21回目の銀行強盗
秋山機竜
逃走ルートに活路なし
ガルパリは、今年四十歳のアメリカ人だ。スーツの似合うタフガイで、中年になったいまでも、トレーニングをかかしていなかった。
意識が高いわけではなく、アメリカ海兵隊時代の名残だ。イラク戦争に参戦して、三十五歳まで軍にいたが、妻の手術費用を稼ぐために裏稼業に転職した。
プロの銀行強盗である。すでに二十回も成功させていた。
プロの犯罪者なので、無意味に命は奪わないし、私生活では法律を守って生きている。
だが、いざ仕事になれば、警官と銃撃戦になって、彼らを射殺することもあった。いくつか思うところもあったが、それ以上に妻を助けることを選んだ。
そんなガルパリだが、銀行強盗をやる際には、チームで動く。同じ部隊出身の中年男性四人組だ。
だが年の衰えから、体力不足が不安となり、新人を迎え入れた。
デジーナという二十八歳の若者だった。彼も軍隊出身で、イラク完全撤退にあわせて、本土に帰ってきた。
彼は、借金を返すために、裏の仕事を探していた。
「イラクから帰ってきて、悠々自適のカフェでもやろうとおもったんですけどね。ダメでした。商売っていうのは、そんな甘いもんじゃなかったです」
デジーナは、新人ながら、一生懸命働いた。犯罪の初心者なので、どうしようもないミスをして、警察に追われることもあった。
だが、チームで助けた。見捨てなかったのは、デジーナが良いやつだったからだ。
「まだ一人前には程遠いな、デジーナ」
ガルパリは、けらけら笑った。
「ガルパリ。あんた、本当にすごい男だ」
デジーナは、鼻息を荒くしながら褒めた。
「なぁに。もっと経験を積めば、お前だって、プロになれるさ」
こんな感じで、ガルパリのチームは経験を積んで、ついに最後の仕事をやる段階になった。
連邦銀行の襲撃だ。たんまりと稼いだら、チームは解散。あとは各自が海外に高飛びして、遊んで暮らすことになる。
ガルパリは、妻の手術が終わったら、南の島にいく予定だった。
妻には、犯罪家業のことを黙っていた。だが薄っすらと気づかれていた。それでも彼女は止めなかった。きっと病気から助かりたいんだろう。
● ● ● ● ● ●
ガルパリのチームは、綿密な計画を立てて、ついに決行した。
時間との勝負だ。警察が到着するまで、数十分しかない。ボストンバッグに大量の紙幣を詰め込んで、さぁ銀行から脱出しようという段階で、警察に包囲された。
「やべぇよガルパリ。警察に待ち伏せされてた」
親友のヤスラファが、サングラスの奥から、銀行の外を見つめた。パトカーだけではなく、装甲車まで到着していた。どうやらSWATチームまで投入したらしい。
ガルパリは息を飲んだ。いくらなんでも警察の到着が早すぎる。しかも装備が整いすぎていた。
十中八九、強盗計画が漏れたのである。
仲間の一人が、恐ろしいことに気づいた。
「裏口を守ってるはずのデジーナがいない。あいつが裏切ったんだ」
ガルパリは舌打ちした。大きな仕事で新人を使うべきではなかったと。
だが後悔する時間はない。頭の中に銀行周辺の地図を思い浮かべる。チーム四名で、どうやって安全圏まで逃げるのか。
もっとも安全なのは、裏口の警察隊を突破することだった。
「ガンファイトになるぞ」
ガルパリは、アサルトライフルの安全装置を外した。ボルトを軽く引いて、薬室に弾が装填されているか確認。5・56mm弾が鈍い光を放っていた。
ヤスラファは、ショットガンのポンプを引いた。
「元軍人の意地として、警官には負けたくないよなぁ」
ガルパリが先頭になって、銀行の裏口に移動していく。札束を詰め込んだボストンバッグを背負っているため、かなり動きが遅くなっていた。
紙幣は、一枚だけなら軽い。だが、まとまった枚数になると重いのだ。
この重たいだけの紙ごときが、人間の運命を左右する。
ガルパリの妻には、高額の手術費用が必要だった。
だが、アメリカは弱肉強食の世界だ。どんな理想論を並べたとしても、自分の家族を助けるためには、自分の体を張るしかない。
裏口の扉に手をかける。チームの仲間たちに目配せした。
イラク時代からの仲間たちも、覚悟が決まっていた。
ガルパリは、一度だけ深呼吸して、ついに動き出した。
「ロックンロール」
がんっと裏口の扉を体当たりで開けつつ、いきなりアサルトライフルを発砲した。
警官隊の車列に、小口径高速弾が突き刺さって、小刻みに火花が散る。警察官たちは、慌てて頭をひっこめようとした。だが一部が間に合わず、被弾して倒れた。
ガルパリの仲間たちも、けん制射撃をして敵の頭を抑えつつ、裏路地に走っていく。
裏路地には、逃走用の大型ワゴンを隠してあった。
だが警官隊も間抜けではない。無線で仲間を裏口に集めつつ、拳銃を発砲した。
まるでどしゃぶりの雨みたいに、拳銃弾が飛んできた。
しょせんは拳銃弾だ。直進性は低く、遠距離射撃には向いていない。
だが、警官隊の数が多すぎたせいで、仲間の一人が後頭部に被弾。即死した。
ガルパリたちは、イラク時代からの仲間の死を嘆きながら、それでも裏路地に向かって走った。
もし立ち止まって逮捕されたなら、それこそ死んだ仲間への侮辱になる。
だが、ガルパリの背中に、がんっと衝撃が走った。痛みはない。ラッキーなことに、ボストンバッグに詰めた札束で、弾が止まっていた。
あまりにも運がよすぎた。だが次はないだろう。
規則正しく走りながら、チームで役割分担して、後方を撃つ。
ガルパリが撃てば、ヤスラファが走って、もう一人の仲間が周囲を警戒する。これを三人で交互に繰り返しながら、どんどん裏路地を進んでいく。
軍隊時代にも散々しようした、退却時の連携ムーブであった。
だが、側面から新たな警官隊。正面玄関で待ち伏せしていた連中が、裏口方面に回ってきたのだ。
さすがに多勢に無勢だった。たらららっ。まるで打楽器を演奏したような音が響くと、もう一人の仲間が蜂の巣になった。
イラク時代からの生き残りは、ガルパリとヤスラファだけになってしまった。
信頼できる仲間だった。イラク時代からの親友だった。彼はお金に困っていないのに、ガルパリの妻の手術費用を稼ぐために、最後まで付き合ってくれたのだ。
そんな親友であっても、弾道の神様は微笑んでくれなかった。
ようやく逃走用の大型ワゴンが見えたとき、ヤスラファの足に弾が当たった。
ぱしんっと赤い鮮血が飛び散って、その場に激しく転倒した。
「ガルパリ! お前だけ逃げろ!」
ヤスラファは、地面に膝をつきながら、警官隊に向かって、ショットガンを撃ちまくった。背後にも側面にも。弾切れしたら、ショットガンを捨てて、拳銃を撃った。
どうやら足を怪我したから、囮をやるつもりらしい。
「ヤスラファ。お前を見捨てるはずないだろうが」
ガルパリは、ヤスラファに肩を貸しながら、大型ワゴンを目指した。
「ばかやろう。おいていけよ、こんなケガした中年なんてよ」
「俺も中年さ」
「お前には嫁さんがいるだろうが。手術が終わったら、南の島に行くんだろ」
「お前を見捨て南の島にいっても、毎日悪夢にうなされるだけさ」
「ばかなやつだぜ」
中年強盗の二人は、ようやく大型ワゴンにたどりついた。
だが、大型ワゴンには、先客が乗っていた。
裏切り者のデジーナだった。なんと彼は警察官の腕章をつけていた。
潜入捜査官だったのである。
「降伏してくれ。二人とも。こんなところで死ぬなんてもったいないよ」
デジーナは、ショットガンを構えていた。
ヤスラファは、出血多量で青くなった顔で、言い返した。
「降伏だぁ……? スパイなんかに、アドバイスされたくないんだよ」
「あんたらには世話になった。だから撃ちたくないんだ」
「上等だ。撃ってみやがれ。お前みたいな青二才が、撃てるもんかよ」
ヤスラファは、ぷるぷる震える手で、拳銃を構えようとした。
デジーナは、泣きそうな顔でいった。
「やめてくれヤスラファ。撃ちたくないんだ。頼むから、手を降ろしてくれ」
「甘えたこと抜かすんじゃねぇ」
ヤスラファは、ついに拳銃の銃口を、デジーナに向けた。
デジーナは、短い悲鳴を上げながら撃った。
ヤスラファは、胴体に散弾を受けて、悲惨な死体になった。
ガルパリは、歯をむき出しにして怒った。
「よくもヤスラファを殺したな。このスパイめ」
「僕だって撃ちたくなかったんだ。あんたら、本当に良い人だから」
「あんたらか……もう俺一人しか生き残ってないぞ」
「ガルパリ、あんただけでも生き残れよ。奥さんいるだろ。南の島いくんだろ。刑務所出てから、ゆっくりバカンス楽しめばいいじゃないか」
ついに警官隊に包囲された。
ガルパリに逃げ場はなかった。
足元に転がったヤスラファの死体を見る。
自分ひとりだけ生き残って、意味があるのか。
それに、この大金を手術に使えないなら、逮捕されても無意味だ。
銀行強盗を二十一回もやって、警官も殺しておいて、シャバに出る機会は与えられるのか?
いいやない。よくて終身刑だろう。
ガルパリは、アサルトライフルの残弾を確認しつつ、デジーナに言った。
「俺が死んだら、妻にアレを届けてくれ」
「よせよガルパリ」
「少しの間でも仲間だったろうが」
ガルパリは、デジーナに、アサルトライフルの銃口を向けた。
デジーナは、目を大きく見開くと、ショットガンを発砲した。
ガルパリは、胸部に散弾を受けて、後方に吹っ飛んでいく。
元軍人で、プロの犯罪者は、二十一回目の銀行強盗で、ついに死んだ。
● ● ● ● ● ●
潜入捜査官のデジーナは、貸金庫から、とあるバッグを取り出した。
これまでの銀行強盗で、チームで貯めたお金だった。逃走資金として残してあったが、持ち主たちは死んだ。
それを、ガルパリの妻に渡した。
「手術を受けてください」
ガルパリの妻は、デジーナに言った。
「これで、あなたは、正義の味方ではなくなったわ」
デジーナは、両手で顔を覆いながら、ぼそっといった。
「正義よりも、大切なものが、ときにはあるらしいです」
21回目の銀行強盗 秋山機竜 @akiryu
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