第32話 精霊としての部分(ヨルン視点)
キヨが精霊だとわかってから——あの日から、どうにも落ち着かないという感覚はあった。
元々キヨの事は懐くはずのないものが懐いたという珍しい存在ではあったものの、いずれは自然に返さなければならない存在、そう認識していた。手放す事も多少の寂しさは覚えるだろうがそれだけの筈だった。
情があったのは否定しない。何もわかってない様子が可愛かったのも確かで、らしくもなく部下に懐く姿を見て苛立ちを覚えたのも事実だった。
それでも、懐くはずのない猫が懐いた。その程度の筈だった。
まさか精霊の子だとはさすがに思いもせず二体もの精霊を前に肝が冷えたが、あの時、キヨが私の腕に戻ってきた時、動揺しつつ安堵した自分がいた。
本当の親である精霊二体のどちらも選ばす私のもとを選んだ事にも安堵して……
自分の手から食べる姿は以前から可愛らしかったが、それとは違う満足感……充足感のようなものがあって……
愛玩動物だとか執着とは……違う……もっと根源的なものが底にあるような気がしていた。
自分でも自分の感情の揺らぎに違和感は覚えていたが、砦に戻ってキヨがフォルツに抱きつき、食堂の男に懐く姿に不安が衝動となって表出した。
人前にも関わらず抑制が効かない
それどころかキヨ困っていても離れない事を確認して、そのまま連れて行っても文句を言わない事を確認して。
目が覚めて、腕の中に閉じ込めていた白い小さな竜の姿に気がついて、逃げずにずっと居てくれた事でようやくざわついていた感情が引いて冷静になれたが。
キヨを起こさないようにそっと腕を解き起き上がり、そのまま頭をかき混ぜる。
何だったんだ……
少なくとも人目がある中ではあんな事しようとも思わないし、するつもりもなかった。それが箍が外れたように傍若無人に振る舞って——それなりの年月、感情を殺して生きていた自分とは思えない振る舞いだ。明らかにおかしい。
「………何が原因だ?」
ひとまず一連の自分の行動とこれまでとの違いを一つ一つ見直していき、ふと、その理由に思い至った。
白峰の主は私の身体を治したと言っていた。
キヨが私の身体にかけられていた呪いを解いた事を考えれば、きっと今まで積み重ねてきた実験の成果も全て無かった事にされているのではないだろうか。
魔力を注ぎ込み無理矢理擬似精霊にさせようとした歪な姿ではなく、本来の私の状態に。白峰の主と北の主が話していた、半精霊、混ざり者という状態に。
魔力が霊力に変化しているのはその影響である可能性が高い。それはつまり私の中の精霊の性質が強まっているという事だ。
キヨが私と離れると不安定になるように、精霊としてはキヨと同じく未熟な私が、繋がっているキヨと離れる事を不安に感じている。そう考えれば抑制の効かない衝動にも納得がいく。
ある意味、精霊の親と子で繋がる関係が、子同士で繋がってしまっている状態なのだろう。
この状態が解消されるのはキヨが精霊としてこの世界に定着した時だろうが……
ダルトには適当に大丈夫だと言ったが、キヨが完全な精霊として一人立ちした時、私がどうなっているのかは全くわからない。人の理から外れるのか、それとも中途半端にどちらにも属さないおかしな存在になるのか。
「まぁ……どちらでも構わないか」
どうせ今までも化け物だったのだ。化け物が何になろうが化け物に変わりはない。
それに残る人生、キヨといられるのならそれも悪くない。中身は元人間の女性だと言うが、無邪気なこの子といるのは純粋に楽しい。この子が私を必要としなくなったら、その時はもう……
横ですぴぴと寝息を立てている姿に笑みが溢れる。
竜の姿は小動物のように愛らしく、人の姿もまた白峰の主を思わせる人形のように綺麗な顔立ちをしているのにその表情はくるくるとよく動いて愛嬌がある。
そっと頭を撫でると艶やかな毛並みが気持ちよく、何度も撫でたくなる触り心地だ。昨日は感情に突き動かされるまま匂いまで嗅いでしまったが、さすがに正気の今はそこまでやるのは気が引ける。でも陽だまりの中に花のような微かな甘い匂いがするいい匂いだった。
それ以上撫でて起こしてしまわないよう手を離せば、追いかけるように頭を伸ばして手に頭を擦り付けてきた。
その仕草に胸に温もりが広がる。それが繋がっている精霊の本能からくるものか、それとも人間としての私が感じているものかはわからないが、愛おしいと思う気持ちはどちらにしても変わらないのだろうなと思った。
キヨは怒っていないだろうが起きたら昨日の事を謝って、今後同じことが起きないようにしないとだ。
だが、どうやってそうするか……あの情動を抑えるのはなかなか難しいのは昨日でよくわかった。だとすると、キヨに事情を話して協力してもらうのが一番確実だが……
「………離れると思うと不安だから離れないでくれと言うのか?」
口にしてみると酷く情けない気がした。
キヨは馬鹿にする事はないだろうが、だとしてもいい歳をした男がそんな事を幼子の姿のキヨに言うのはどうにも抵抗があった。
「……警備だと言って常に腕に居てもらうのは……駄目だな。キヨが窮屈だろう」
このなんとも言い難い状況を誰かに相談する事は当然ながら出来るわけがないのだが………どうにかしなければならないが……なかなか案が浮かばない。
使い魔契約の視界共有でどこにいるのかわかっていれば問題ないのではと考え、駄目かと首を振る。他の人間に抱き着くだけで気持ちが焦るのだから、視界共有しなければならない程離れた状態でそんな光景を見れば余計に酷くなる気がする。
いっそ私も精霊のように気ままにキヨにくっついていたいと思う時点で、だいぶ精霊の部分が強くなっているのではと頭を抱えたくなってきた。
今の時点でこれなのだから、これからさらに精霊の部分が強まったらどうなるのだろうか……
「やっぱり正直にキヨに言った方がいいのか……しかし……」
さすがに恥ずかしい。
出来る事なら言いたくない。
理由がわかっているのだから我慢すればいいだろうと考える自分もいて、頭の中でせめぎ合う。
一緒に居たいと主張する自分と、子供では無いのだからそのぐらい我慢しろと主張する自分。
「…………」
滑らかな肌触りの首元に手を添わせ、そういえばここに腕輪をしてもらっていたなと思い出す。何か私が庇護しているものだと知らしめるものを付けさせれば……さすがに首輪の形は正体を知った今となっては気が咎めるが、それでなければいいかもしれない。
確か予備があった筈。
どの棚に入れていただろうかといくつか引き出しを引っ張り漁れば、青い輝石の指輪タイプが見つかった。改造すればいけるな。
テーブルに道具を出して、指輪から核となっている輝石を外す。
これを見ればたとえキヨが人懐っこかろうが少なくとも砦の中でちょっかいを出す者は居ないだろう。
キヨは気づいていないが、フォルツに抱きついて甘えた姿や、食堂の男に抱き上げられて喜ぶ姿を羨ましそうな顔をして見ていた者が何人もいた。あのノヴァクもそうだ。
北の主と白峰の主の姿を目の前にしていないからか、キヨが精霊だと言われてもピンときていないのが現状だろう。そこにあんな姿を見せたら勘違いする者が出てもおかしくない。
さすがに強硬手段をと取るような馬鹿な真似をする者は居ないと思いたいが。
手のひらに乗せた輝石を二つに断ち切り、形を整え力を込めれば青かった輝石が青緑に染まった。
「……魔力色も変わるのか」
いや、魔力に霊力が混じったからか?
不具合はなさそうだが……一度魔道具の作成や魔法の具合を確認した方が良さそうだな。
不在にしていた間に溜まった仕事にやるべき事がまた一つ加わり溜息が一つでた。
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