第33話 人型の時はペット感覚厳禁
翌朝、目が覚めるといつかのように頭を下げるヨルンさんの姿があった。
どうやら今回はヨルンさんの方が先に目を覚ましていたようだ。
「おはようございます」
「昨日は申し訳ありませんでした」
人型になって挨拶したら謝罪された。
これはあれだな。抱き枕にした事を謝っているのだろう。だけどその程度全然構わないので手を振る。
「いえいえ。疲れていたんですよ」
たぶん精神的に。アニマルセラピーを必要とする程に。
考えてみればヨルンさんにとって、今回の出来事って相当精神的にもきつい事だったと思う。あちらで感じた悪意のようなものにずっと晒されていたのだと思うし、囮なんて自分からやると言ってやったけど、あんな酷い事をされて平気な筈がない。ほんとにあんな酷い事を……
脳裏に意識の無いヨルンさんの姿が浮かび、咄嗟に顔を伏せる。
「キヨ? っ……すみません、もう嫌がる事はしませんから」
「違います」
焦って謝るヨルンさんの手を握り、視界がぼやけたまま額にこすりつける。
あったかくてちゃんと生きてる手に、心の底から安堵する。
「ちょっと、思い出してしまって……どこにも怪我はないですよね? 大丈夫ですよね?」
わかっているのにそんな事を聞いてしまう私をヨルンさんは膝に乗せ、そのまま小さな子にするようにとんとんと背中を優しく叩いてくれた。
酷い姿のヨルンさんを思い出してザワザワした胸が、宥められるように静まっていくのを感じる。魔法の手みたいだ。
「大丈夫ですよ。どこも怪我はしていません。不安にさせてしまってすみませんでした」
「いえ……私が無駄に不安になってるだけなので、わかってるんですけど、止まらなくて、すみません。ちょっと待ってください」
気持ち的にはもう大丈夫なのだが、一度流れ出した涙がなかなか止まらず、ぐしぐしと擦り、ふーと息を吐いてどうにか止めた。
「大丈夫です、すみません朝から」
小さくても重いだろうと膝から降りようとしたが、背中に回った腕が解けない。
「ヨルンさん?」
「はい?」
上を見上げると、キョトンとした顔があった。
「あの、重いですから降ります」
「……あ。……いえ、重くは全然……ないですが」
しまった。という顔を一瞬したような気がしたが気のせいか。
ヨルンさんは私を下ろすと、ベッドから足を降ろして立ち上がりテーブルの上から何かを取ってこちらに戻ってきた。
「キヨ、お願いがあるのですが」
「なんですか?」
何か出来る事あるかな? と、ヨルンさんを見上げると、ヨルンさんは私の前に手のひらを出した。そこには青みがかった緑の小さな石が二つ、キラリと朝日を浴びて輝いていた。
「これを耳につけていてもらえませんか?」
「いいですよ。どうやってつけたらいいです?」
ピアスみたいなのだと怖いなと思ったけど、突き刺すような構造をしていないのでどうやるんだろうかと見ていると上から溜息が聞こえた。
なんです? と見上げると心配顔があってさらに疑問符が浮かぶ。
「キヨ。もう少し警戒心を付けた方がいいですよ」
「え?」
「他人からのものを無防備に受け取っては何をされるかわかりませんよ」
「でもヨルンさんですよ?」
「………。これは魔道具の一つです。本来は魔力を溜めて必要な時に引き出すためのものなのですが」
さらっと流された。ちょっと待って欲しい。
「ヨルンさんなら別に警戒しなくてもいいですよね?」
「……一応、警戒はしてください。何でもかんでも受け入れると思われてしまいますよ」
「ヨルンさんのお願いなら聞きますけど」
だって無茶な事は言わないと思う。お願いと言いながらそういうのって結局私の安全を守るためのものだったりするじゃないですか。今までそうだったし。
ヨルンさんが警戒しろと言うのもわかるけど、私だって本当にその辺りのラインは引いてるつもりだ。
ヨルンさんは即答した私に一瞬言葉を詰まらせて、がくりと項垂れた。
「……私がこれなのだから、キヨもそうなのだろうな」
「え?」
「何でもありません。わかりました、私以外にはきちんと警戒してください。この砦の者であっても例外ではありません」
「了解です」
真面目な様子で注意されたので、ラジャー!と真面目に返したら、ちょっと疑うような目で見られた。
「ちゃんとわかってますよ? こう言うと引かれるかなと思って言いませんでしたけど、頭のどこかで人間と関わるのはどこまでにしようかなと無意識に測ってる部分があるんです。それって本当の意味で人を信用してないというか、友好的ではないというか、やっぱり私は人間じゃ無いんだなと感じる部分で、それが薄まるのはヨルンさんが関わってる時ぐらいなんですよ」
ヨルンさんが気を許している隊長さんやフォなんとかさんや、ナイスミドルや厳ついおじさん。そういう人達には働かないが、実は食堂のおっちゃんにでさえ冷めた部分が残っているのだ。それはもう私の感情を超えていると言うか、本能としての感覚に近いものがある。と、思う。たぶん。なにぶん精霊なんてものになったのは初めてなので断言は出来ないが。
「そうなのですか?」
驚いたように言うヨルンさんはきっと私が無邪気に砦の人に懐いていると思っていたんだろう。確かに最初はそうだったしそれ自体は否定しないけど、そうなのだ。人間だとしたら結構薄情な思考だよなと自分でも思う。
「そうなんです。二面性があるようで薄気味悪いですよね」
あんなに懐いている姿を見せているくせに、その裏冷めているのだから。
自嘲しそうになるのを堪えて苦笑を浮かべれば薄い青色が視界に広がった。
一瞬遅れてそれがヨルンさんの服だと気づいた。
「薄気味悪いわけがないでしょう。精霊としての本能がきちんとあった事にむしろ安心しました」
「……でも、腹の中では何を考えているのかわからないって怖くないですか?」
ニコニコしてる癖に冷めた事を考えてるとかって、私なら怖い。
ああだから精霊って怖いのか。
その怖いのが私なんだよなと思うと視線を上げるのが怖くなる。どうにもヨルンさんに怖がられると思うと心が委縮してしまう。
「そんなもの、王都の人間の方が余程わからないですよ。
キヨの場合は嘘をついているのではなく、どちらの感情も本物でしょう?」
「そうなんですけど……」
「むしろ安心しました。あまりにも人に近いのでコロっと騙されて連れて行かれるのではないかと心配していました」
「それはさすがに……」
弁明しようとしたらよしよしと頭を撫でられ、その手の気持ちよさにどうでも良くなってしまった。なんかこれ、私がセラピー受けてないか?
「ヨルンさん、何か魔法使ってます?」
「魔法?」
「だって頭撫でられると気持ちよくて……」
それはちょっと反則では?と思って見上げると、虚をつかれたようなヨルンさんの顔があった。
うん、魔法ではなかったらしいな。
ごほん、とヨルンさんは何故か咳払いをして私の耳に触れた。
長い指に耳たぶを触られるとちょっとくすぐったい。思わず首をすくめる。
「少し我慢してください。
「ろる?」
「さっき見せた石の事です。魔力を蓄える事が出来る石で、魔法使いが魔力を切らした時の補助なんですよ。出来ました」
耳たぶに手を持っていくと、そこにくっついている固い、けれどちょっと暖かい石の感触がした。
「私の魔力を入れているので、少しは牽制になるでしょう」
「牽制? ……あ、なるほど」
ヨルンさんが保護していると目に見える形をつけたという事か。
「あの首輪の代わりなんですね」
「……その節はすみませんでした。あの時点ではまだフェザースネークだと思っていましたので」
「あ、いえ、全然。なんなら今も首輪でもいいですよ」
別に何か支障があるわけでもない。そっちの方が目立つだろうしな。
「キヨ、曲がりなりにも人の姿になれるのですから、その姿で首輪はまずいでしょう」
別に? と、思ったが、ヨルンさんが頭が痛そうに額に手を当てていたので、まずいのかと言葉を飲み込んだ。
言われてみれば、首輪ってペットにするものだから人に付けてるとなると、いろいろと誤解を生むのかもしれない。
幼女に首輪を付けるヨルンさん。
想像してみて、語感の不味さにようやく気づいた。
「……こちらで大丈夫です。はい」
はい、ええはい、と何度も頷き肯定する。
どうもペット感覚が強くて、ヨルンさんにとんだ風評被害を出してしまうところだった。
ペット感覚も人型の時には慎まねばならないなこれは。うん。
ヘビ型かと思ったら竜型だった うまうま @uma23
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