ランデス狂いの聖域焼却
腸感冒
ランデス狂い、女神を煽る
トラックに突っ込まれても、きっと車体のほうが馬鹿になるだろう。
周囲の人間からそう称された
激痛に五感を押し流されて、気が付くと白い空間にいた次第である。
ひとまず自分の全身を確認をした。身長百七十五センチ、体重七十五キロの筋肉質な体は、どこも欠けていない。傷すらない。
しかし、流石に車にはねられて無傷でいられるほど、自分のことを鉄人とは思っていない。
「こりゃ、死後の世界だな」
自然と、そんな結論が出る。ワシャワシャと頭を掻いてみれば、短く切られた赤髪が揺れる。車にひかれたはずなのに、血の一滴もつかない。
そこで、爛は琥珀色の瞳を首ごと動かし、視界の端に立っている白髪の少女を見た。
「で、あんたは誰だ? 閻魔様?」
話しかける。
少女の背は低く、顔は幼く、小学生ぐらいに見える。腰まで伸びた髪の色は白い。身に纏う無地のドレスは淡い銀光を放ち、月明かりを着ているようだ。
やや胸を張るようにして、白髪の少女は堂々と言った。
「僕ぁ女神様だよ。そんでもって、ここは死後の世界じゃない」
「あ? どういうこと?」
爛は首を傾げ、やや太い眉を八の字にする。そんな彼女に、自称女神様は人差し指を突きつけた。
「ここは停留所みたいなもんさ。君にはこれから、僕の管理する世界に行ってもらうんだよ」
聞くべきことは山ほどあるのだろうが、生憎爛はそこまで頭の出来はよくない。矮小な脳味噌をフル回転させて、ようやくひねり出した問いを一つだけ口にした。
「……何で?」
「うーん。まあ色々理由はあるよ? 別次元の人材を送り込むことで、文明に今までにない影響を与えて、大きな変化を起こすとか。でもまあ、一番の理由は暇つぶしかな」
何ともまあフワフワした女神様である。そんな彼女が運営する世界に、爛は一抹の不安を覚えた。
しかし、怖がっていたのでは何も始まらない。どうせ失ってしまった命だ。どんなイレギュラーであれ、再び輝く場所を与えてもらったならば、前向きに生きたいところだ。
そこで、爛は在ることに思い至り、掌をポンと叩いた。
「アタシ知ってるよ。これって異世界転生ってやつでしょ」
白髪の女神は少し首を傾げた。
「異世界転生? ……何だか随分と訳知り顔だけど、君の世界でこういうことってよく起こるの? つまりは、人が別世界に飛ばされること」
「実際には起こらないけど、まあ割と有名な物語形式だな。あ、そうだ。異世界転生させてくれるなら、チートスキルくれよ。アタシ無双したい。力に溺れたい」
「えー、急に図々しいじゃん。途端に僕の世界に入れたくなくなったんだけど。……まあいいや。世界に新しい風を起こすため、違う次元の人間を呼んだんだ。ある程度は強力なスキルを持ってたほうが、より大きな変化をもたらしてくれるだろう。いいよ、少しぐらいなら話を聞いてあげよう」
中々に太っ腹な女神である。爛は内心ガッツポーズをしながら、現実でもガッツポーズをして言った。
「ちなみに、どんなスキルをくれるんだ? 空飛んだり生み割ったりするスキルか? 出会う先々で美男美女がチヤホヤしてくれるスキルか?」
「そういうスキルが欲しいならそれでいいけど。でも、それまでの自分と全く接点のないスキルを得て好き勝手やっても、いずれアイデンティティの拡散とか起きるよ。自分らしさについて、答えの出ない問いを発し続ける虚しい日々に囚われるかもだよ。それでもいい?」
「えぇ……。それは何か嫌だな。アタシは自世界でも異世界でもアタシらしくありたいんだ」
爛が腕を組みうんうん唸るのを見て、女神は人差し指を立てた。
「じゃあ、こういうのはどう? 君が今まで生きてきた中で、一番強く印象に残った言葉を教えてくれ。僕がそれをスキルに加工して、君に与えてあげよう」
「え!? そりゃあ良いや! えーっと、じゃあなあ」
少しだけ考えて、やがて電球が光るように閃いた。
「『ランデス』! アタシ、『ランデス』がいい!」
「ら、ランデス? 何それ」
「知らねーのかよ!? 信じらんねえ! しゃーない、アタシが教えてやるよ!」
「ちょいちょい出てくる上から目線が忌々しいぜ」
青筋を浮かせる女神は無視して、爛は意気揚々と説明を始めた。
ランデス。
元を辿ればカードゲーム用語であり、その意味とは『土地破壊』だ。ここでいう土地とは、簡単に言えばカードを使うのに必要なエネルギー源のようなものである。
ゲームによって土地という言葉が、別の語に変わることもあるが、そのようなエネルギー源を破壊する行為は、総じてランデスと称される。
爛は物心ついた頃から、このランデス狂いであった。
脳味噌まで筋肉のような見た目をしていながら、彼女は幼い頃からどっぷりとカードゲームに浸かるデュエリストであった。TCG大好きな母の影響だ。彼女は友達がおらず夫も乗り気じゃなかったため、自分の娘を沼に落そうと画策したのである。
そんなこんなで、爛は物心ついた時には、母親とよくデュエルしていた。
その際、彼女が母から教えられた戦略が、ランデスであった。
「良いかい爛。この世で最も恐るべき事態は、エネルギー切れだ。石油やら電気やらがなくなったら、滅茶苦茶に不便だからね。なので、そんなエネルギー切れを相手にだけ押し付けられるランデスは、あらゆる面において最凶なんだよ」
ランデスでこちらのエネルギー源をすっからかんにして、一方的に蹂躙してから、母は良い笑顔で言った。
友達のいない理由が、幼いながらに何となく分かった出来事である。
しかし、蛙の子は蛙。ランデス狂いの娘はランデス狂いだ。爛もまた母と同じようにこの戦略に夢中になり、母と同じように友達を失っていった次第である。
そんな身の上話と融合したような説明を聞き、女神は呆れたように頬を掻いた。
「いや、そんなのどうやってスキルにすりゃいいのさ。言っとくけど、僕は自分の世界をデュエルで万事を解決するような自然状態に陥れるつもりはないよ」
「えー、ケチじゃん。お前、本当に神様? あーあ、こんな狭量が管理してる世界とか、死ぬほどしょぼいんだろうな」
「あがががが! 怒りに身を焼かれるぅぅううう!! 荒御魂になるぅうううう!!!」
白目を剥き泡を吹きながら長髪を逆立てる女神に、爛は少し引いた。嘘である。本当は心の底からドン引きした。
しかし、恥も外聞もなく怒り狂ったことで落ち着いたのだろう。数秒後、ややスッキリした顔で女神は言った。
「でも、まあ何とかなりそうだ。よく考えたら僕の世界、ランデス要素を盛り込めそうな余地あったわ」
「え、そーなのか!? おいおい、やれば出来んじゃねえかガキンチョ! で? どんなスキルだ?」
ワクワク顔で尋ねる。一体全体、土地破壊を目の前の少女はどのように調理したのか、気になった。
女神はとても楽しげなスマイルを浮かべて、言った。
「もう、爛ちゃんったら。そんなすぐにネタばらししたら、つまんないでしょ? やっぱり実際に自分の眼で確かめたほうが良いって」
「おうおう、質の低いゲーム攻略本みたいなこと言うじゃん。でもまあ、お前の言うことも一理ある。異世界でどんな風に無双できるか、楽しみにしとくぜ。……一応聞くけど、無双できるような内容のスキルなんだよな?」
「あ、そろそろ時間だ。まだもう少し話してたいけど、爛ちゃんにもスケジュールがあるだろうしね。仕方ない、そろそろお別れだ」
「いや、待て。何終わらせようとしてんだ。無双できるかどうか教えろって」
「じゃーね爛ちゃん。色んな事に気付かせてくれてありがとう。次からは異世界転生に書類審査での振るい分け導入するね」
パタパタと手を振る満面の笑みの女神が、世界ごと白んでいく。
腑に落ちないものをかなり抱えながら、爛は意識を手放した。
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