黄金聖闘士☆爆誕

海野ぴゅう

黄金聖闘士☆爆誕

「あなたも黄金聖闘士おうごんセイントになりませんか?」「聖闘士セイント一緒にやりましょうよ、佐伯さんならすぐに黄金になれますって!」

「なりません」





「はあ…」


 毎日好きな時間に起きてテレビを見る。好きな時間に食べたいものを食べる。好きな時間に寝る。


 憧れの生活を手に入れたのに、全く嬉しくもないし楽しくもない。ただ時間が均等に過ぎていく。

 俺、佐伯正真さえきしょうまは60歳で中小企業を定年退職し、妻と日本中を旅する予定だった。


 気が小さい俺はすぐ大声で怒鳴る嫌な樋口という上司から頼まれたことをすべて受けていた。「タイムカードを押せとは言わんがな」という言葉のままに定時にタイムカードを押して作業をした。もちろん残業手当はない。残業すると上司である樋口の評価が悪くなるからだ。

 彼が部下の19歳の女性社員に無理やり電子タイムカードの時間の書き換えをさせたり、毎日ミーティングと称してターゲットにした部下をいじめ倒したり、俺の様に気が弱い部下を土日に登社させて仕事させてきたのもずっと見てきたが、社会は声が大きいものの言うことしか聞かないという確信を持っただけだった。もちろん樋口はちゃんと時間通りに退社する。休日出勤などしたことがない。

 本当に会社とはクソだ。樋口のような上司は死んだらいいと思うが、自分の人生をかけてまで殺すのも馬鹿らしい。とにかくやり過ごすしかないのだ。毎日、馬鹿が馬鹿を言って騒いでいると思うしかない。彼と自分の間に幕を作ってしまえばいいのだ。すべてが思い通りにならない。いや、思い通りになったことなど何一つない。

 それが俺の人生60年の感想だ。 



「お父さん、散歩しない?少し出かけた方がいいよ」「そうだよ、陽の光を浴びないと」


 娘と息子が来るとうるさく言う。雑音。邪魔だ。嫌な元上司樋口を思い出すので無視する。目はテレビから動かさないのがコツだ。すると二人は帰っていく。

 とうとう息子は来なくなった。

 毎日コンビニで弁当を買っているから不自由はない。服は匂いが気になったら洗濯機に入れた。娘が洗濯し、ゴミも分別して捨てているようだ。


 妻はいない。退職したら好きなだけ一緒にゆっくりできると思っていたが、先に死んでしまった。末期の肝臓ガンだった。


「最近身体がだるくて体重が減ってるの。ねえ、一緒に病院に行ってくれない?」と言っていたが、面倒なので「勝手に行け」と答えていた。

 しかし妻は病院に行ってなかったらしい。コロナウイルスでずっと帰ってこれなかった娘が遊びに来たら、妻を一目見て「お母さん、すぐに病院行こう!目が黄色いよ?身体は大丈夫?」と症状を診断しだした。

 正直「うるさいな、早く帰ればいいのに」と思っていたが、気になってテレビを見ながらも耳だけ動かして会話を聞いていた。どうも平日に娘が会社を休んで付き添うらしい。

「しゃちがきやがって!女のくせに偉そうに…俺へのあてつけのつもりか?」と思ったが言えずにまたテレビをぼんやりと見た。休みの日はこの状態が一番楽だ。

 もちろん家族旅行など連れて行ったことがない。


 結局妻は初診から2か月で亡くなった。


「一緒に暮らしてて気づかなかったの?」「寿命だったんでしょ」「いつまでもくよくよしないほうがいいわよ」と俺の3姉妹は親切ぶって言ったが、なんでもいいから少しでも金目のものを貰おうという魂胆なのは丸見えだ。

 娘がいないときに妻のタンスをあさって調べたがなにもなかったようだ。妻は質素な家庭で育った働き者だった。文句も泣きごとも言わなかった。俺の両親と同居して最後まで看取ってくれたし、子供の教育は任せきりだったが、パート主婦だから当たり前だ。どれだけ俺が苦労してきたかなんて家族にはわからないだろう。


 気に入らないことがあると「俺がどんな思いでお金を稼いでると思ってるんだ!」と妻に怒鳴った。彼女は困った顔をして謝った。要するに俺は自分が怒鳴りたいだけだ。特に妻が何か気に障ることをしたわけでもない。




 そんな仕事を定年退職して暇な俺の元に、聖闘士セイントの誘いが来た。俺よりも10歳ほど年がいった老人と呼ぶにはまだ早い男性たちだ。退職後に自分の得意分野を生かして地元の為にボランティアする人たちのことを、俺が住む市ではそう呼ぶらしい。

 もちろんそんな面倒なことをするつもりはない。しかし彼らは毎日来るし俺は毎日家にいるので熱心な誘いを断る行為自体に疲れてきた。


「じゃあ、一回だけなら…」と俺がしぶしぶ答えると、「やった、これで佐伯さんは仲間です!黄金聖闘士を目指して下さい!おめでとうございます」「始めは誰もが青銅聖闘士せいどうセイントからですよ、共に頑張りましょう。で、我ら聖闘士は佐伯さんの事を何とお呼びしましょう!仲間内の名前です、希望があったら言って下さい。被らなければOKですから。ちなみに私はサングラスと呼ばれています。弱視なのでサングラス聖闘士セイント」「わあ、楽しみだなぁ。僕はパタンナーです。家業がテーラーだったものでパタンナー聖闘士セイントです」と畳みかけてきた。


 あまりの彼らの喜びように俺も嬉しくなってきた。自分のせいで人が喜ぶところなんて見たのは何十年ぶりだろう。


「じゃあ俺のことは…」


 ふと闘病中の妻がコメダコーヒーを飲みたいと言っていたのを思い出して口をついて出た。もちろん連れて行かなかった。


「コメダ、でお願いします」

「じゃあ、佐伯さんはコメダ聖闘士で」「ほう、新しい発想ですな。佐伯さん、貴方有望ですよ」



 俺はおだてられて聖闘士となった。

 細かい作業が得意だったので、簡単な工具や電気機器の修理を担当した。

 何件か回っているうちに楽しくなってきて何ヶ月か過ぎた。

 その間に青銅から銀、そして白銀聖闘士になっていた。今は黄金聖闘士になれるならなんでもする気持ちだ。

 

 しかし聖闘士の階級を決めるのは、このボランティアネットワークを作った足立という人物だった。

 パソコン教室の教師だった彼は、情報処理の国家資格を持っているのが自慢の嫌なやつだ。AIが昇級を決めると言ってるが、俺は足立が感覚でやってるなんて知っていた。

 だから、彼を誘ってご飯を奢ったり、貰ったからと嘘をついて図書券をあげたりした。要するにワイロだ。

 ひとつくらい俺の思い通りになってもいいんじゃないかとムキになった。段々周りが引くくらい俺は足立につぎ込んでいた。最初は千円だったのに、いつの間にか5千円になり金額は増えていった。

 そして21回目のワイロに1万円の商品券を渡した。俺にとっては大金だが、黄金になるという快感に抗えない。足立は俺をとうとう黄金聖闘士に任命した。

 皆から祝われて身体の芯から嬉しさで震えた。何年かぶりに涙が出た。妻の葬式でさえ泣けなかったのに。



「あれ、お父さん…ここにあった今月の生活費もうないんだけど。2週間前に降ろしてきたばかり…」

「…使った」


 もちろん娘には金を何に遣ったかは言わなかった。そんな俺を見て、娘は子供を叱る口調で決めつけるように言った。


「…お父さん誰かに騙されてるんじゃない?お母さんの葬式で一番安い棺桶を選んだ父さんが高いもの買うわけないもの!」

「うるさい!おまえはもううちに来るな!俺の金をどう使おうが勝手だろ!」


 俺は戸惑う娘を冷静に突き飛ばして玄関から出した。これで俺の黄金聖闘士の活動を邪魔するものはいない。

 隠れて浮気していた妻を退職したら許してやろうと思ってたのに、俺から逃げるように死んだ。娘も息子もずっと妻の仲間だった。家族などうるさくて不快な存在だ。


 俺の人生はやっと俺の思い通りになった。

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