おばちゃん、異世界を縦断する

小日向ななつ

本編

 青い空、漂う雲、飛ぶドラゴン。

 暖かなひだまりが差し込む森の真ん中に、一人のおばちゃんが立っていた。

 その傍らにバラバラになった電動自転車がある。おばちゃんは大きな声で涙を流しながら叫んでいた。

「まだ買ったばかりなのにぃぃ! やっぱあっちがよかったじゃない。お父ちゃんが一万円ケチったからね! 私の欲しいほうにすればよかったわ! ホント使えないポンコツ! ガラクタになったし、燃えないゴミと一緒にだしてやるだから!」

 壊れてしまった電動自転車。

 もう元に戻らない電動自転車。

 おばちゃんは嘆くばかりで、ここがどこなのか全く気にする素振りはない。

「ギギっ!」

「ギィ!」

 そんなおばちゃんを狙うモンスターがいた。一般的にはゴブリンと呼ばれるもの。布で作った簡素な鎧を身にまとい、腰には剣、左手甲に木の盾がある。

 おばちゃんを見つけた二体のゴブリンは下卑めいた笑顔を浮かべる。泣いているおばちゃんを襲い、貴重な金属を奪い取ろうと算段をしているようだ。

「もぉー、やってらんない! お父ちゃんにまた買ってもらうんだから! 今度欲しかったほうね。文句言っても買ってもらうんだからね!」

 おばちゃんはスマートフォンを取り出し、夫に電話をかける。しかし、『プー、プー……』という音声メッセージがスピーカーから放たれる。

 ディスプレイを確認するとアンテナには圏外という文字があった。

「ハァ、圏外!? あり得ない! このスマフォ使えないわね!」

 おばちゃんが叫んだ瞬間、二体のゴブリンが襲いかかる。大きく剣を振りかぶり、それぞれがおばちゃんを斬り殺そうとしていた。

 だが、おばちゃんが振り返った瞬間に黒い閃光が走る。

『ケガはないか、ご婦人よ』

 そこに立っていたのは、黒い豹だった。口にはゴブリンの頭があり、周りにはゴブリンの手足が転がっている。放たれる黒い蒸気が妙な圧迫感を与えるが、向けられる視線は優しさで満ち溢れていた。

『どうやらあなたは異世界からやってきた聖女のようだな。我が名はフレラド。我が力をあなたのために使おう』

「やだぁー、黒豹が喋ってる! 何あんた、神様か何かなの!?」

『人々からは聖獣と呼ばれている。神とは違うが、大きな力を使うことはできる』

「やだぁー! じゃあ神様じゃない。ならこれ直せるわよね? 直してよ、ホント! 直せるでしょ!? 直しなさいよ神様!」

 フレラドはおばちゃんの指先を見る。そこにはバラバラになった電動自転車があった。

 試しに近づき、目視で構造を確認する。しかし、どんなに見ても把握できなかった。

『すまない。この世界のものではない物体は直せない』

「えー! 神様なのにできないの!? お父ちゃんの財布のほうが役立つじゃない!」

『もう一度説明するが、私は――』

「見損なった。それで本当に神様なの!? お父ちゃんにも劣るじゃない。ホント聞いて呆れる! 直せないなら新しいのを用意しなさいよ! お父ちゃんだって壊れたら新しいの買ってくれたんだから! そういうところはホント優しくて頼りになるし!」

『うーむ。新しいのか……』

 おばちゃんに怒られ、考えるフレラド。しばらく唸った後、フレラドは目を大きく広げた。

 構造を理解できないものはどうしようもない。ならば、この理解できないものに憑依し、時間をかけて理解しようと考えた。

『少し離れてくれ』

「ハァ? なんで離れなきゃいけないのよ? あ、もしかして逃げる気!? 神様なのに逃げちゃうのね! 呆れた。お父ちゃんだって私にプロポーズする時、『心の底から震えたけど勇気を振り絞った』って感じで勇敢だったわよ! それをアンタは──」

『やれることはやってみる。だから離れてくれ』

 フレラドは念じる。壊れた電動自転車に触れて、念じる。

 静かに、心も落ち着かせ、念じる。

 いつしかフレラドの身体が輝き始める。黒い身体が白く白く、光を放つ。

 光はバラバラの電動自転車に吸い込まれるように飛び込んでいき、弾ける。

 おばちゃんが目を開くと、目の前にピッカピカの電動自転車があった。

「きゃー! いいじゃないできるじゃないさすが神様じゃない!」

『喜んでいただけたようでよかった。頑張ったかいがある』

「じゃ、さっそく買い物に行くわよ。今日はまるにちのセールがあるんだから! お父さんのオツマミに受験が控えてる息子のお夜食も作らなきゃだし、たくさん買わないとね!」

『あ、待て聖女よ。そっちは腐海の王が――』

「セールは戦争よ! 覚悟を決めなさい! あ、神様がいるから多く買えるじゃない。今日はタマゴが五十円なのよ! さすが神様ね! あ、そうそう。荷物持ちはお願いね、神様」

 おばちゃんは駆ける。美味しいご飯を作るために突撃していく。

 そんなおばちゃんと一緒にフレラドは引っ張られる。いざとなれば聖女であるおばちゃんを助けられるか、と考え電動自転車として共に戦場へ向かった。

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おばちゃん、異世界を縦断する 小日向ななつ @sasanoha7730

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