検体番号『秘匿』

検体番号『秘匿』

　二十一。この数字が何を表すか知っているかな？

　これはね、「世界」を意味する数字だ。タロットカードって知っているかい。あれの大アルカナだね。

　タロットは正位置と逆位置で意味が異なる。正位置は成就とか完成とか。「約束された成功」だなんて解説もあるんだよ。

　逆位置？　衰退、堕落、低迷……それから調和の崩壊、だったかな。

　そうだよ。正位置で頭が下に来るのは「吊るされた男」くらいなものだね。「塔」も人が描かれているものならそうなるけれど、今は気にすることないだろう。

　つまり。君が見ているそのカードは逆位置だってことだよ。一体どんな意味が当てはまるのだろうね？

　貴方は壁に留められたカードを剥がしました。トランプと同じような厚みのそれは、画鋲を刺されていただけで簡単に外せます。

　下部にはⅠⅩⅩの文字が確かに見えますね。教えられた通りならば、上下反対が正しいとわかるでしょう。中央にいる女性の頭を上に見れば、数字はその上にⅩⅩⅠと示されています。

　どうしてこんなものが、と貴方は思うかもしれません。カードを取ったのを見ると、博士はそれを引っ手繰り貴方の胸ポケットに差し込みました。

　そうそう、君もこれで二十一回目だからね。

　最初に説明は受けただろう。君に与えられたのは二十一回だけ。

　タロットは二十一枚で一巡り。二十二枚目など存在しない。それと同じさ。君が向かうのはこれで最後だと言うことだよ。

　子供に言い聞かせるような穏やかな声は、貴方の頭にじんわりと染み込むでしょう。

博士は嘘を言ってはおりません。貴方はそれを確と理解することができます。

意見する必要はありませんし、そのような権限は与えられておりません。そもそも疑問を抱くことすら過ぎた行動です。

　なので博士の言葉に、ただ無感情と頷くだけとなります。それがこの場での行為としては最適であるからです。

　貴方はこの件に拒否権を持ちません。

　貴方はこの件に拒否権を持ちません。

　貴方はこの件に拒否権を持ちません。

　与えられた使命を忘れてはいけません。貴方には為すべきことがあり、その為に命を賭ける。それが貴方の存在価値です。

　新たな枝点が見つかりました。もう失敗は許されません。貴方には存在価値が確かにあることを、博士達に示すのです。

　検体五拾弐番、理解できたならばボックスに入ってゴーグルを付けてください。

□

―――経過報告

　五拾壱番、脳波に異常有。

　向かった枝点は１９４５年、太平洋戦争末期の日本国。

　発生するであろう分岐を調整できなかった模様。日本は歴史通り敗戦となった。

　該当検体はこの空間遡行が十回目でありまだ身体に余裕もあったが、恐らく歴史の修正を失敗し死亡したと見られる。

　戦争がある枝点に空間遡行する場合、単体行動ではやはり相当の危険が伴うようだ。単体ではなく複数のチームを組ませるのも手だが、余分な感情を排除した為に検体同士が協力できるかが課題となる。

　複製体の生産は順調であるのでスペアには困らないが、このまま何の結果も得られないのならば計画自体を変える必要が出てくる。

　一度計画の見直しを行いたく、会議招集を行う。

　世界の滅亡を防ぐ為、人類の滅亡を阻止する為、今残された我々に何ができるかを考える。

□

　新しい検体の準備はできていますよ。遺伝子データがあれば何度でも作れますからね。

　空間遡行の負荷が大きいとは言え、二十一回で使えなくなってしまうことが問題ですが。質を高め過ぎても量が生産できないので、後は数撃つしかないかもしれません。

　計画の変更を検討ですか？

　そうですか、変更されたらこれらも必要なくなってしまいますね。

　すっきりと処分できればいいのですけど。

　生存本能を少し入れてしまったので、命令しても即座に自決はしてくれないんです。もしもの時は毒ガスでも使用しましょうか。

　貴方達は見ている。自分を生み出した存在を。

　彼らはヒトで、貴方達はヒト未満。ヒトの為に働く駒に過ぎない。

　良かったですね。絶望する心も、悲しむ感情も持たされていなくて。

　良かったですね、生に希望を持つことがなくて。