何も聞こえない。
ちょっと指を齧って血を垂らしてみた。
何も起こらない。
指に耳を当ててみた。
何も聞こえない。
ていうか、滅茶苦茶痛い。
「ちょ、何やってんの君!? 湯水のように血が湧いてるじゃないの! ちょ、包帯巻くから大人しくしなよ!」
「うう、騙された……全然チートスキル授かってないじゃんアタシ……あの女神今度会ったら絶対泣かす……三日間は夢にランデスが出るようにしてやる……」
涙を滲ませる爛の指を、男はあっという間にぐるぐる巻きにした。特殊な薬が塗り込まれているらしく、痛みは一瞬で引いた。
「ま、とにかく。これに懲りたら安易な頁作成はやめることだね。じゃ、そういうことで」
これ以上は付き合ってられないとばかりに、男はそそくさと爛から離れていった。
無論、追いかけた。
男は全力で逃げた。
普通に追いついたので、並走する。
「な、何で追ってくんの!? 包帯は巻いてあげたじゃん! 俺なりに手は尽くしたじゃん!!」
「おっさん! いや、お師匠様! アタシを弟子にしておくれよう! どうしても頁作りたいよう、魔法でウハウハしたいよう! 一か月ぐらいでものにさせてよう!!」
「そんな志望動機じゃ雑貨屋のアルバイトも受かんないって!! てか俺弟子取ってないし!!」
暗い森を凄いスピードで駆けていく二つの影。爛はまだまだ余裕だが、男は既に疲労困憊といった様子で、ふらつき始めている。
「ま、マジで勘弁して……俺、お医者さんから酒と煙草と激しい運動止められてるから……あ痛っ!?」
その時、男が何かにぶつかり、ぶっ倒れた。爛は咄嗟に立ち止まると、汗まみれのくたびれた体を抱き起した。
「大丈夫ですかお師匠様! お怪我はありませんか!」
「うぅ……何だかマッチポンプの実演を見せられてる気分……」
男が疲れ切った表情でぼやいた、その時である。
「おい」
彼が突き飛ばした何かの影が、のそりと起き上がった。
人であった。
それも、かなり顔の怖い毛むくじゃらの大男であった。
「てめぇらよ。俺様が森林浴で気持ちよくなってんのに、よくも邪魔してくれたなコラ」
「あ、アタシ分かった。多分こいつ山賊だ。そういう顔してるもん」
「違います―、盗賊ですー。という訳で身ぐるみ全部置いてってください。さもないとー?」
言うが早いか、大男は腰に付けた鞘から鉈を抜き、べろりと舐めた。そしてすぐに口を押えた。舌を切ったらしかった。冷や汗を浮かべワナワナ震えている。
その様子を見て、お師匠様(仮)は見る見る青ざめた。
「そ、その考えなしに刃物をべろべろ舐めて舌を切る悪癖。さてはお前、『口内炎のボンガ』か!?」
「ふははは、そうよ! 我こそは考えなしに刃物をべろべろ舐めて舌を頻繁に切るせいで口内環境が地獄になってることでお馴染み、口内炎のボンガ様よ! お医者様には酒と煙草と光物は止められてるのに、気が付くと口の中に入れてしまってるのさぁ!!」
「しゅ、習性が赤ちゃんじゃん……」
冷や汗をかく爛を他所に、ボンガは「お?」と目を丸くした。何かに気付いたようだ。男の顔をじっと見て、パチンと指を鳴らした。
「どっかで見た顔だなと思ったが、お前あれだな? ペイジ・ブックマークだな? 魔法が残念な頁職人でお馴染みの」
「え、お師匠様って魔法が残念でお馴染みなんですか!?」
「くぅっ……!」
歯を食いしばり、ペイジは涙をホロホロ溢した。
「そうさ、俺は魔法が残念でお馴染みなのさ……! 血が何か駄目みたいで、普通の頁を通しても微々たる量のマナしか作れないんだ……!」
「あー、ボンガがおっさん泣かしたー! 言ってやろー、女神様に言ってやろー!」
流れるように師匠呼びを止めた薄情な爛に、ボンガは鉈を向けた。
「は、うっせーぞクソガキ! とにもかくにも、有り金を全て置いてけ! 言っとくが、俺様はこう見えて頁の才能があるんだ! ペイジと二人がかりでかかってきても、速攻で畳んでやるぜ!」
「だってよ。どうする、おっさん」
「どうするって言われてもなー。今持ってるお金、そっくりそのまま生活費だからなー。これ失っちゃうとおじさん、野垂れ死にタイムアタックに突入しちゃうしなー」
呆然自失といった具合に言葉を漏らすペイジに、爛は「ふっふっふ」と笑った。
「そんなおっさんに朗報だ。なんと、ここでビタ一文渡すことなく状況を打破できるルートが存在します」
「え、そんなものあるの」
こくりと頷き、満面の笑みで爛は手を差し出した。
「……何、この手?」
「アタシ用の頁くれ。それでボンガを追い払ってやるよ」
ポカンとするペイジを尻目に、高笑いをしたのは盗賊であった。
「わっはっは!! ちゃんちゃらおかしいぜ! 言っとくがな、これでも俺様は昔魔法の家庭教師をしてたことがあるんだ! てめぇのような小童にゃあ遅れはとらんぜ!」
「おっさん。ボンガの野郎は都合のいいことに乗り気みたいだ。ほら、ちゃちゃっと作ってくれ」
「早くしてね。俺様、この後バイトあるし」
ペイジはどこか腑に落ちない様子であったが、大人しく先程剥いだ木の皮を地面に広げ、長方形に裁断した。
それから、爛の包帯から滲む血を掬い、スラスラと紋様を描いた。
書き終わると、彼は首を傾げた。
「どうしたんだ、おっさん。狐につままれたような顔して」
「いや……うん。……うん? 何だ、この紋様? ……血の声に従ってはみたけど……うーん?」
独りでぶつぶつ言っていて気味が悪かったので、とりあえず彼女は頁を奪い取ると、ボンガに向かい合った。
「よっしゃ、アタシ専用のマジカルアイテムも手に入ったことだし、コテンパンにしてやるぞ口内炎野郎!!」
「ふん、てめぇのような小娘には負けねえよ! さあ、聖域を張りな!」
「合点だ! ちなみにデュエルスタート的な掛け声は必要か!?」
「いや、別に」
そんなこんなで、爛が異世界にやってきて初の魔法合戦が始まるのであった。
ランデス狂いの聖域焼却 腸感冒 @shimogoe
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