12月会談

人生

 その全てを糧にして




 2020年、12月――神無月。

 ある地域では神有月というらしい。なんでも日本中の神々がその月、その地域に集まるためだろうだ。

 詳しくは分からないが――12月、神々が何かしらの会議を行っていることは確かだ。


 年末である。

 世間一般においておうち時間が楽しまれるこの時期。私も今年一年、無事に過ごすことが出来た。今年の業務は全て終えたがしかし、私は自宅のデスクの前に座っている。


 その時、背筋に悪寒が走る。


 今年も来た、と直感する。


『さて――』


 頭の中に届く声。どこか遠くで行われているやりとりが聞こえてくる――耳ではなく、頭に。まるでホラーのようだが、しかしそれは私に向けられたものではなく、私は彼らの会議を傍聴しているに過ぎない。傍受しているというべきか。なぜそんなことが起こっているのかまるでミステリーだが、私はそれを考えるより先に、まずスマホを手に取った。彼らのやりとりを私が直接口に出し、その内容を録音するためだ。手で書くよりよっぽど手っ取り早い。

 それからPCのモニタを睨む。あるサイトが表示されている。もはや年末の風物詩となったそれは、私と私の読者たちによる討論……仲間たちから知恵を借りるのだ。


『では、第21回……人類滅亡サミットを始める』


 その声の主が何者なのかは分からない。恐らく神か悪魔の類だろう。

 彼らは2000年の終わり、21世紀を前にした12月からその会議を始めた。

 21世紀という節目に、ちょうどいいから人類を滅ぼそうではないかという会議だった。

 世界で起こる戦争、貧困、格差や人種差別……そういった諸々を浄化しようというのだ。


 第1回目は、2001年にどのような「滅び」をもたらすかという議題だった。

 その年は様々なゲーム機が発売されたが、それも彼らの思惑通りだったのだ。


『人々にたくさんゲームをさせるのだ……。彼らはゲームで味わえる万能感に酔い、自らの能力を過信するだろう。そうして己の身の丈を超えた行いに手を出し、やがて身を滅ぼすのだ……』


 かろうじて聞き取れた内容はまさに滅びの予言だった。

 私は当初それが悪夢か何かだろうと思っていたのだが、事実としてゲーム機が発売され、子供たちだけでなく大人たちも夢中になっていた。


『限定品を出させるのだ……。強欲な彼らはそれを奪い合うだろう……』


『限定品を持つものに嫉妬し、それを奪おうと人々はお互いを傷つけ合うだろう……』


『度重なる限定品の発売に人々は怒り……』


『希少な限定品への魅力に囚われ……』


 毎年のように頭の響く声。それらが事実となっていく恐怖。何も出来ない無力感に私は打ち震えていた。

 このままでは人々は堕落してしまう。自ら滅びの道を突き進む。連中は人々がそうなるように仕向けているのだ。


 そして、2005年12月である。私に転機が訪れた。


『飴を降らしましょう。滅びの飴を降らすのです……』


 世界中で飴が降り出した。それは貧困地域の子供たちに生きる活力を与えた一方、先進国の子供たちに虫歯という弊害をもたらした。未来を担う子供たちは虫歯に苦しみ、またみぞれのごとき飴によって家屋は被害を受け、大量発生した蟻によって苦しんだ。


 まさに滅びの始まり――しかし、私はその飴を降らせる雲を事前に突き止めていた。そして未知の力で生み出されたその飴と、それを発生させる雲を用いた新たなネットワークシステム――そう、クラウドを開発したのである。


『家に閉じ込められ、よりゲームに没頭し、人々はやがて自ら滅びるだろう……』


 しかし、クラウド開発によって一部の人々はさらなる技術革新の可能性に歓喜し、家に閉じ込められながらも怠惰に陥ることはなかった。


 だが、2007年12月――私たちの努力をあざ笑うかのように、


『飴を降りやませよ。我々による力を自らの力だと信ずる傲慢な彼らに、己の無力を思い知らせるのだ……』


 飴が止み、クラウド開発は暗礁に乗り上げた。資源である飴やそれを生み出す雲が失われてしまったのだから仕方ない。

 それに伴い、世界的大不況が訪れたのだ……。


『人々は再び強欲に囚われる……』


 職が失われ、数少ないバイト先を奪い合う……そんな地獄の年を予感させた。

 私は会社を立ち上げることにした。飴と雲のアイディアで稼いだ資金があった。路頭に迷える人々を雇用することでその地獄を少しでも遠ざけようとした。


『一部の人々に富を授けよう。成功を与えよう。世界に希望を――』


 それは祝福のようでもあった。しかしその実態は、一部の有力者への嫉妬を生むものであった。


『人々は怒りを抱えるだろう。そう、怒りの日の到来である――』


 その予言が下された12月、私はネットの掲示板に助けを求めた。

 人々が怒りを発散するにはどうすればいいか。

 その中で得た一つの答え――世界に笑顔を届けるのだ。


 私はテレビ関係者とのパイプを作り、お笑い番組をより多く放送するよう仕向けた。

 そう、お笑いブームの到来である。

 人々は笑顔を取り戻すことが出来た。


 が――そんなブームを利用するかのように、


『家族で見ているとちょっと気まずくなるようなシーンを流すのだ……。そうすれば家にいることが躊躇われ、子供たちは非行に走るだろう……』


 その頃の私はテレビ業界に大きな影響力を有していて、その関係で政界にも顔が利くようになっていた。


 エロを規制したのでは言うまでもない。


 しかし、そうすれば反動が起きる。

 少子化である。

 また、思春期男子たちたちは欲求不満を「食べる」ことで満たし始めた。

 あの予言通りに――『気まずい番組から目を逸らすように食事に没頭し、家にいたくないあまりジャンクフードで身を壊すようになるだろう……』


 だが、もちろん私も傍観はしない。今の私には力がある。外食産業に手を伸ばし、外に出た子供たちが健康的な食事がとれるよう配慮を尽くした。


『満たされた人々はやがて、怠惰の時代に突入する……』


 刺激を与えよう。私はエロ規制を解禁させ、長年続いていた番組を打ち切り、とにもかくにも新しさを求めた。少子化の解消のためにも、人々に出会いの機会がもたらされるようネットの世界にも革新をもたらした。

 そうやって様々な人に可能性が与えられるよう、手を尽くしたのだが、


『チャンスを掴んだ者たちは己が優れていると錯覚し、やがてその力で身を、世界を滅ぼすだろう……』


 ネットによる交流がもたらす、様々な犯罪……。

 人々の活動による熱量が、地球温暖化を促進させてしまう……。


『強欲な人々による罪が、さらなる貧困・格差を生むだろう……』


 私は怪しい人物を徹底的に洗い出し、その罪を告発した。それで少しでも世界が良くなるよう信じて。


『過酷な現実から逃れる術を世界に広めよう……それらを手にした人々と、手に出来なかった者たちによる醜い争いを見ようではないか……』


 なんのことかと思いあらゆる手を尽くして調べたところ、どうやら新作のゲーム機が発売されるらしい。きっとそれは全ての人の手に渡ることはない。私は以前の経験からゲーム開発会社とのパイプをつくっていたので、工場の製造ラインを増やせるよう会社に出資した。


『人類は滅亡の道から外れようとしている……。その努力を我々は評価すべきではないか?』

『いや、まだ彼らは、己の感情をコントロールできない。怒りは常にあり、それは常に人を滅ぼしうる』

『ではこうしよう。気候を変動させじめじめしたり乾燥させたりし、人々に苛立ちを与えるのだ……』

『見ているとなんだかイラっとするような雲のかたちをつくろう……』

『人々に怒りを……怒りの日を……』


 ありとあらゆる手段で人々を苛立たせる計画にはさすがに打つ手がなかったが、私はとにもかくにもエンタメをと、八方に手を回したのだ。


『怒りを乗り越える手段を得ても、人はまだ何かを妬む感情を捨てきれない。嫉妬の炎にどう立ち向かうか、さて見てみよう……』


 嫉妬とは複雑な感情で、それに立ち向かうには個々人が心から愛せるものを見つける他ない。私はアイドル文化を推進した。ソーシャルゲームの発展にも尽力した。皆がそれぞれの「推し」を見つければいいのだ。


『偶像の愛を得ようと人々は貪欲になり、やがて課金で身を滅ぼすだろう……』


 わが社の開発したスマホやアプリはそれを阻害する。人々の課金を制限しつつも、確かな充実をもたらせるようにと――


 長い、長い20年だった。

 神々、いや――悪魔ともいうべきものたちの会議を傍聴し、少しでも人類の文明をより良い方向へと導けたのではなかろうか。


 当初危惧されたゲーム問題は、今はもうスポーツと呼べるまで昇華された。

 異常な天災も、今を生きる我々のしるべだ。


 さて、今年のお題はなんだ。今の私にはもう、彼らの出す試練に立ち向かえるだけの力がある。技術がある。仲間がいる――この20年、培ってきた全てがある。


『世界に影響力を持つかの会社のスマホ……世界一のシェアを誇るそれに、足を生やしてみてはどうか』


『足が生えるとはすなわち、自ら行動する意思を持つということ……』


『スマホが人々の生活の全てをまかない、支配するといっても過言ではない今、人々はスマホに全てを委ね、怠惰に陥るだろう……』


 なん、だと……それは、来年予定するアップデート。

 私の会社のスマホを利用しようというのか――




 だが、今ならまだ間に合う。



 そして2021年、1月。

 新年を祝う人々を傍目に、私は行動を開始する。


 さぁ今年も世界を救いますか。




                   ■




 彼の手記は荒唐無稽でにわかに信じられるものではないが、彼が「悪魔」と呼んだそれらは、結果的に後の世の展望を示し、彼の成功に貢献した。

 彼には世の情勢を予見する能力があったのだろう。

 彼は七つの大罪の悪魔と呼んでいたが、結果から言えばそれらは彼にとっての「七福神」であったのではないだろうか。


   ―――週刊連載・美ジネスマン。第12回目はオーバーザイン社のグループ創始者、出雲いずも北斗ほくと氏の紹介でした。



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12月会談 人生 @hitoiki

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