KAC20217 2回目の21回目

霧野

エースはつらいよ

 トスが上がった。ちょっと短い、が、イケる!


 廿一はたひとらんは勢いよく踏み出す。大きく腕を振って、ステップ。タン、タタン!!

 右腕を振り上げながら高くジャンプ!



 思いっきり打ち込んだスパイクは相手ブロックの親指をかすめた。

「タッチ!」ブロッカーが叫び、レシーバーがボールの落下地点に飛び込んだ。


 受けられた。でもチャンスはまだこっちにある。レシーブが悪く、攻撃に繋げられなかったボールがこちらへ返ってきた。


「チャーンス!」


 らん達は素早く陣形を整え、攻撃の態勢に入る。


「らん!」


 セッターの声が短く響く。アイコンタクトをするまでもなく、らんにはわかっていた。レフトにオープントスが来る。望むところだ。



─── 来い来い来い、今度はちゃんとあげてよ〜!


 大きく助走を取って踏み込み、ステップ。タン、タタン!!


 攻撃は相手のブロックに弾かれた。が、ボールはゆっくりと高く上がり、こちらのコートへ。次の攻撃のため、素早く戻る。


「A!」


 セッターの声に瞬時に反応し、速攻のジャンプへと切り替え、ネットに突っ込むように飛んで短いトスに合わせる。ブロック間に合わない。よし!


 ボールは相手コートの真ん中に落ちた、と思ったらリベロだ。あっちのリベロ強すぎー!


 無理めな体勢でのトスが上がる。向こうは今、前衛が弱いから攻撃は怖くない。一応ブロックには飛ぶが、警戒するのはフェイントとバックアタック。


 はいフェイント来たー、ナイスレシーブ! ボールは綺麗にセッターへ返る。


 手を叩いてトスを呼び込む。ボールの下に入り込んだ時、セッターがこちらに目配せしながら背を向けた。ライトに上げると見せかけて、またこっちに上げるつもりだ。


 顔には出さなかったが、らんは心の中でニヤリとした。まったく、うちのセッターはバックトス好きだな! いいよいいよ、持ってこい!


 セッターの手がボールを掴んだ瞬間、らんは大きく踏み出した。前衛の3人が同時にアタックラインを踏み出し、飛び上がる。向こうのブロックはバラバラだ。


─── はい、いただきました!

 らんは渾身の力で振り抜いた。ボールはストレートコースに突き刺さ……るかと思いきや、またリベロ!!! くっそー、あのリベロ〜!! 絶対決めてやる!!



「持ってこい!!」


 ボールはまだ相手コートにあるのに、らんは叫んだ。守備は仲間に任せ、早くも攻撃態勢に入っている。セッターがニヤッと笑った。


 相手を挑発するかのように、ゆっくりと綺麗な弧を描いて高いトスが上がる。2枚のブロックがきっちりついた。上等じゃない。ブロックごとぶっちぎってやる!

 らんは相手ブロックの目を見据えたまま打ち込んだ。ブロッカーの動揺が伝わる。


─── よし、ブロック吸い込んだ! チッ、相手セッターがカバー。


「上げて!!」


 完全にムキになっている。自分でもわかっていたが、ここまできたらこのラリー、絶対に自分の手で決めたかった。

 それはセッターもわかっている。なんせ小学生リーグから組んでる相手だ。ヤツはなんだか若干ニヤニヤしている。


 今度はクロスへ! ブロックのわずかな隙間をすり抜け、スナップを効かせたスパイクでボールは回転しながらコートの隅へ……






「ちょ、またぁ?」


 へろへろとステップを踏み、らんはなんとか飛んだ。けれど、その手はネットの上まで届いていない。ふわりと軟攻でしのぐ。ペチ、とショボい音がして、それでもボールは狙いどおり、相手コートにぽっかり空いた空間へ吸い込まれた。が、飛び込んできたレシーバーがなんとか上げる。


「ちょと、休ませて……」

「お前がエースだろ。エースが決めなくてどうすんの」

「そりゃそうだけど、もう何回飛んだか……」


 肩で息をしながら、らんはアタックラインへと戻った。脚が重い。絶対自分が決めると決意したことを、ちょっぴり後悔していた。

 セッターの目が爛々と輝いている。このどSやろう、変なスイッチ入ってやがる……


 練習試合の会場は静まり返っていた。

 見学に来た生徒達は、いつまでも続くこのラリーを固唾を飲んで見守っている。「ボールを回せ」とさっきまで頻りに叫んでいたコーチの怒号も既に止んでいた。トスを呼び込んでいたチームメイトも、もはやらんのフォローに専念し、キュッ、キュッというシューズの音とボールを打つ音だけが体育館に響いていた。


 異様な雰囲気にのまれたのか、レシーバーがミスってボールを後方へ逸らした。間に合わないと判断したセッターが叫ぶ。


「バックアタック上げて!」


 う、うそでしょ………よろめくように、らんはアタックラインから大きく下がり距離を取った。このチームでバックアタックが打てるのは、自分しか居ない。そしてトスが上がったなら、アタッカーは飛ばなければならない。エースであればなおさらだ。


───クッソーーー、この鬼セッターめ!!!


 後衛が高くトスを上げた。いい2段トスじゃねーかばかやろう……疲労のあまり脳内で暴言を吐きながら、らんは精一杯飛んで背を反らし、ドライブをかけたスパイクを放った。ボールは少し山なりになるが、回転のせいで威力は増すはず。


 ボム! と音がして、会場からため息のようなどよめきが起きた。だが相手からはもはや、攻撃の意思が感じられない。戦意喪失というやつだ。ほとんど惰性に近い空気が感じられた。


 セッターもそんな空気を正確に感じ取っていた。「次で決めろよ。Bクイック」


 やる気の感じられない、山なりのパスが返ってきた。レシーブが綺麗にセッターへ返る。らんは残る力を振り絞るように飛び出す。

 ネットと平行に飛んできた速いボールを、間髪入れずに全力で叩きつけた。



「ピーーーーッ」


 ホイッスルが鳴った。会場は大きくどよめき、拍手が沸き起こる。


 肘をぶつけ合って喜び合うチームメイトを他所に、らんは床に手をつき荒い呼吸を繰り返していた。


「おわった………」


「らん、復帰戦おつかれ〜」「頑張ったなー」「いや〜、面白かったわ〜」

 口々にかけられるチームメイトからの声にも応えられず、らんは体育館の床にゴロリと寝転んだ。真っ赤になった右手のひらが、じんじん痛む。それは、懐かしく心地よい痛みだった。


「し、しんど〜」


 セッターがニヤニヤしながら手を差し伸べてきた。

「ほら、起きろ。集合だよ」



 ネットを挟んで両チームが並び、一礼。

「ありがとうございました!」


 主審の向こう側では、コーチが相手のコーチに深々と頭を下げていた。




 体育館の隅っこで持参したスポーツドリンクをがぶ飲みしていると、相手主将と挨拶をしていたセッターが戻ってきた。らんは汗をぬぐったタオルをシュッと振り、セッターをぶつ真似をする。


「ちょっとぉ、何回打たせんのよ。殺す気か」


 親友でもあるらんの相方は、ヘへへと笑った。


「いいリハビリになったんじゃない?」

「いや、そのリハビリでこっちは瀕死寸前だからね」

「だって半年近いブランク明けての初試合じゃん、あれで試合勘は戻ったでしょ」

「……それは、そうだけどさぁ。スパルタすぎだって、鬼セッター」


 しれっと済ました横顔で、鬼セッターはスポーツドリンクを飲んでいる。


「……21回」

「はい?」

「最後のラリーでさ、何度か止められた時点で決めたの。21回目で終わらせてやろうって」


 らんは呆然と相方を見返した。


「あれ、わざとやってたの? ……なんで」


 それは当然の疑問であったし、それを完遂させたその技量に、らんは驚きもした。


「向こうのチーム、途中から完全に戦意喪失してたじゃん? だから最後に、あんたが一番打ちやすいトス上げれば終わるかな〜って。で、21回目」


 これ以上堪えきれないとばかりに、セッターは吹き出した。


「あんたが今朝言ってたじゃん。『21回目でやっと成功した〜』って」

「それ、ハムエッグの話じゃん………バレーボールと関係ないじゃぁん!」


 らんは再び、力なく仰向けに倒れた。


 らんの母親が事故で亡くなってから、週末だけ担当するようになった朝食作り。

 今朝作ったのが、試行錯誤を繰り返し21回目でついに完成した、完璧なハムエッグだったのだ。



「まぁまぁ、ゲン担ぎってやつだよ。ってか、21回も打ってやっと決まるとか、まだまだ調子戻ってないからね」

「……わかってるよ。オニ!」


 コーチに呼ばれて、笑いながら背を向けて去っていくセッターをしばらく見守っていたらんだったが、やがてへらへらと笑いだした。


 鬼セッターが、「いくら先輩のいない練習試合だからって、試合をおもちゃにするな!」と鬼コーチに怒られて、首をすくめていたからだ。




 鬼コーチの怒鳴り声をBGMに体育館の天井を見上げながら、らんは自分の心が復活していくのを感じていた。



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