ぱりらー
白里りこ
21周年
「ちょうどいいんじゃないかしら」
私の書いたトランペット・デュエットの楽譜を見たハンナは頷いた。
「十二月はジョン・レノンの没後二十一年らしいし」
「あ、そうなんですか……」
「先日のテロ事件の慰霊も込めて、『イマジン』は悪くない選曲だと思うわ」
私はほっと胸を撫で下ろした。
「よかったです」
「早速、合わせてみましょう」
そうして私たちは、残り時間の少ない中、十二月の野外音楽フェスに向けて、トランペットの練習をした。
ぱりらーぱーらぱーらー ぱるらーぱーりらー……。
そして、あっという間に本番の日がやってきた。
ここロサンゼルスは気候が温暖で、降雨量もとても少ないから、冬でもこういった行事が開催できる。
芝生のある広い公園で、人々はのんびり座ってピクニックを楽しみながら、特設ステージを見ている。ステージのそばには多くの立見客も押しかけている。
トランペットの入ったケースを大事に持って人混みの中を進んでいると、突然、私は腕を掴まれた。
振り返ると、知らない大柄な男性がいた。
「!?」
「ジャップ。リメンバー・パールハーバー」
私は硬直した。
今までこういう扱いは何度も受けてきたから、慣れているつもりだったけれど、やっぱり怖かった。辛うじて、「……おおう……」と私は言った。すると、ドンッと突き飛ばされたので、私は楽器ケースをお腹に抱えて芝生に倒れ込んだ。
どよどよと人混みがざわめいた。だが、誰も声は掛けてこない。
「大丈夫!?」
先を行っていたハンナが駆け戻ってきて、私を助け起こした。
「怪我はない?」
「うん。ありがとう……」
「パールハーバーなんて気にしちゃ駄目よ。あれはあなたがやったことじゃないんだもの!」
そうは言われても、私は暗澹たる気持ちだった。
これは純然たる人種差別だったから。「敗戦国」と「東洋人」、二つの要素が絡まった差別。
戦時中のアメリカは、ドイツやイタリアとも交戦状態だったのに、日系人だけを差別して、財産を没収し、強制収容所に入れた。
(そういえば、戦時中の日系人の扱いに対する調査委員会が初めて設置されたのも1980年……二十一年前のことだなあ)
たった二十一年前に、ようやく。……そして今でも、アメリカでの日系人差別は根強い。
「……いい演奏をして見返してやりましょう」
ハンナが言った。
「だって、私たちは『イマジン』をやるんだもの」
「で、でもそれは、9.11の犠牲者と、アフガン戦争の犠牲者に捧げるつもりで……」
「何だっていいじゃないの。平和のためだったら国籍なんて関係ないわよ」
想像してごらん、世界に国境が無かったら──。
そんな、世界平和を歌った歌。
ジョン・レノンはその歌詞を、他でもない、日本人の妻のオノ・ヨーコの詩から思いついたという。
──世界は繋がっている。平和を思う気持ちによって。
私はハンナを見上げた。
「そうですね」
トランペットケースをぎゅっと抱きしめた。
「世界平和のために、私はトランペットを演奏します」
ハンナはにっこり微笑んで、私の手を取り、ステージ裏まで歩いて行った。
そうして私たちの出番となった。
涼しい風の吹く中、マイクの前に立ち、スポットライトに照らされる。
私たちはトランペットを構えた。私の
ぱーらっぱーぱーらぱーぱー ぱーるらー ぱーりらー るー……
曲が終わって、舞台は、万雷の拍手に包まれた。その一つ一つが、平和への祈りになりますようにと、私は願った。
戦争やテロによる憎しみの連鎖が止みますように。失われた命が救われますように。世界中の人が、国境を気にせず、仲良くできる日が来ますように……。
ぱりらー 白里りこ @Tomaten
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