第31話 帰ってきた
ああ懐かしの我が家よ! 私は帰ってきた!
と言っても我が家じゃなくて砦なんだけど。過ごした期間で考えたら我が家でもいいんじゃないかなーなんて。厚かましいか。
内装も煌びやかな城?に比べたらドーンとした四角く厳つい外観で色味も少なく殺風景なのだがもうこっちの方が落ち着く。
砦の門に立っていた人が気づいて中に駆けていくとすぐに中から鎧の人達やマントの人達が出てきて取り囲まれた。
「隊長ー!」
「聞きましたよ! 緑の塔をぶっ壊したって!」
「白峰の主とタイマン張ったって本当ですか!?」
「やる人だと思ってましたけどそこまで馬鹿だとは思いませんでした!」
「俺たちにまでとばっちり来ないですよね!?」
「違うわボケ! 精霊にタイマン張れるか! 塔を壊したのも俺じゃねぇ!」
馬を降りた隊長さんは手綱を近くの人に押しつけて、間違った情報を口にした人達を素早くぶん殴っていた。
「隊長……ご無事で何よりです」
「こちらは問題ありません」
「数か所よりの妨害はありましたが全て未然に防いでいます」
「妨害先も特定してあります」
「本当にご無事で何よりです」
「お戻りになられてよかった……」
ヨルンさんの方はマントの人の副隊長さん、ふぉ……フォーなんとかさんを筆頭に涙ぐまれている。
ただ、馬が彼らに怯えて下がるので早々に私は馬から下ろされて、同じく馬を降りたヨルンさんの腕に収まると、ヨルンさんは手綱を鎧の人の一人に預けた。
「ヨルン隊長、その子がもしかして……」
「白峰の主の御子だ」
ざわっとマントの人たちがざわついた。
精霊が恐れられる立ち位置だともう理解してるので、彼らの反応は予想していた。
「あの……ヨルン隊長」
「心配するな。北の主や白峰の主のように歩く災害などではない。精霊の中ではかなり珍しく人に友好的だ」
ヨルンさんの説明に、納得しようとするが怖さが先に来るのか納得しきれないという顔もちらほら見えた。
生理的な怖さってものはしょうがない。ここに厄介になる身としては歩く災害でない事は理解していただきたいところだけど……
ちょっと悩んでから口で言うより態度で示した方が早いかと、ポンとヘビ——じゃなくて竜の姿になってマントの副隊長さんの前に飛び出てまた人型に戻ってその足に抱きついた。こうなったら子供の姿を全力で利用してやろう。
「ふぉーさん、行くとこないの。ここにいさせてください」
抱きついたままフォなんとかさんの顔を見上げて言ったら、ごふっと咽せる音がそこここで発生した。
しまった。副隊長さんに対して気安すぎる態度は失礼過ぎたかと周りを見ようとしたら後ろから脇に手を入れられて持ち上げられた。
「キヨは私のところにいるのでしょう?」
腕に座らされて、顔を上げれば至近距離にヨルンさんの顔が。笑ってるんだが、なんか怖い。ヨルンさん、目がなんか怖いんですが……
反射的にこくこく頷くと、よしよしと頭を撫でられて、そのまま竜になって落としてしまっていたマントを羽織らされフードもしっかり被らされた。
「見ての通りだ。人に友好的過ぎて逆に人に危害を加えられかねない。当然その場合白峰の主と北の主が何をしてくるかわからないことを肝に銘じておくように。むろん、そのような事は私がさせる気はないが」
部下の人たちに言い渡すヨルンさんの声は凛々しくかっこいいが、その内容って知らない人についていっちゃダメですよと言われてるようにも聞こえて居た堪れない。
あの、私も一応相手の区別ぐらいはしてますよ? 誰も彼もに抱きついたりしないですからね? やっても良さそうな相手にしかしないですから。それにさっきのは無害そうなアピールであって本気で言ってたわけではないというか。
ヨルンさんは部下の人たちを解散させると私を抱っこしたまま砦の中へと入り、懐かしのヨルンさんの部屋へと戻った。
隊長さんの方は何やら模擬戦だー! ふざけた事をほざいた奴は鍛え直してやる! とかなんとか言いながら中庭の方に早々に向かっていたので、窓から見えるかなと降ろしてもらってすぐに駆け寄って覗いたら、丁度一人吹っ飛ばしたところだった。
木剣らしきものを肩にトントンして笑っている隊長さんは生き生きとしていて、とても馬に長く揺られていた人には見えない。相変わらずの体力お化けな人だ。
「キヨ、何故あんなことを?」
後ろからヨルンさんに聞かれて、振り向いたら目の前に顔があってびっくりして仰反った。
「行くところがないなどど」
「あ、いえ、それはパフォーマンスであって本気で言ったわけじゃないです」
「パフォーマンス……」
「ほら、精霊ってすごく怖がられるみたいなので、みなさんに怖がられたままじゃ悪いなぁって」
職場に恐怖の塊みたいなのがいたらストレスだと思うのだ。だから少しでも軽減できたらなと、あざといが子供っぽく振る舞ってみたというわけで、本心であんな事をしているわけではもちろんない。
しゃがんで視線を合わせてくれているヨルンさんに説明すれば、ヨルンさんの視線が下がった。
「……怖がられたままの方がキヨにはいいんですけどね」
「え?」
「怖がってくれていた方が、手を出してはならない存在だと互いに監視してキヨの安全が保たれます」
「あ………あー………確かに」
そういう考え方もあるか。
私に何かあればヨルンさんも大変な事になってしまうだろうし、そうであれば怖がられて遠巻きにされている方が何か起きる心配も減るのか。
「ですがキヨはそれを望まないのですね」
「あ、いえ。面倒が少ない方法があればそれに従います。すみません勝手をして」
居候する身として悪いことをしたと頭を下げれば、大きな手が頬に添えられた。
そろそろと視線を上げると困ったような顔で微笑んでいるヨルンさんがいて、ああ困らせちゃったのかとさらに気持ちが沈む。
「違いますよ。怒っているのではなく……これは……その…………いえ。何でもありません。ただ、保護者は私ですから、頼るなら私に頼ってくださいという事が言いたかっただけです」
「……はい」
と、返事はしたものの、あんまり意味はわかっていない。結局どうするのがいいのだろうか? 怖がられていた方が正解?
「キヨの行動を縛るつもりはありません。キヨは好きなようにここで暮らしてください」
なんて事をさらに言われてしまった。
そう言われても、やっぱり人と距離はとった方がいいんだろうなと思ったわけで。でも食堂にご飯を食べに行ったらそんな事も頭から抜けた私をお許しください。
「食堂のおっちゃん!」
いつもクッキーをくれたひげもじゃのおっちゃんの姿に思わず駆け寄ったら、びっくりした顔で見下ろされたのでその場でポンと竜になって、また人型に戻る。
「ああ! お前あのフェザースネーク?!」
おっちゃんはどうやら私が精霊だと聞いてなかったようで、驚いてはいたが怖がる事なく私を持ち上げてあっちこっち見てきた。
「すごいなあ! 上手に化けるじゃないか!」
「えへへ〜」
褒められるとついつい嬉しくて照れ笑いをしてると、おっちゃんは私を下ろして小さな袋をくれた。
「ほら、お前の好きなクッキーだ」
「いいの?」
「そういう可愛いもんをここのむさ苦しい男どもは食べんよ」
「おっちゃんありがと! 大好き!」
しゃがんだおっちゃんの太い首元に抱きつけば、おっちゃんは朗らかに笑いながらガシガシと頭を撫でてくれた。ちょっと雑だけどあったかい手は健在だ。嬉しくなってグリグリ私から手に頭を押し付けるとおっちゃんは笑ってしょうがないなと抱っこして高い高いをしてくれた。完全に幼児への対応だが、嬉しいもんは嬉しい。笑ってぎゅーと抱きついていたら、いきなり後ろから襟首引っ掴まれておっちゃんから引き剥がされた。
「楽しそうだなぁ、二十超えてる元人間の淑女さんよ」
猫のように持ち上げられたままぼそっと耳元で囁かれた声は隊長さんのもので、ハタと我に返った。
「い、いや、これは肉体に引きずられるというか、ついついというか」
「あいつが使い物にならなくなるとか面倒なんだよ。ったく」
ぺいっと放り投げられて、咄嗟に竜の姿になればその姿のまま誰かにキャッチされた。
上を見ればそれは一緒に食堂に来ていたヨルンさんで。そうだ、おっちゃん見つけて突撃してそのままだった。
なんだか悲しげな表情のヨルンさんに、いつかもこんな状況があったなと思い出す。あれは確か中庭を散歩していた時だ。マントの人と会って、ノリでちゅーしたらそれを見られてて。それと同じ雰囲気が。
「あ、あの、ヨルンさんももちろん大好きですよ? なんなら一番好きですよ? ノリというか、お世話になってたからついついはしゃいでしまったんですけど、なんていうか、すみません」
怖がられるどころか、周りの目は本当に精霊か? と疑っているような気配があり、ひそひそとこちらを見ながら話している人達の姿まであった。
「キヨ……それなら言う事を聞いてくれますか?」
「はい、もちろん!」
ちゃんと言うこと聞きますとビシッと手を上げて頷いた。
そしたら、何故か食堂で羞恥プレイをするハメになった。
ひたすらヨルンさんにご飯を食べさせられているのだが……しかも今度はヨルンさんに食べさせるのは無しで、私だけ食べさせられている。
周囲も異様なものを目撃してしまったように凝視している人がいるし、かといって声をかけてくるでもなく、公開処刑を受けている気分になる。これは私、怖がられるという方向から大分ずれているような気がするのですが。気のせいじゃないですよねヨルンさん?
若干涙目になって隣のヨルンさんを見上げると、笑みが深くなるのも何故? ヨルンさんってSっ気があったんだろうか。確かに鞭とか持たせたら似合いそうだけども。
ヨルンさんは自分の食事は何かの流れ作業のようにさっさと終らせて、反対に私にはゆっくりしっかり食べさせてくれて、終わった頃には私のライフはゼロだった。
精神的にぐったりしながらヨルンさんに抱っこされて部屋に戻ると、そのままベッドに転がった。
「寝るんですか?」
「……そうですね」
「じゃあ着替えないと」
答えの代わりに、腕を振って綺麗にするヨルンさん。そして私を抱えたまま、なんと寝息を立て始めた。
まじっすか。
いつからそんな寝つきが良くなったんですヨルンさん。
お酒でもご飯に入ってたんだろうかというぐらい普段と様子が異なるのだが。
一旦竜の姿になって抜け出そうとしたのだが、その瞬間がしっと胴を掴まれてそのまま抱き込まれてしまった……しかも頭の方の匂いを嗅がれている気配まで……ええ? 本当にどうしたんです??
またアニマルセラピー状態なのかと気が遠くなったが、まぁいいか。
慣れない馬の背で私も疲れた。早いけど私も疲れて眠いのだ。
という事でおやすみなさい。ぐう。
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