21周年をお知らせいたします
浅羽 信幸
伊吹ひかりの手紙
『伊吹ひかり21周年パーティーのお知らせ』
という見出しからツッコみどころ満載の手紙が、これみよがしに男のポストに入っていた。
あえて言わせてもらうなら、『伊吹ひかり』はロボットでも無ければ科学技術でもって誰かが作ったモノでもない。男の幼馴染であり、人間である。
だから、まずは『誕生日パーティー』か『生誕祭』と記すべきであると男は心の中で付箋をつけた。それから、場所にも。せめてしっかりとポストの中に入れるべきだと。
エレベーターの中でも男はあれこれとツッコみ続けたが、口元は緩んでいるのが全てだろう。その証拠に、手荷物は全て左手にまとめて、右手には手紙だけを折れないように持っている。
家に帰った後の行動もそうだ。
鞄を投げすてるように置き、袖がひっくり返らない程度にしか気を付けずに外套を脱いで男は手紙の開封に至ったのだ。
中から出てきたのはごくわずかな文章。
『すでにふきでいっぱいですが、あなたもふきを持ってきてください。
※21周年になるとかわるよね!!』
ただこれだけ。
「何か、思いついたのか」
長年の付き合いから男は呆れた声でそう判断した。
確かに、ふきの旬と言われている時期には三月も含まれている。だが、これで本当にふきを持っていけ得意げな顔でひかりが爆笑するのが男の瞼にありありと鮮明に浮かぶのだ。
さて、何を思いついたのやら。
ケトルに水を入れ終えた後、机に向かった男が最初に思いついたのはアナグラム。
どうせややこしいことを仕込んではいないのだ。ややこしいことをしっかりと思いついていれば、もっと長い文章を用意したはず。それをできない程度にしか思いついていないと言うことは、同じく簡素な仕掛けである可能性が高い。
あくまでも、『伊吹ひかり』の性格を考えればだが。
さて、『すでにふきでいっぱいですが、貴方もふきを持ってきて下さい』という文章。
主語に繋げられそうな言葉の子音はHが2つ、Nも2つ、GとWは1つだけ。TとKとDが多く、それぞれ4つずつ。
「最初から分解するのは考え方としては愚策か」
何か、ひらめきを待つ方が早いかと男が背を離した時、ケトルが音を立てた。
一切の残心を見せずに男がケトルに向かい、お茶を淹れる。ティーバックだが、良い色になるまで適当に鼻歌を歌いながら待ち、男は紙とペンの前に戻った。
肝心の部分は、何も思いついていない。
「ヒントは、きっとこれか?」
独りごちながら、男は『21周年になるとかわるよね!!』の部分をシャーペンの後ろでなぞった。
21周年。何が変わるのか。
21歳と言わず、21周年と言った。サイがシュウネンに変わっている。
アナグラムでは無いが、文章の部分を代えようとしても『サイ』は『下さい』にしかなく、これを代えると
『すでにふきでいっぱいですが、あなたもふきを持ってきて下シュウネン』
意味が分からない。
「ふき。ふき。ふきだよな。これ絶対」
呟きながら動く男の手は、白かった紙を『ふき』と言う文字で埋めていく。黒く『ふき』で埋めていく。
最早思考はアナグラムから入れ替えへ。たぬきの絵をかいて、『た』を抜かせるとか、笑って解いてねと言って『お』を『らい』に代えるわけでもない。
『ふ』と『き』だ。
「21周年。0が1に代わった。あるいは21まで数えた……」
男は紙に『さ』と書いた。
五十音表における21番目の文字。
次に『U』と書いた。
アルファベット21番目の文字。
英語でもアルファベットでも使える文字。
「Uを言うと見立てて、ってのもないか。アルファベットか英語……」
言っていて、男の指が止まった。
英語。
21周年は21st Anniversaryである。21になって、4から20まで続いていた『th』から『st』に変わるのである。
強引ではあるが、『h』が『t』に変わると見れば、『ふき』が『好き』に変わる。
「まさかな」
とは思いつつも。
妙に納得のいった男は自分から持ってきた物を言うのも癪なので、どう相手に答えを言わせるかに思考をシフトしていった。
パーティーの日時や場所を聞き忘れたのを思い出すのは、彼女に先手を取られてからのお話。
21周年をお知らせいたします 浅羽 信幸 @AsabaNobuyukii
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